他業種の人たちと働く経験を通じて、自分のエンジニアとしての「引き出し」を増やそう

今の時代、若手エンジニアが勉強したいと思えば、いくらでも教材や資料はインターネットで手に入る。だがそんな便利な時代であっても、やはり先輩たちの生きた経験に裏打ちされたアドバイスは貴重だ。本連載では、情報インフラ系SIerとしての実績の一方で、現場で活躍できるエンジニア育成を目指した独自の技術研修「BFT道場」を展開。若手技術者の育成に取り組む、株式会社BFT 代表取締役 小林道寛氏に、ご自身の経験に基づくスキルアップのヒントや、エンジニアに大切な考え方などを語っていただく。
採用をお願いした人材エージェントに
「顧客対応力とは何か」を学んだ
皆さん、こんにちは。株式会社BFTの小林道寛です。
今回のテーマは「他業種から学んだこと」です。まさに今の時代は、既存の業種や業態を超えてビジネスの世界が広がり続けています。私たちIT業界も全く例外ではありません。というより、デジタルとネットワークが世の中のすみずみにまで浸透した現在、ITエンジニアこそ他業種・他業界の方々との協業や共創に、積極的に取り組んでいくべきでしょう。
さて、私自身はどうかと言うと、比較的接点が多い他業種の1つに人材採用エージェントがあります。もちろん当社の人材採用でお世話になっている会社です。
エンジニア派遣と採用の両方がありますが、派遣はあくまで外部の会社から来てもらう人たちです。採用の責任は派遣会社にあるし、こちらの要件に合わなければ他の方をお願いすることもできる。しかし採用となると、そんな簡単にバッター交代というわけにはいきません。人材エージェントに頼むにしても、こちらの要件をよく理解して親身になって手伝ってくれるところを探す必要があります。
幸い、そういうエージェントに出会うことができたのですが、そこの担当者は私たちのような少人数の採用にも大変造詣が深く、要望にマッチした人材を次々に提案してくれてすごく助かりました。この方から私が学んだのが「顧客対応力の違い」です。
とにかく当社をよく理解してくれていて「この人はうちの会社のことを社員より分かっているのでは」と思ったほどです。それだけに、こちらに対するヒアリングがすごい。どのような目的を持って、どのような戦略で、どのような経営方針なのかまで踏み込んで、根掘り葉掘り尋ねてくるのです。
実は最初のうちは「とにかく採用できれば良い」くらいの気持ちだったので、あれこれ聞かれて面倒だなと思ったこともありました。でも、それがきっと良い結果につながるのを繰り返しているうちに、この人は自分の抱えている人材の中から、うちに最適な人を選ぶために、ここまで熱心に聞いてくれているのだと気づいたのです。
ひと口に人材と言っても実にさまざまな人がいて、大手企業向けの人もいれば、当社とは企業風土の違う職場が合っている人もいます。BFTでは社員の成長を重視しているので、それなら学習意欲の高いこの人を紹介しようということになる。そうした「顧客理解の深さ」が、この人材エージェントの場合は「差別化=顧客からの信頼や期待感」につながっているのですね。
私自身も、自社の営業担当者と一緒にお客様のところに伺って、技術的な説明などをする機会があります。そして、これまで自分としては、そのお客様のプロジェクトの内容さえ理解していれば十分に説明できると思っていました。それが上の人材エージェントの担当者と付き合ううち「自分はお客様のプロジェクトの範囲で結果が出せればOKだと、無意識のうちに範囲を限定していたのではないか」と思ったのです。
もちろんこちらもプロですから、お約束したプロジェクトで「合格点」を取る自信はあります。でも本当にお客様のビジネスのパートナーになろうと思うなら、プロジェクトに限定することなく、お客様が気づいていないさまざまな課題を発見し、その改善策まで提案できて初めて「この会社が必要だ」と思ってもらえるのではないか。そう気づくことができたのは、やはりあの人材エージェントの担当者のおかげだと感謝しています。
テレビ局のプロジェクトチーム出向で気づいた
「いろんな人とやる面白さ」
せっかく「他業種から学んだもの」というテーマなので、私自身が他業種で働いた経験をお話ししましょう。これまでも何度かこの連載で触れましたが、私がエンジニアとして社会人のキャリアをスタートしたのは、あるテレビ局のシステム子会社でした。ここで初めて、いろいろな経験や立場の人たちと1つのチームで仕事をする面白さや強みを学びました。
テレビ業界の現場では、あるプロジェクトが立ち上がると、そこに社内外のいろいろな人々が集められて1つのチームが組織されます。彼らは「スタッフ」と呼ばれ、所属も職種も関係ない対等な立場です。だからテレビ局の本局の社員もいれば、私のようにシステム子会社の人間もいるといった具合です。そうしたスタッフが各自の能力を生かしながらチーム一丸でプロジェクトを進めていくのです。
私のいたチームにはもともと番組制作が担当の人たちもいて、そうした畑違いの人たちともフラットな関係で付き合う。だからスタッフ自身も、自分の所属がどこかは関係なく「誰と一緒に働くのか」という意識で動いている方が多かったですね。
いろいろな知識や経験、そして考え方を持っている人たちが一緒に仕事をする。1つの仕事や課題でも複数の異なる視点が存在し、自分では想像もしなかった考え方がある。その事実に新鮮な驚きを感じる毎日で、非常に面白い職場でした。このときに私は「チームで一緒にやる面白さ」というのを学びました。
あるとき、テレビ局の主催で20万人規模のお客様を招待する無料イベントがあり、このときもいろいろな会社や職種の人たちが集まってきました。受付や招待状作成などの仕事をテレビ局関係各社のスタッフで分担。さらに外部のイベント運営会社や印刷会社の方たちも加わって、こんな他業種集団の大プロジェクトは普通の会社勤めではなかなか経験できなかったでしょう。
この他には、オリンピックで海外から映像を送るチームに加わったこともありました。当時はまだ海外からの映像中継が非常に難しい時代で、技術面でも大いに苦労しましたが、エンジニアとして貴重な経験だったと思っています。
このときは、映像中継の一方でオリンピック会場の近くにメディア関係者用のブースを設営する手伝いもしました。当然、各国の報道記者も来るので、その対応もしなくてはなりません。何でもこなさなくてはいけないので自分の業種や専門にこだわっている余裕はないし、スタッフ同士もお互いの業種は関係なく、どんどん同じチームの仲間という感じになっていく。その一体感を味わえるのも他業種集団ならではの醍醐味でした。
もちろん、そういう専門外の場所には行きたくないという人もいますが、私は面白いので行きたくて自分から進んで手を挙げていました。この当時のエンジニアだけの仕事では体験できなかった目の回るような日々は、今でも私の宝物です。
他業種の人たちと仕事をする経験を通じて
自分の経験値=「引き出し」を増やす
ここまでの内容を踏まえて、皆さんがいつか他業種の方々と協業するうえで、参考になることを少しお話ししましょう。まずは「いろいろな属性のメンバーがいる中で、一緒に仕事を進めていくにはどうしたら良いか」です。
これについて私は、他業種かどうかを問わず、誰かと一緒に仕事をしていくというのは「人が何かを理解するメカニズムを共有する」ことだという捉え方をしています。
例えば、仕事の目的や進め方について私が「こういうことですよね?」とチームメンバーに確認を取り、相手も「うん、そうだよね」と答えて、お互いに腹落ちした状態になる。こうして共通の理解や同意を持つことで、複数の異なる属性を持った人たちが1つの仕事をチームとして進めることができるのだと思うのです。
では、どうすればそういう腹落ち感が作れるのか。実はこれは非常に難しい課題です。私自身、相手が先日の説明で納得したと思っていたら、仕事を進めていくうちに、どうも話がちぐはぐになるといったこともよくありました。おそらくその仕事を「知識」や「情報」としては共有できても、そのデータに基づいてどう動いていくのか、どういうスタンスで進めるのかという「思考」や「実践」レベルまでを共有しきれていなかったのだと思います。
とは言え、実際のビジネスというのは、何か1つの要素だけ理解すれば済むものでもなく、複数の要素を短期的、中・長期的視点を合わせて見ながら進める必要がある。また、それらの要素のプライオリティも業務の進捗フェイズによって刻々と変わります。「今、どうなっていて、何がすべきなのか?」をその都度深く理解しながら、最適のアプローチを選択しなくてはなりません。
「なあんだ、結局これはという解決法はないんじゃないか」と思うかもしれません。でも、仕事の現場で多くの要素を常に正確に理解するのは、実際のところ不可能です。だからこそ、それらに対する理解のギャップがどこに生じていて、どう対処すれば良いのかを推し量る力、すなわち「洞察力」と、その推論を裏付ける「経験値」が必要になってくるのです。
初めてのお客様との取引で苦労ばかり続き、これは将来が期待できそうにないなと思っても、長い目で見ると今の苦労が自分たちの貴重な経験になるのではと感じることもあります。むしろ、世の中のほとんどの事はそうでしょう。だから常に頭を使って、目を配って、対象を理解していく姿勢を忘れてはならないのです。
そして、いざ難問に突き当たったり、それこそ他業界や未知の分野で仕事をしなくてはならなくなったとき、自分の中にどれだけ「経験値」という引き出しを持っているか。その引き出しを増やすのに大いに役立つのが、他業種の人たちと一緒に仕事をする経験ではないかと思っています。
自分たちの中にある、見えない価値を生む
「多様性」を見つけ育てていきたい
今は、多様性の時代としきりに言われます。もちろんこの多様性とは、他業種の人と仕事をすることだけではありません。もっと幅広い、個人の考え方や属性や、文化の違いまでを包摂した視点から世の中や人の在り方を考えていくことだと理解しています。
そこで最後に、私たちBFTにおける「多様性」について少しお話ししたいと思います。同じ企業の中で、しかも開発をメインに据えた会社ですから、他業種に関連した苦労話というのは、そう多くはありません。
とは言え、そこで働いているのは人間ですから、当然いろいろな考え方や志向、あるいは技術力や経験もそれぞれに異なっています。キャリアの違いも含めて、さまざまな個性を持った人たちの集団が会社だと私は考えています。そういう意味では、同じ社内でもやはり多様性についてきちんと考えていく必要があると、経営責任者として思っています。
具体的な例を1つ挙げると、チームで仕事をする場合、それをどう評価するかという問題があります。もちろん仕事ですから、ちゃんとお客様の要望を満たせる成果を出して、なおかつ売り上げも確保できなくてはならないのは当たり前です。でも、大切なのはそれだけではない。
私自身は、あるプロジェクトについてトータルで見たときに、見込んだだけの収益が確保できていれば、特に大きく儲からなくても、そこに意味があるならばぜひやってほしいと思っています。数字に表せない=売上などのように、定量的に可視化できない部分にも評価すべきものがあれば、その仕事には価値があるからです。
一方、他の社員にしてみれば「自分たちがこんなに頑張って収益を上げているのに、収益が挙がらないプロジェクトをなんで放っておくんだ」という気持ちもある。無理のないことですが、経営者としては見えない価値も評価したうえで、両者の気持ちに立ってジャッジを下さなければならないので、その采配の難しさには毎回悩みます。
でも、決して数字だけを見て判断してほしくないとも思っています。ビジネスとしてやっている以上数字はとても大切ですが、それ以上に数字の中身をもっと見ないといけません。確かに今、売り上げにはなっていないけれど、その現場では人がめざましい勢いで育っているかもしれない。だとしたら、そこには未来の人材育成という立派な価値があるのです。
あるいは、赤字プロジェクトではあるけれど、これまでの経過を複数年で追っていったら売上自体は急速に伸びているのだと分かった。だから成長率で見ると「赤字だ」と非難していた他部門の人たちより、はるかに伸びていたなんていうケースも実際にあるのです。
私としては、そういう見えないところまで深く見通して、自分の会社の中にあるさまざまな「多様性」を最大限に生かしていく義務がある。もし経営者にそれができないと、短期的な数字ばかりが幅をきかせて新しい挑戦が生まれない会社になりかねません。
私にとっても、現場の社員一人ひとりにとっても非常に難しい課題ですし、その解決には物事の本質を深く考え、見出していく不断の努力が求められます。
また、これから先はますます企業の内と外の境界が曖昧になっていき、協業や共創の機会も増えていくでしょう。もちろんお客様のビジネスの要望や課題を深く理解して、そこに解決案を提案できる技術力やコミュニケーション力もますます重要になってきます。
そうなったときに、私も社員のみんなも、それぞれにたくさんの引き出しを持って、いろいろな方たちといろいろな課題に取り組んでいける「多様性」を、これからも磨いていきたいと考えています。
さて、次回はどんなテーマを取り上げましょうか。よろしければ、どうぞ引き続きお付き合いください。