開発者を解き放て! Postmanが目指すAPIファーストな開発モデル 〜APIエコノミー、生成AI活用、開発の民主化まで

2023年12月13日(水)
Innerstudio 鍋島 理人

2023年12月5日、開発者向けAPIプラットフォームを提供するPostmanは「日本上陸記念イベント」を開催し、日本市場への本格的な参入を発表した。本記事では、Postman創業者 アビナフ・アシュタナ氏と、ウルシステムズ株式会社 漆原 茂氏の講演レポートを中心に、Postmanが目指すAPIファーストな世界観と、開発者にもたらされる変化について紹介する。

日本でも活発なコミュニティを

オープニングでは、Postman株式会社 代表取締役社長 平林 良昭氏から、日本市場とコミュニティの概況について紹介された。

2014年にインドで創業したPostmanは、APIの構築・管理・テストのための開発者プラットフォームだ。2017年にアメリカに拠点を移し、2023年4月に日本法人が設立された。日本国内のユーザーは開発者を中心に40万人を超え、非技術者にも利用が広がってきているという。

企業ユースとしても日経平均銘柄を構成する企業の82%、185社に採用され、Webだけでなく金融、製造業など幅広い業界に採用されつつある状況だ。さらに2023年からは国内でもユーザーコミュニティが活発に活動しており、これまでに11回のミートアップ、14回のワークショップが開催され、1158名の参加者、さらに外部登壇のイベントも含めると述べ2441名もの参加者があった。

このような日本国内における盛り上がりを受けて、12月1日には国内コミュニティの協力の下、Postman日本語対応のベータ版をリリースした。平林氏は「今後も積極的にユーザーとのミートアップなどのイベントを開催していきたい」と述べ、Postmanの日本市場への意気込みを感じさせた。

Postman株式会社 代表取締役社長 平林 良昭氏

成長するAPIエコノミーと開発者が直面する課題

続いて登壇したPostman, Inc. 最高経営責任者 兼 共同創業者 アビナフ・アシュタナ氏は、成長を続けるAPIエコノミーの企業へのインパクトと、開発者が直面する課題について解説した。Postmanは全世界で3000万人もの開発者と50万社以上の企業をユーザーとして抱え、Oktaのビジネスレポートによれば、過去10年間で最も急速に成長した開発者ツールだという。その成長の背景にあるのは、APIエコノミーそのものの発展だ。

Postman, Inc. 最高経営責任者 兼 共同創業者 アビナフ・アシュタナ氏

APIエコノミーの成長を促すのは、以下の要因だ。まずAWS、Azure、Google Cloudなどクラウド上で開発されるソフトウェアの量が増加したこと。サーバレス、マイクロサービス、コンテナなど、新しいアーキテクチャの出現と、それに伴うgRPCなどの新しいAPIプロトコルの出現。大規模なモノリシックソフトウェアからAPIで連携する疎結合なソフトウェアへの移行。そして、SaaS製品の成長により、様々なアプリケーションの機能をAPIで利用できるようになったことだ。その結果、サービスを0から構築する必要はなくなり、逆にソフトウェア開発におけるAPIの構築や利用が必要不可欠になった。そして、顧客接点からパートナーとの取引まで、あらゆる企業活動の場でAPIが活用されている。Postmanのアンケートによれば、回答者の65%が実際にAPIにより収益を得ているという。またマクロ経済の逆風にも関わらず、92%以上の回答者がAPI技術への投資を、維持または増加させる計画だという。

「企業が提供するAPIの数が増えると様々な問題が生じる」とアビナフ氏は言う。特に大規模な組織では、それぞれのチームで異なるプロセスを採用したり、様々な利害関係者が関与することで開発者のサイロ化を招いてしまいがちだ。それが非効率的なコラボレーションの温床となり、APIの低品質化を招く恐れがある。また、GraphQLやgRPCなど新しい技術への対応も開発チームの負担となりうる。そこでアビナフ氏は、クラウドインフラ、ソースコード管理、CI/CD、監視プラットフォームと同様に、APIにも専用のプラットフォームが必要だと強調する。

「PostmanはAPIライフサイクルの各ステップに対応するツールを備え、API開発プロセスを合理化するとともに、様々な利害関係者の協力を促進し、企業がAPIを戦略的資産として活用できるよう支援します」

「Postmanを活用することで『APIファースト』によるソフトウェア開発が容易になる」とアビナフ氏は言う。APIファーストは、コア機能の実装に先行してAPIの設計とテスト、ドキュメント作成を行う開発手法だ。言い換えれば、APIを後付けで構築するのではなく、他のプロダクトやサービスと同じように戦略的なデジタルプロダクトとしてライフサイクルを管理するアプローチだ。その結果としてもたらされるのは、開発者がAPIを通して顧客を大切にすることだと、アビナフ氏は指摘する。つまり、単に機能を開発するだけでなく、APIの利用者により良い体験を提供できるかどうかが、デジタルビジネスの成否に繋がる。実際に多くの企業が、APIファーストのアプローチを採用することで開発生産性の向上や組織全体での開発標準化と高品質なAPIの提供を実現し、戦略的資産としてAPIを活用しながら大きな成果を上げているという。

さらにアビナフ氏は、Postmanが見据える未来についても言及した。生成AIはAPIにさらなる可能性をもたらすという。人間が、AIにより大量のデータを活用・操作しながら知見を引き出す上で、APIによる連携が欠かせないからだ。さらに生成AIをAPI開発の効率化にも活用するべく、PostmanはAPIデザインやテスト、ドキュメントを生成AIで作成するPostbotを提供している。

またソフトウェアの構成要素としてAPIを利用できる範囲が広がるにつれて、ローコード・ノーコードによる市民開発者の参加も重要になるとアビナフ氏は考えている。そこで、Postman FlowsというローコードAPIワークフロービルダーも開発している。「開発者の枠を超え、APIへの参加者を広げることでAPIエコノミーにおける重要な変革を支援する」と述べ、アビナフ氏は講演を締めくくった。

APIファーストが開発者の可能性を解放する

参加者からの質疑応答を挟んで、ウルシステムズ株式会社 代表取締役会長 漆原 茂氏による講演が行われた。

ウルシステムズ株式会社 代表取締役会長 漆原 茂氏

重厚長大で仕様過多、それにも関わらず予算はなく、解決できない問題が山積み…従来のソフトウェア開発における開発者の苦境を引き合いに出しつつ、漆原氏はAPIファーストこそが開発者の力を解き放ち、ワクワクする未来を引き寄せるための鍵になるという。そのためには開発者自身も、「3つの領域」にチャレンジしなければならない。

第1のチャレンジは「ビジネス領域へ越境」することだ。これまで開発者とビジネスや経営サイドは相互に棲み分けしてきた。技術は好きだが、数字は苦手だ。そんな技術者も多いのではないだろうか。しかし、デジタルビジネスの登場が状況を一変させた。技術とビジネスが不可分になれば、開発者がビジネスを考えながら実装しなければ、新しいビジネスを生み出すことはできない。端的に言えば「技術が分からなければ経営しないでくれ」ということだ。そして「多様性を包括し、アジャイルに物事を進めていく開発者のカルチャーがあればビジネスはもっと面白くなる」と漆原氏は力説する。半年もかけて要件定義をして、ようやく実装に入っていたものが、APIを組み合わせれば1日でアプリケーションを実装することだってできる。

第2のチャレンジは「APIの開放」だ。従来、開発者が書いたコードはオープンソースでなければプロダクトの内部に埋もれ、アプリケーションを通してしか利用できなかった。しかしそれらのコア機能をAPIとして切り出してサービス化すれば、開発者がお互いにAPIを利用し合うことができる。それは社内に留まらず、パートナー企業、取引先、そして想像もしなかったような顧客が利用するかもしれない。どのようにAPIサービスを切り出すかは、開発者の腕の見せどころだ。「アジャイル開発やマイクロサービスの知見を活かし、開発生産性、保守性、収益性、そして顧客体験を意識しながら、開発者が開発それ自体によりAPIビジネスに貢献することが可能になる」と漆原氏は言う。機能を開発したら終わりではなく、それぞれがAPIとして常にライブに開発されアップデートされる。せっかく開発したのに使われないコードはさらに減るだろう。そして企業に蓄積されたAPI資産は、そのまま企業の戦略的価値となる。それがAPIファーストの世界観だ。

第3のチャレンジは「コミュニティとの連携」だ。APIで様々なサービスが連携しだすと、利用者の視点ではあるリスクが生じる。それはAPIがブラックボックスだということだ。しかし、開発者であればレスポンスからAPIの設計やデータの持ち方は何となく推察できるかもしれない。そこで重要になるのが、APIの提供者や利用者同士がコミュニティという場で会話し合うことだ。お互いに会話することで、実際のアーキテクチャやベストプラクティスをスムーズに共有できる。そして、何よりも中の人と話すのは面白い。コミュニティは日本国内に留まらず、Postmanがインド発のプロダクトであるように全世界に存在する。「それらのコミュニティが繋がることでAPI連携もより活性化し、会社の枠を超えて開発者の活躍の場が広がっていく」と漆原氏は言う。そして、APIの開発者と利用者が一同に集う場である、Postmanのコミュニティを称賛した。

漆原氏は、開発者が「ビジネス全体を正しく設計する力」「社外のAPIを適切に利用する力」「APIを設計する力」「顧客とのコミュニケーション力」「サービスを改善・運用していく力」を持てば、生成AIに取って代わられることはないと言う。そして「APIを通して開発者コミュニティが盛り上がることで、日本全体のビジネスも加速していく」と開発者にエールを送りながら、講演を終えた。

著者
Innerstudio 鍋島 理人
ITライター・イベントプロデューサー・ITコミュニティ運営支援。Developers Summit (翔泳社)元オーガナイザー。現在はフリーランスで、複数のITコミュニティの運営支援やDevRel活動の支援、企業ITコンテンツの制作に携わっている。

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