ユーザーインタビューの対象者を集めるには(リクルーティング)

2020年10月8日(木)
羽山 祥樹 (はやま よしき)

はじめに

前回は「ユーザーインタビューでプロダクトの改善に役立てるような話を引き出すために、まず『何が知りたいのかを明らかにする』」というお話しでした。

今回からは数回に分けて、ユーザーインタビューのはじめのステップとして「話を聞くユーザーをどのように探すか」という点について触れていきます。

何人に話しを聞けば良いか

インタビューでは、何人くらいに話しを聞けば良いのでしょうか。著者は「目的が似ているユーザーのグループ」ごとに5~8人にインタビューすることをおすすめしています。

例を挙げて説明しましょう。例えば、リサーチクエスチョンを、前回にならって「資格をとろう思うきっかけの心理」としたとします。

この場合、ユーザーの目的はおおよそ「資格に合格すること」と推測できます。人によって大切にする価値観のちがいはあるにしても、「資格をとろう」とした人なのですから「資格に合格すること」は共通する目的であったでしょう。

そうすると、このときの「目的が似ているユーザーのグループ」は1つだと考えます。そうなると5~8人にインタビューすれば十分と言えます。

では、「目的が似ているユーザーのグループ」が複数あるのは、どのような場合でしょうか。多くは「ツーサイドプラットフォーム」と呼ばれるビジネスモデルのとき、このようなケースになります。

例えば、仮にあなたが転職サイトの運用者だとします。転職サイトを訪れるユーザーには、2種類の大きく異なる目的があります。「転職サイトを通じて転職をしたい」という目的を持つユーザーの「転職者」と、「転職サイトを通じて人材を採用したい」という目的を持つ企業の社員「人事担当者」です。

この2者は、転職サイトで達成するゴールが大きく異なるので、それをとりまくユーザー心理も異なります。このような場合が「目的が似ているユーザーのグループ」が2つあるケースです。このようなケースでは、転職者と人事担当者でそれぞれ5~8人にインタビューすると良いでしょう。

このほかのケースとして、例えば企業のコーポレートサイトなどでは、訪れるユーザーの目的が顧客(目的: 商品を購入したい)、仕入先(目的: 取引先の状況を知りたい)、採用を希望する学生や転職者(目的: 採用情報を知りたい)、投資家(目的: IR情報が見たい)…というように、大きく複数に分かれていることがあります。

「目的が似ているユーザーのグループ」ごとにインタビュー対象者を探す

ここで、「5~8人」という数の根拠はどこから来たのでしょうか。3人でも10人でもなく、5人に設定しているのは、ユーザビリティの大家ヤコブ・ニールセンの調査によるものです。これは「ユーザビリティテストは5人やれば80%の問題を発見できる」という研究です。

ユーザーインタビューとユーザビリティテストは近しいところがあるので、同じ傾向が見られるだろう、という考えに基づいています。

著者が5~8人を推すのは経験的なものです。だいたい4人くらいまでは新しいファクトが出てきますが、5人目くらいになると「前にも似た話を聞いたな」というものが増えてきます。8人目くらいになると、動じるようなエピソードはかなり少なくなるはずです。

インタビューは5~8人に聞くのがおすすめ

とは言え、人数を定量的に判断しようとすることは、あまりおすすめはしません。統計の信頼性を考えはじめると5~8人では到底足りず、現実的にインタビュー調査ができる規模ではなくなってしまいます。

著者は定性調査における「何が調査結果の信頼性を担保するのか」について、調査人数ではなく調査から見つかった心理のバリエーション数だと考えています。例えば、「資格をとるきっかけ」を10人に聞いて「会社で評価される」という1つの心理しか見つからない調査と、5人に聞いて「会社で評価される」「体系的な知識がつく」「転職に役立つ」という3つの心理が見つかった調査では、後者のほうが信頼性がある調査であった、という考えです。

心理のバリエーション数を出すには、人数よりも「きちんと深く話しが聞けたか」が影響します。インタビューする人数という表面的な指標ではなく、定性調査のポイントを押さえましょう。

調査して見つかった心理のバリエーション数が調査の信頼性

インタビューの対象者の条件を洗い出す

ここまで、インタビューをする人数について触れてきましたが、では、インタビューをするに当たって、どのような人に話しを聞くのが良いのでしょうか。「資格をとろうと思うきっかけの心理」をリサーチクエスチョンに考えてみましょう。

このとき、「何も資格試験を受けたことがない、受けようとも思っていない人」にインタビューしても、「資格をとろうと思うきっかけ」について、あまり有用な話しは聞けそうな感じはしません。また、資格を持っていても「20年前に資格をとってから何もしていない」という人だと、「資格をとろうと思うきっかけ」はもう記憶の彼方になってしまっているかも知れません。

仮に、あなたがTOEICのスマホアプリを作っているとします。ユーザーの納得感を得るには、やはりTOEIC受験者の話は押さえておきたいところです。ただ、前回も解説したように、自社商品ではまったくカバーしていないユーザー心理があったときには取り落としてしまうので、例えば「英検」の受験者や、他の語学試験の受験者の話しも聞いてみると良いかも知れません。

また「合格者」か「不合格者」かはどうでしょうか。TOEICの高得点者や英検の上級合格者の話しは押さえておきたいところですが、他方で不合格になった人の話しは必要ないでしょうか。なぜ合格するところまで頑張れなかったのか、不合格者の「資格をとろうと思うきっかけの心理」がどのようなものだったのか、それを知ることができれば、あなたのTOEICアプリで何かお手伝いができるかもしれません。

このように、インタビューの対象者として、どのような人に話しを聞きたいのか、有意義なインタビューをするために細かく検討していきましょう。ブレーンストーミングでさまざまな可能性を出して、リサーチクエスチョンに答えが出せそうなインタビュー対象者の条件を出していきます。

ブレーンストーミングをして、インタビュー対象者の条件を洗い出す

ここまでの例で挙げた条件をまとめると、次のようになるでしょう。

  • 資格試験を2年以内に受験した人(2年くらいなら「記憶も新しいだろう」という考え)
  • TOEICや英検、語学資格試験の受験者
  • 合格・不合格どちらの話も聞きたい

一方で、現実には「すべての人にインタビューできるものではない」という制約があります。インタビュー対象者を現実的に何人確保できるか、という問題です。

例えば、インタビュー対象者を自社のメールマガジンを配信しているユーザーから募集するにしても、調査会社に依頼してリサーチパネル(調査会社を通じてアンケートを送れる人たち。調査会社にモニターとして登録している)にかけるにしても、条件にぴったり合い、しかもアポがとれる人は、募集アンケートを1万通送って数人だけ、というケースもしばしばあります(「出現率」と呼びます)。

そうすると、条件はピッタリでなくても、そこそこ近しい人にインタビューすることになります。その判断をするために、妥協できる条件を決めておく必要があります。

また、運良く条件に合う人が多く見つかっても、今度はプロジェクト期間内にすべての人に話しを聞くのは作業量として厳しいこともあります。5~8人は、その意味でもプロジェクトとして現実的な数なのです。

ぴったりのユーザーが見つかる可能性は少ない、妥協する条件を決めておく

このような制約も加味すると、例えば、

  • TOEICと英検を2年以内に受験した人を4名、2名はほかの資格でも良い
  • それでもTOEICや英検の受験者が少なければ、他の語学にする。それすら難しければ、情報処理技術者や簿記などビジネス系の資格にする
  • 4名は高得点者または合格者。残りは不合格者でも良い
といった判断をします。このとき、そのトレードオフの中で「リサーチクエスチョンに答えが出せるか」を考えます。どうしても無理そうであれば、追加でインタビュー対象者を探す必要があるでしょう。

誰にインタビューするかをしっかりと絞り込む

ユーザーインタビューの対象者を募集したり、連絡をしてインタビューの約束をとることを「リクルーティング」と呼びます。また、多くの候補者の中から条件に合う人に絞り込むことを「スクリーニング」と言います。

今回はリクルーティングとスクリーニングの流れについてお話しをしました。次回は、実際にアンケートやメールの文面を見ながら、具体的なリクルーティングの手順を解説していきます。

著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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