AIとロボティクスで新ビジネスを模索するNTTの思惑とは?

2017年10月19日(木)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
NTTのシリコンバレーにある研究拠点を訪問した。今回はAIとロボティクスを融合したシステムなどを紹介する。

NTTグループといえば、時価総額10兆円以上という巨大企業グループだ。1985年の民営化、分割、分社化等を経て、固定電話網の運用管理から携帯電話、システムインテグレーション、クラウド事業などのITの大きなトレンドに合わせて事業内容を着実に拡張してきているという印象がある。

しかし電電公社という公共事業体から、利益と顧客のニーズを満足させるビジネスに転換できたかと言えば、評価は業界内でも分かれるかもしれない。例えばソフトバンクが劇的に家庭向けのインターネット接続を前進させるため、ADSLモデムをタダで配ったような、大胆な(無謀な)戦略を取らない辺りにNTTの行儀の良さを感じてしまうのは筆者だけだろうか。スマートフォンの時代が到来した際に、iPhoneの導入が一番遅かったのもNTTドコモだった。

このようにどちらかと言えば保守的なNTTもIT、特にソフトウェアによるイノベーションに関しては最新の動向に注意を払っている。実際、すでに20年も前からシリコンバレーに拠点をおいて業界の動向を調査しているそうだ。最近だと、サンフランシスコからシリコンバレーに向かうフリーウェイ101の脇にあるビルに「NTT Group」というロゴを見かけた人も多いのではないだろうか。そのNTT Groupのシリコンバレーオフィスを訪問し、複数の担当者にインタビューを行った。NTTは今、シリコンバレーで何を考えているのか、その一端をレポートしたい。

最初に話を聞いたのはNTT DATAの山本一行氏だ。

まずこのオフィスができた経緯を教えてください。

元々は20年ぐらい前にNTT DATAの研究所の一部門として立ち上がった組織があり、そこが西海岸に作った拠点がルーツになっています。途中でいろいろ変わったりしていますが、2015年にR&Dの一部として数名の社員がここに駐在するようになって今の形になったということです。シリコンバレーの新しい技術や新しいビジネスモデルなどについて調査を行って、本社組織のある東京にレポートするということをやっています。

日本にレポートを行うということですが、最新のレポートで報告したことは何ですか?

最近のレポートですと、リアル店舗の活動の動向と言いますか、ネットにおけるモノの販売だけではなく、リアルの店舗を活用したビジネスの拡大を試みる動きについて報告をしました。例えば、シリコンバレーだと高級なショッピングモールの中に「ショールーミング」を行う小さなスペースを設けて、顧客と接点を作るというベンチャーが数社あります。実際、今年Walmartに買収されたBonobosという紳士服を手がけるベンチャーがあります。Bonobosはモールの中に試着できる小さなスペースを作って、それをビジネスの起点として使おうとしています。このスペースでは試着だけを行うので、在庫を持つ必要がありません。そのため、小さなスペースで店舗を開くことができるのです。試着して気に入ったら、自宅に届けてもらうという形ですね。インターネットでメガネをオーダーできるWarby Parkerも同じように、リアルに店舗を持ってビジネスを拡げようとしています。

その他には、金融機関であるキャピタルワンが面白い試みをしています。これは銀行の支店にカフェスペースを設けてそこに人が集まるようにする施策ですね。アメリカだと銀行にあまり人がいないのですが、だからといってそれを廃止するわけにもいきませんので。カフェはピーツコーヒーと組んでやっていますが、他にも無料のコワーキングスペースを作ったり、セミナーを開いたりという試みを行っています。このように新しい技術だけではなく、ビジネスモデルなどについても調査を行っています。

今回、最初に紹介していただくのは何ですか?

これはNTTのR&Dと楽天ゴールデンイーグルスが協力して開発したVRシステムです。楽天のホーム球場をCGで再現して、そこにピッチャーが投げる姿とボールの軌跡を合成しています。このVRゴーグルを装着して見ると、打者の目線で投球を体験することができます。打者が、投手の投げるボールに対してトレーニングするためにも使われています。

VRゴーグルを付けてデモを行うNTT I3の本橋健氏。今回の調整を行ってくれたSVPである

VRゴーグルを付けてデモを行うNTT I3の本橋健氏。今回の調整を行ってくれたSVPである

本当に投手の投げたボールが体のそばを通り過ぎる感じがしますね。野球以外のスポーツへの応用は可能ですか?

はい。複数のカメラからボールを撮影し、ボールの座標を割り出して軌道を描いています。もちろん他のスポーツでの応用は可能だと思います。アメリカでは野球というスポーツは非常にポピュラーですし、メジャリーグベースボールという大きなビジネスがあるので、ビジネスの可能性を探っているところです。現在は営業のスタッフがMLBの球団に働きかけているところです。他のスポーツについても、テニスとサッカーに関しては可能性があると思っています。

参考資料:VRバッティングコーチングシステム

隣には可愛いロボットと血圧計がありますが。

これは血圧を測定して、それに対してこのロボットがアドバイスを行うというもので、血圧計からのデータをPCで収集してその数値についてAIが判定し、自然言語でコメントするというものです。これには、NTTのクラウドロボティクス基盤が使われています。

ロボットと血圧計を組み合わせた健康アドバイスのデモシステム

ロボットと血圧計を組み合わせた健康アドバイスのデモシステム

これは英語で話をするんですね。

そうですね、アメリカですので(笑)。色々な展示会でこれを見ていただいて、NTTのやっていることを理解してもらうためにやっています。クラウドロボティクス基盤というのはなかなか形になってみせることができないので、こういう形にしてみました。自然言語の合成に関しては、NTTのAI基盤である「corevo」というテクノロジーがあり、それをもっと使っていこうとしています。言語合成に関して言えば、日本語のほうがもう少し進んでいて、リアルタイムに応答ができるようになっています。

アマゾンやグーグルなどが手がけるスマートスピーカーという製品の要素技術が、NTTの中ではすでに実現しているということですね。

そうですね。要素技術に関しては、アマゾンやグーグルにも負けないものを作っているという自負はあります。しかしパッケージングという意味では、まだまだやるべきことはあると思います。ロボットの形にしたのは、目を惹きやすいということもあります。

NTTとしてこういう新しいものをグループとして共有し、ここからビジネスを起こすという仕組みはあるのですか?

NTTの中には新規のビジネスを起案する「ビジネスプロデューサープログラム」というのがありまして、新しい技術や新しいビジネスモデルを使って、ビジネスを起こすための仕掛けがあります。事業会社の立場からいえば、それを使って新規ビジネスを作り出すことも可能です。例えばAIについては「corevo」というNTT全体の技術基盤を使ってビジネスを動かしている例があります。音声認識でお客様からの問い合わせの通話をテキスト化してシステムで使うということが、すでに可能になっています。音声を文字化するだけではなく、それに対してどんな対応をするべきかをリコメンドするような機能が実装されています。同時にオペレータの発話も文字化できるので、オペレータの評価や教育のためにそれを使うというようにシステム化が進んでいます。

今回は短い時間の中でVRやロボティクスのデモを行ってくれたが、他にも通信のコアな部分に関する様々な研究も当然ながら進んでいるという。新しいトレンドに対して実装を通じてビジネス化を模索するNTTの一端を見た気がする。さらなるスピード感を増した動きを期待したい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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