何が知りたいのかを明らかにする(リサーチクエスチョン)

2020年9月16日(水)
羽山 祥樹 (はやま よしき)

はじめに

前回は「ユーザーの発言を『そのまま』信じてはいけない、『抽象化』して信じられるようにしよう」というお話しでした。

ユーザーインタビューをするにあたって、ユーザーに、どのような話を聞いていけば良いのでしょうか。インタビューで、プロダクトの改善に役立てるような話を引き出すには、何を質問していけば良いのでしょうか。それには、まず「何が知りたいのかを明らかにする」ことです。

何が知りたいのかを明らかにする
(リサーチクエスチョン)

まず、ユーザーインタビューを通じて、何を明らかにしたいのか、はっきりさせます。

この調査で明らかにすべき命題を「リサーチクエスチョン」と呼びます。インタビュー初心者にとって、リサーチクエスチョンをうまく定義することは意外と難しいようです。即物的な問いを立ててしまうと、インタビューした後になって「問いへの答えはわかったけど、これをどうプロダクトに活かせば良いのか分からない」ことになります。

では、どのような粒度が望ましいのでしょうか。例として、あなたが「資格取得のアプリを改善したい」として考えてみましょう。「資格取得」とは、TOEICや情報処理技術者試験などを思い浮かべてください。

一番に思いつくのは、「自分の資格取得のアプリを使った感想を知りたい」というものです。それは、ひとつの観点としては良いでしょう。しかし、リサーチクエスチョンとしては、やや狭くとどまっているような感じがあります。

「リサーチクエスチョン」に望ましい「問い」の粒度がある

そもそも、なぜ「ユーザーはあなたのアプリを使う」のか

具体的に説明していきます。前述したように「自分の資格取得のアプリを使った感想を知りたい」をリサーチクエスチョンにしたとします。これを知るためには、どんなインタビューをすれば良いでしょうか。例えば、次のようなものが浮かびます。

  • このアプリのトップ画面を見て、どう思いますか?
  • このアプリで便利だったところはどこですか?
  • このアプリで不便だったところはどこですか?
  • このアプリにあると良いと思うものは何ですか?

これらの質問には「根本的な抜け」があることにお気づきでしょうか。そもそも、なぜ「ユーザーはあなたのアプリを使う」のか、という観点です。

そもそも、なぜ「ユーザーはそのプロダクトを使う」のか?

資格試験の受験者には5つの心理が混在

実際に資格試験を受けるユーザーのモチベーションをユーザーインタビューで調査してみると、5つの心理が混ざりあってできていることが分かりました。

  • 心理1. 低リスク(労力、時間、金銭)で合格したい心理
  • 心理2. 合格よりも専門知識を得ることを大切にしたい心理
  • 心理3. 会社や周囲の人に認められたり出世したい心理
  • 心理4. 就職や転職に役立つことを期待する心理
  • 心理5. 資格によって人生を豊かにしたい心理

以下の資料は、過去に著者がその調査を行った報告レポートの一部です。

「資格を取ろう」と思うモチベーションの調査結果

例えば、英語の資格であればTOEICと英検が有名です。TOEICを受ける人も入れば、英検を受ける人もいて、どちらにしようか迷う人も、両方受ける人もいるかも知れません。

ユーザーが「就職活動のために資格を取りたい」と思っていたとして、それが就職活動に役に立つ資格であれば、ほかのものでも良いかも知れないのです。「資格を取ろう」と思うとき、ユーザーの頭のなかには、TOEICと英検だけでなく、簿記やファイナンシャルプランナーなど、幅広い選択肢が浮かんでいることがあります。

また「資格によって人生を豊かにしたい」と望む人の視点でTOEICの公式サイトを見ると、「語学サポートボランティア」というコンテンツがあることに気がつきます。もしあなたが「就職や転職」という視点だけでアプリを作っていたのなら、そのほかのユーザーの心理を取りこぼすことになります。

ユーザーは複数の心理を行き来している

先に「ユーザーのモチベーションは5つの心理が混ざりあってできている」と述べました。ユーザーの心理は、どれかひとつだけ、ということはありません。ひとりの人間の中で複数の心理がせめぎあっています。

例えば、TOEICを受験するとき、あなたの脳内には、次のような思考が起こるかもしれません。

「TOEICでも受けてみようかな。会社の推奨資格だし(心理3)、合格すれば査定も良くなるし(心理3)。でも、受験すると 1日つぶれるな(心理1)。受験料は6,500円か(心理1)。教材って3,000円もするんだ(心理1)。いやでも、試験で英語が学べたらうれしいな(心理2)。履歴書にも書けるし(心理4)。外国人と英語で喋れたらかっこいいよなあ(心理5)」。

このように、ユーザーはものすごい速さで複数の心理を行き来しています。そして、それぞれの心理を満たすべく、あなたのプロダクトを使ったり、他のWebサイトやアプリ、参考書、資格の学校、会社の支援制度、すでに合格している人の話を聞く…といった幅広い行動をとります。

ユーザーは複数の心理を行き来している

ユーザー体験はずっと前から始まっている

あなたにとっては自分のプロダクトがすべてでも、ユーザーにとっての「資格取得の体験」は、あなたのプロダクトに触れるずっと前から始まっています。ユーザーにとって、あなたのWebサイトは、もっと広いひとつなぎの行動のなかの一部でしかないのです。

その一連の世界観の中で「ユーザーは、なぜそのプロダクトを使うのか、そのモチベーションや目的はなにか」が分かって、初めてプロダクトが提供すべき価値がはっきりします。

ユーザーの体験は、あなたのプロダクトに触れるずっと前から始まっている

望ましいリサーチクエスチョンとは

したがって、リサーチクエスチョンとして掲げる「問い」は、「自分の資格取得のアプリを使った感想を知りたい」といった自分目線のものではなく、「資格を取得したいと思うきっかけはなにか」というような、ユーザーがいる心理世界の全体を捉えるようなものが望ましいです。

リサーチクエスチョンは、ユーザーの心理世界の全体を捉えるようなものが望ましい

このような「より上位の問い」から始めるのは、いわゆるシステム開発の考え方とは一線を画するところです。改善したいと思っている対象だけを調べているのでは、足りないのです。

今回は、インタビュー調査のはじめの一歩として「リサーチクエスチョン」を適切に立てる、というお話しをしました。次回は、ユーザーインタビューをするために「話を聞くユーザーをどのように探すか」という点について触れていきます。

著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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