Civo Navigate North America 2024、元Dockerで現DaggerのCEO、Solomon Hykesのインタビューを紹介
Civo Navigate North America 2024から、元Dockerの共同創業者でCEOだったSolomon Hykes氏のインタビューを紹介する。同時にSecond StateのMichael Yuan氏、BuoyantのWilliam Morgan氏とも対話するチャンスがあったので、それらについても短く紹介したい。
Docker創業者のSolomon Hykes氏インタビュー
最初に紹介するのはDockerの創業者で、今はDaggerというベンチャーの創業者でもあるSolomon Hykes氏だ。初日のセッションはHykes氏とCivoのエグゼクティブがパネルディスカッションを行う内容となったが、そこでは主に過去の話題に集中しており、Hykes氏が現在取り組んでいるビジネスに関してはほぼ触れておらず、Daggerがブースも出して露出している助けにはなっていない状況だった。そこで今回のインタビューでは、過去ではなく現在そして未来について語ってもらった。
DaggerはプログラマブルCI/CDエンジンと称していますが、どうしていま、CI/CDという混雑した競合の多い領域を選んだのですか?
我々は競合が多いとか少ないとかを意識したことはなく、デベロッパーが抱える問題点を解決しようとしただけなのです。それぐらい現在のデベロッパーの痛みは大きく、それを解決するためには何が必要か? それだけを考えた結果です。ちなみにJenkinsもGitHub Actionsも競合という意識はありません。それらのツールの上位レイヤーでよりモダンなスクリプトエンジンであるDaggerが、CI/CDのツールを使うという位置付けです。なので競合はそういうCI/CDのツールではなく、企業がそれぞれ抱えているbashなどを使ったスクリプトですね。それらのレガシーなスクリプトは、デベロッパーのデスクトップからテスト環境のLinuxまでざまざまな環境で動くことを期待されていますが、実際にはそれが実現できていないということが痛みの原因だと思います。
今回はWing, Inc.のデベロッパーがWingという「インフラストラクチャーフロムコード」というコンセプトのプログラミング言語を解説したセッションもありました。企業にとって、これまで使い慣れていたスクリプトを捨てて新しいコンセプトや言語を使うというのは難しいと思います。Daggerがそのハードルを超えるための工夫は?
企業が抱える古いスクリプトをすべて置き換える必要はなく、痛みが最も大きな部分だけを替える、つまり99%のスクリプトはそのままで、1%だけをDaggerに替えるというやり方です。デベロッパーも運用担当者も実際にDaggerが使われているということに気付かないように、インクリメンタルに変化を起こしていくというアプローチですね。それを実装するのは大変ですが、それを実現するのがDaggerの仕事です。
インフラストラクチャーの構築については各企業がそれぞれのやり方を持っていると思います。文化と言っても良いかもしれませんが、そういう部分に変革を起こすのは難しくはないですか?
インフラストラクチャーがそれぞれというのはその通りで、その設計も運用も同時にそれぞれですよね。ソフトウェアライフサイクルの観点で言えば、デベロップメントが最初のプロセス、インフラストラクチャーへの実装が最後のプロセスだとすると、真ん中の部分には多くのツールとそれを繋ぎ合わせる「糊」に相当するスクリプトがたくさん存在します。Daggerはその真ん中のプロセスのパイプラインの部分についての問題、つまり痛みを解決するということになります。
インフラストラクチャーについてはトラディショナルなJenkinsも新しいWingもありますが、その手前にあるパイプラインにフォーカスしているのがDaggerの特徴なんです。例えばJenkinsをGitHub ActionsやGitLabに置き換えることは可能ですが、それだけでその糊付けされた部分の問題は解決しません。
その発想だと各企業が抱える問題点の内容を理解してそれぞれ対応する必要がありますよね? つまりDaggerを使いこなすためにはそれなりのコンサルティングが必要になり、時間がかかるのでは? Daggerはターンキーソリューション★※1★ではないですよね?
★※1★:納入後すぐに利用できる製品やサービス
それはその通りです。例えて言えばDaggerはターンキーのツールではなく、工場を直すためのツールなのです。工場はそれぞれの企業ごとにさまざまな形態がありますし、ニーズも異なります。Daggerのユーザーはソフトウェアの工場を改善するためのツールを手に入れて、それを使うわけです。その時に重要になるのがコミュニティです。Daggerはモジュラーシステムとしてさまざまな機能を組み合わせることができます。つまりユーザーが自身のニーズに合った使い方をするためには、コミュニティが充実している必要があるわけです。コミュニティを活発にするために定期的にMeetupを実施していますし、お互いが情報交換できるようにしています。言ってみればDaggerはレゴブロックで、そのブロックを使って新しいモノを作る人がいればその方法を聞いてみたくなりますよね? そういう感じでコミュニティがお互いを助けるようになっています。
日本人には「Daggerはソフトウェアの工場を改善する」というのはわかりやすい例えですね。日本人は工場が大好きですから(笑)
実際にトヨタのカイゼンの方法論などは私も勉強しましたが、参考になりますね。ソフトウェア開発が工場というのはかつてのシンプルな開発方法では余り当てはまらなかったんですが、ソフトウェア開発は巨大で複雑になっていて簡単にすべてをスクラップしてやり直すということができないというのが今の状況だと思います。なのでDaggerで工場を変えるという例えは合うと思いますね。そして今のソフトウェア開発に欠けているコンセプトのひとつは、トヨタが提唱した「Just in Time」ですね(笑)この発想だけは未だに実現されていません。多くのソフトウェアがリリースに向けて一斉にビルドされリポジトリーにプッシュされますが、それを本番環境に反映されるのは少し時間が必要な場合は多いわけです。
一方Daggerはこのようなプッシュモデルではなく、必要な時に必要なモノだけがビルドされ、パイプラインからプルされるモデルにしたいと思っています。ビジネスの中では多くの競争相手は速いスピードで変化していますので、それに対応するためにも即座にソフトウェアを修正して即座に反映するというJust in Timeの発想が重要だと思います。
Daggerにとってのチャレンジは?
Daggerはすでにできあがったカテゴリーの中で競争しているわけではないですし、例えば競合よりも50%速く50%安くなったといった発想ではビジネスをしていません。我々はカテゴリーを変える存在になりたいと思っています。これはDockerの時と同じ経験ですね。私にはDockerでの経験を活かすことができると思います。
Daggerはカテゴリーを変える存在になりたい、それをユーザーに理解してもらうことが最大のチェレンジだとSolomon Hykes氏は締めくくった。
Michael Yuan氏インタビュー
次にWebAssemblyを使って生成型AIをエッジでも実行できることを強力に推進しているSecond StateのCEO、Michael Yuan氏への短いインタビューを紹介しよう。
Yuan氏はCivo Navigateへの参加について「この街に住んでいるから、セッションに参加するというのは簡単な判断だった」として「Lightweight LLM Inference with WASM」というセッションを行った。このセッションはYuan氏が過去1年ほど前から注目しているエリアで、大規模言語モデルが進化する中でモデルのサイズが巨大になる傾向について、それをデベロッパーのノートPCでも実行できるという部分を解説するものだ。デモに使うPCのWi-Fiをオフにして、本当にネットワークのトラフィックをなくしても、WebAssemblyのランタイムの上で実行される大規模言語モデルのRAGアプリケーションが素早く問い合わせに対して的確な回答を返すという部分が強調されていた。最初の回答時にだけメモリーへの読み込みに時間が掛かるが、それ以降は遜色ない速度で回答が表示されていた。Michael Yuan氏によるデモとプレゼンテーションについては以下の記事も参考にして欲しい。
●参考:Cloud Native Wasm Dayから大規模言語モデルをWasmで実行するデモを解説するセッションを紹介
セッションの後、Yuan氏と対話した時に「KubeConみたいな場所ではWASMのコンポーネントモデルに関する議論や質疑が盛んに行われているが、オースチンではそれよりも『どうやってWASMを使うんだ? 何から始めたらいい?』というような質問が多く、ロケーションによっては時差がある。コンポーネントモデルについてはこれからだと思う」というコメントをもらった。そのうえで「今年は中国でもイベントが開かれるので、それにも参加しようと思っている」として中国出身であるYuan氏が中国や香港においてもWASMに対する興味が拡大していることを理解していることを示した形になった。中国市場に対して他のべンチャーと比べて圧倒的に優位な位置にいるSecond Stateが、どんな結果を残すのか注目していきたい。
BuoyantのCEO William Morgan氏インタビュー
最後にサービスメッシュのオープンソースソフトウェア、LinkerdのコントリビューターであるBuoyantのCEO、William Morgan氏についても触れておこう。
Morgan氏はかつてサンフランシスコに在住していたが、サンフランシスコの環境は子供の教育に適していないという理由で4年ほど前にオースチンに移住してきたという経緯がある。Morgan氏にとってもCivo Navigateはローカルなイベントであった。セッションについても参加の予定があったが、直近に行ったアナウンスメントに関連する対応に忙殺されてセッションをキャンセルしたそうだ。
これはBuoyantのブログで公開されたLinkerdの2.15についてのリリースに関する内容で、新機能の告知だけではなくオープンソースであることには変わりはないが、ArtifactのリリースをGitHubでは行わないという変更が最後に書かれている。
要約すれば、現在は無償で実行モジュールをインストールできるのに対して、新たにBuoyant Enterprise Linkerd(BEL)というサービスからのみ可能にするという内容である。Linkerdのユーザーは、有償の年間契約を行うことがLinkerdの実行ファイルを手に入れる手段となる。オープンソースの継続性を高めるために収益化は必須となるが、ElasticやHashiCorpがソフトウェアのライセンスを変更してフリーライドするパブリッククラウドベンダーを締め出す方法論とは異なり、Red HatがCentOSをCentOS Streamに移行した発想と似ているかもしれない。もっともRed HatのCentOSの場合は、ソースコード自体がGitHubでは公開されず有償サービスの中でのみ参照できるので、ソースコードが公開されているLinkerdよりも制限が強いと言える。
この件についてMorgan氏に聴くと「あのリリースを出してから大量のメールが来たよ。その対応が忙しくてセッションを行うことができなかった。もちろんサポートしてくれる人も多かったが、苦情も一杯でね。でも他のベンダーがやったような、冷たくビジネスライクに告知するのは避けたかった。我々の事情、つまりLinkerdの開発に関わっているBuoyantの社員の生活を守らなきゃいけないことをもっと理解して欲しかったんだ」とコメントした。
上記の最後の部分にはWilliam Morgan氏が書いたQ&Aが追加されているが、そこでは「I hate this. Who can I yell at?(これは嫌い。誰に文句を言えばいいの?)」という質問が載せられており、その回答として「これを書いたのは私で、この決断をしたのも私だ。ついでに言えばLinkerdのメインテナーの給料を支払っているのも私だ。文句があればパリのKubeCon EUに来て直接話をしよう。その時にこうした理由と他にどんなオプションを検討したのか、全部話をしよう」と書かれていた。この部分にこそ「冷酷でビジネスライクな告知にしたくなかった」というMorgan氏の想いが表れていると言えよう。
OSSの収益化という問題は、これからも多くのスタートアップ企業が苦しむ領域であろう。今回のLinkerdの変更がその収益化の解決策になるのか、引き続き注目していきたい。
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