Civo Navigate North Amecira 2024、データセンターの廃熱を使う分散HPCのDeep Greenを紹介

2024年5月2日(木)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
データセンターの廃熱を使って温水プールのコストを削減したDeep Greenを紹介する。

Civo Navigate 2024 NAから、データセンターで発生する熱を公共の温水プールのために使うことでコストを下げ、公共財としてのデータセンターを目指すプロジェクトDeep Greenを紹介する。

このセッションはDeep Greenのパートナーであるベンチャー、DistributiveのCEOであるDan Desjardins氏と、同じくパートナーであるNokiaのJeroen van Bemmel氏によって行われた。Bemmel氏はNokiaのWebscale Architectという肩書きだ。

プレゼンテーションを行うDesjardins氏。左にいるのがNokiaのBemmel氏だ

プレゼンテーションを行うDesjardins氏。左にいるのがNokiaのBemmel氏だ

このセッションはDeep Greenの解説であり、同時に分散コンピューティングのための仕組みを提供するDistributiveの解説でもあり、NokiaはDeep Greenの主旨に賛同したパートナーという位置付けだろう。

分散コンピューティングによって得られる収益の配分を解説

分散コンピューティングによって得られる収益の配分を解説

このプロジェクトがユニークなのは、単にデータセンターのサーバーラックから出る熱を使って温水プールを温めるという事例のわかりやすさではなく、データセンターのユーザーが必要とする演算処理に対する課金から発生する収益を、そのサーバーを所有する組織(公共の温水プールの例であれば市町村)に還元する仕組みが組み込まれていることだろう。

このスライドで説明されているのは収益の40%はサーバーをホストする組織に還元され、残りの60%はAPIを提供するDistributiveやネットワークのプロバイダーなどに還元するということを解説している。

データセンターは集積化することで管理が容易になり、ニーズに合わせてスケールアウトすることが可能となる。またセキュリティ強化の観点からも集中管理する利点が多いが、その反面、大量の電力を必要とし、集積化したサーバーラックのための廃熱処理に悩むことになる。その点Deep Greenは、集積化せずに分散させるのが大きな違いである。また廃熱を阻害要因と捉えるのではなく、熱が必要とされる場所にサーバーを置くことでマイナスをプラスに変えるという発想がユニークと言える。

Deep Greenの廃熱利用の概要。サーバーからの熱は温水プールのために使われる

Deep Greenの廃熱利用の概要。サーバーからの熱は温水プールのために使われる

このチャートはDeep Greenのサイトからの引用だが、ミネラルオイルで冷却されるサーバーから出る熱は、熱交換装置を通じてガスボイラーに送られ温水プールを温めるために使われる。サーバーの廃熱だけで必要な温度は確保できないが、6割程度の燃料コストを削減できるという。結果として温水プールの維持コストから2万ポンド、日本円で約380万円程度を削減できるという。日本ではゴミ焼却場から出る熱を使って温水プールを温める事例は多数存在するが、プールを焼却プラントの近くに作る必要があることに比べると、街中のプール施設に油冷のサーバーを設置するほうが制約も少ないだろう。温水プールに関する事例については以下のサイトを参照して欲しい。

●参考:LET'S TRANSFORM THE ECONOMICS OF ENERGY TOGETHER.

特徴的な画像を使った告知

特徴的な画像を使った告知

このスライドで使われている少年がプールにいる画像はインパクト十分だ。同じ画像は、イギリスのOctopus EnergyがDeep Greenに対して約370億円の投資を行ったことを告知するページにも使われている。

この仕組みの基盤となっているのがDistributiveのAPIだ。Distributiveはカナダのオンタリオで創設されたベンチャー企業で、分散コンピューティングの基盤を提供している。Distributive Compute Protocolという分散基盤を使ってワークロードを分散させるだけではなく、クレジットと呼ばれるポイントを使ってデータセンターの利用者はコストを支払い、サーバーの所有者は実行されたワークロードから発生するクレジットを受け取るエコシステムを構築している。コンピュータの空いている時間を他のワークロードに使わせることで演算を実施する例はSETI@homeが先駆的な事例だが、ボランティアではなく利用する側とリソースを提供する側がクレジットという通貨を通じて価値の交換が行われることで持続性が高まることになる。

Distributiveについては以下を参照して欲しい。

●参考:The Distributive Compute Protocol

多くの参加者が興味を持ったようで、セッション後はDesjardins氏に対して質問が絶えなかった。質問者にはNokiaのエンジニアも含まれており、Nokiaの社内でもDeep Greenとの試みが知られていなかったということが明らかになる一面もあった。

参加者からの質問に対応するDesjardins氏

参加者からの質問に対応するDesjardins氏

次のチャートはDistributiveのサイトからの引用だが、利用するデータとそれを処理するファンクションを記述し、それをWorkerと呼ばれる演算を実行するエージェントに渡し、結果を得るというプロセスが解説されている。WorkerはDockerのコンテナやSETI@homeと同様に、スクリーンセーバーでも実行できるようだ。今後の予定として、スタンドアローンのWorkerや企業のホームページを訪れたユーザーのブラウザーの中で実行するWorkerなども計画されているという。

Distributive Compute Protocolの解説からの引用

Distributive Compute Protocolの解説からの引用

Deep Greenのサイトにある情報では、この仕組みがなければイギリスに存在する多くの温水プールが持続できなかったというSwim Englandという公共団体のコメントが印象的だった。

「Deep Greenがなければ多くの温水プールが存続できなかった」というコメント

「Deep Greenがなければ多くの温水プールが存続できなかった」というコメント

温水プールを温めるためにサーバーの廃熱を使うという新しい発想と、それを実装するための新しい分散コンピューティング基盤であるDistributiveのAPIに注目したい。

●参考:Deep Green

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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