スポーツとデータサイエンスの融合を目指すデータサイエンティストに迫る
アメリカ西海岸に位置するNTTグループの開発拠点を訪問するシリーズの2回目は、スポーツとデータサイエンス、そしてウェアラブルIoTのトピックを紹介したい。今回はNTTグループのアメリカの事業会社であるNTT Innovation Institute, Inc.(NTT I3)のデータサイエンティスト、片岡泰之氏にインタビューを行った。
1回目のインタビューでは、VRやロボティクス、それにAIを使った自然言語処理といった領域の研究を紹介した。第2回目となるこの記事では、データサイエンスの領域において様々なチャレンジを行っている研究者にインタビューを行った。「NTTとスポーツ」という組み合わせは意外かもしれないが、カーレースのIndy 500ではChip Ganassiチームのスポンサーとして車体に大きくNTT DATAのロゴがペイントされるほどに目立った存在だ。Indy 500自体、日本ではあまりなじみのないレースだが、アメリカでは絶大な人気を誇るカーレースである。
まずIndy 500とNTTとの関わり、データサイエンスとしての実装などについて教えてください。
Indy 500については数年前からスポンサーになっていますが、単に車体にロゴを載せるだけではなくてNTTらしく何かデータを分析して使えないかということで試行錯誤していました。実はIndy 500のレースカーには、パワーステアリングが付いていないんですね。なので数時間も運転していると、とても腕が疲れてしまうんです。であれば、それを計測してどういう時に力を入れてどういう時に抜いているのか。単にそれを測るだけではなく、どうしたらもっと疲れない運転ができるようになるのか? を予測するところまでやってみようと。そういうプロジェクトを始めたのです。
腕の筋肉を測るというのはどうやってやるのですか?
東レと一緒に開発した「hitoe」という着るセンサーというのを使います。これは、心電位を用いて心拍数を測ることのできるセンサーを織り込んだシャツなのですが、それを腕に巻きつけて腕の筋肉の緊張度合いを測っています。このデータと、車体のGPSセンサーによる「コースのどこを走っているのか」を示すデータを組み合わせると、どのコーナーでどのくらい腕の筋肉が使われているのかがわかります。ただ実際には、センサーが常に100%の状態で腕に密着しているわけではないので、部分的にデータが欠落します。それをちゃんと補正して可視化した上で分析を行います。さらに、単に可視化だけするのではなく、それからアクションを起こせるインサイト、つまりそこから何をするのか? が重要なのです。この例ですと、不要なところで力を入れすぎないようにドライビングの補正ができるようになります。
着るだけのモニタリングシステム ウエアラブル生体センサhitoeRを活用した医療機関(リハビリテーション分野)で初の実証実験
なるほど。センサーのデータを分析するためには結構面倒な準備作業が必要なわけですね。そして次がツール・ド・フランスの例ということですね。
はい。次はツール・ド・フランスのユースケースです。NTTが2010年に買収したDimension Dataは、ツール・ド・フランスのITサプライヤーとして参加していまして、すでに分析のためのシステムが使われています。これは参加している198名の選手の乗っている車体に付けたセンサーからGPSのデータをリアルタイムで収集して、だれがどこにいるのか、どのくらいの速度で走っているのかなどを集めることができます。実際には車両についているセンサーから出てくるデータを追走しているサポートカーに集めて、今度はそれをトレイラーのサーバーに転送することになります。でもデータが落ちることがあるので、それは先ほどの例と同様に補正する必要があります。
今回NTT I3が行ったのは「選手のパワーを測ること」です。「選手がどれだけ力を加えて自転車を漕いでいるのか?」は、クランク付近にセンサーを付けてその微小な歪みを元に力の大きさを測ることができます。しかし198名全ての選手からそのデータを取り込むことはできません。というのも、そのデータはチーム内だけで利用されているものだからです。それをGPSだけのデータから予測できたら、それはレースを観ているファンにとっても価値があると思います。そこで今回は、それにチャレンジしました。筋肉の使い方がわかると、「このステージは捨ててるな」であったり「今は休んでいるな」といったことがわかります。また自転車のレースでは、風のデータがとても大きな要因なんですね。そこでこれも追加してデータを分析しています。
これができるようになると、どの選手がいまどれくらい疲れていて、だれが力をセーブしているのかが可視化されるわけですね。
今年のツール・ド・フランスで実際にこれが使われていました。データを見ると、「クリス・フルーム(イギリスのロードレース選手)があまりプッシュしなかったステージでは、全体の選手の中で最も筋力を使っていなかった」なんていうこともわかるんですね。そしてこれを応用して、「誰がどこをどれだけの速さで走っていて、どれくらい筋力を使っているか」がわかるようになると、コメンテーターがするようなコメントを自動的に生成することもできるのではと思っています。
例えば「クリス・フルームが今、猛烈に追い上げている!」みたいなことですか?
そうです。それを人間が眼で見て判断するのではなく、データをベースにリアルタイムに生成するということも可能になります。実際に今回はDimension Dataの公式ツイッターアカウントで、予め用意しておいたテキストを用いて、データをベースにしてツイートするといったことを、私が開発したシステムを使って実行していたようです。
これはプロフェッショナルなレースの世界ではかなり面白いですが、一般の人とはどういったメリットがあるでしょう?
力を測定するセンサーを一式用意すると、$500くらいかかります。それをGPSのセンサーだけで可能になったら、相当応用範囲が拡がるのではと期待しています。
これらはPoCということだと思いますが、これからの予定は?
Indy 500のユースケースは、MITが主催している「MIT Sports Analytics Conference」というカンファレンスで発表しました。またツール・ド・フランスのPoCもリサーチペーパーとして提出していますので、来年2月に開催されるカンファレンスで採用されることを願っています。
NTT I3としてはスポーツアナリティクスに重点的に取り組んできたことになりますが、スポーツの分析というのは時系列データがマルチモーダルとして入ってくるんですね。こういうデータの処理は、これからのIoTには必須の要件だと考えています。それを先行として実装することで、様々な応用範囲が見えてくると思っています。データ分析のビジネスにおいては、ブランディングが大事だと思っていますので、もう少しこの領域で実績を作って「NTT I3という会社はこういうことをやれるんだ」ということをもっとアピールしていきたいと思っています。
「通信やインフラストラクチャーのNTT」ではなく、「スポーツアナリティクスのNTT I3」というブランディングを作りたいと語る片岡氏は、実際に多くのスポーツアナリティクスのハッカソンでは賞を勝ち取っているという。まだ日本では、データを用いたスポーツの分析という領域にはプロフェッショナルスポーツの世界でもあまり例がないのかもしれない。日本ではなくアメリカから、「NTT I3という凄いスポーツアナリティクスの会社がある!」という声が聞こえてくるのは、意外と近い未来かもしれない。
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