OpenStack Days Tokyo:トヨタ、デンソーが実践する攻めのクラウドとは?
クラウドインフラのOpenStackに関するカンファレンス、OpenStack Days Tokyo 2018では、ベンダー側よりもユーザー側から行われたセッションに人気が集まったように思える。サイバーエージェントやGMO、NTTなどのITを使うことが本業に近い企業が提供する情報にはもちろん聞くべき価値がある。だが、トヨタやデンソーなどの製造業のユーザーがいかに戦略的にITを使いこなすか、ベンダー主導ではなくユーザー自身がいかにオープンソースを使うのか。参加者は、そのためのヒントを求めていたように思える。
ではトヨタとデンソーという日本を代表する製造業が実践する「クラウドネイティブなIT」とはなんだろう? トヨタ、デンソー両社のセッションをまとめて紹介したい。
まずトヨタのITの開発センターに所属する大西亮吉氏のキーノートでのセッションを紹介する。これは「Automotive Edge Computingユースケースと要件」と題されたものだ。
スマートデバイス、つまりソフトウェアによって制御されることでより高度なタスクを実行できるデバイスをエッジと称するが、業界によってその定義が大きく異なることは海外のカンファレンスのワークグループでも議論になる部分だ。
OpenStack Foundationが主催するOpenStack Summitでも、エッジコンピューティングはテレコム事業者などを中心に活発に議論されている。しかし一般消費者にとって最もエッジコンピューティングに近い存在は自動車だろう。GPSを使った位置情報サービス、複数のカメラやセンサーを用いた自動ブレーキや自動操縦による駐車、完全な自動運転まで様々な応用が考えられる。さらにクラウドを使ったビッグデータ分析による保険サービスの高度化まで、応用分野は拡大している。つまり急な発進や急ブレーキが少なければ安全な運転を行うドライバーとみなされて、保険料が安くなるという仕組みだ。しかしその際に「どのデータをどこで処理するのか?」は大きなポイントとなる。リアルタイム性を考慮すれば、車載システムでかなりの処理を行うべきだろうし、統計的な処理を望めば、クラウド若しくはオンプレミスのサーバーの出番となる。
大西氏もコネクテッドカーの時代には、概算で1億台の自動車がそれぞれ数十ギガバイトのデータを生成するようになるという試算を紹介。これのどこまでを自動車側(エッジ側)で処理して、どこからをデータセンターやクラウドに任せるのか? という話題になった。大西氏は、すでに携帯電話ネットワークによって自動車が接続されていることから、車載のマイコン、ゲートウェイ、車載モデムそれぞれにOSと機能が搭載される条件の中で、どのワークロードをどこで実行するのかを見極める必要があることを解説した。ここでは、まだクラウドやエッジのゲートウェイよりもさらに細かいレベルの話が出ていた。
大西氏は、午後に開催されるセッションでより詳しく述べるとだけ説明して、初日のキーノートを終えた。ユースケースによってエッジのサイズや構成もバックエンドも変わってしまうというコメントでも分かるように、業界や使われ方で最適な技術や実装方法は変わってしまうことを強調していた。実際まだこの部分では、リファレンスとなる実装は少ないのだろう。しかしトヨタやデンソー、KDDI、IntelなどがメンバーとなったAutomotive Edge Computing Consortiumの中で、車載システムに関しては議論が進んで行くことを説明して降壇した。
トヨタだけではなくデンソーも近年、ITの力を事業に活かそうと大きな変革を自ら実践している企業と言える。特にMaaS(Mobility as a Service)を旗印に、単なる車載システムのサプライヤーからサービス提供者になろうとしている姿は、IT業界でも有名だ。
参考記事:@<href>[https://thinkit.co.jp/article/12638,デンソーの新しいチャレンジ、アジャイル開発で働き方改革を実践}
2日目の午後には株式会社デンソーの小泉清一氏が登壇し、「デジタル変革を加速するコネクテッド基盤」と題されたセッションを行った。
小泉氏は自動車業界の流れとしてCASE(接続されること、自動運転、所有から共有へ、電気自動車)の4つを挙げ、それに対してデンソーはMaaS(サービスとして移動手段の提供)を考えていると解説した。
そしてITを使った他業界からの破壊的革新によって日本の伝統的な製造業の多くが衰退してしまったとして、テレビ、携帯電話、オーディオプレイヤーを例に挙げて説明した。この場合、テレビはNetflixやAmazon、携帯電話はAppleとGoogle、オーディオプレイヤーはAppleへと、ほぼプレイヤーが入れ替わったことを解説した。特にインターネットを活用したサービスは従来の製造業では発想できず、全く想定外の競合に敗れ去ったことに触れ、自動車業界にもそれと同じことが起きるということを暗に示していたと言える。そして自動車業界についてはTesla、Uber、Googleなどの企業が、シェアリング、コネクテッド、電気自動車、自動運転という4つのキーワードに沿って既存の自動車メーカーを脅かしており、2030年には全く新しいプレイヤーが参入してくるだろうと予言した。
これまではメルセデスやBMW、そしてトヨタなどのメーカーが頂点となって、その下にパーツメーカーなどが連なるヒエラルキーによって、自動車業界のエコシステムが構成されていた。仮にUberが頂点となってユーザーの期待に応えるという状態になった時、メーカーはもはや下請けとして利益率の低い企業として生きていくしか方法論はないと想定し、自らがユーザーと直接の接点を持つサービス提供者側になるしかない、というのがデンソーの破壊的創造に対する答えだと説明した。
従来の企業は、ビジネスとそれを実行する現場という2層に分かれていて、それをITがアシストするという位置づけだった。それがビジネスとITが直結することで、業務プロセスの実体である現場よりも戦略的に位置付けられていく。このような方法論に変わることが、企業のデジタル変革と語った。
デンソーの提唱するMaaS(Mobility as a Service)は、まさにその実装である、というのが小泉氏の前半の結論である。
ここで特徴的なのは、移動する手段を自動車に限っていないことだろう。自動車、自転車も含んで移動をサービスとして提供する、そして移動される実体は人とモノである、というのが興味深い。単に人を乗せる乗用車だけではなく、物品の移動も含めて「移動」をサービスとして提供するとなるとドローンや車イス、トラック、工場内の配送ロボットなど幅広く視野を拡げることが可能だ。
そしてMaaSを実現にするために、これまでの日本式の改善ではなく破壊的な方法論をシリコンバレーにヒントを求めたということを解説した小泉氏だった。しかし、実は当のシリコンバレーはルールだらけであったとコメントしたところで、会場からは少なからず笑いが起きた。しかしデンソーはそのルールを身をもって体験し、それを自社に適用することで最短で変革を起こすことを選択したのだ。
そのために「デザイン思考」「コネクテッドプラットフォーム」「アジャイル開発/DevOps」というIT業界並みのキーワードを使って、デンソーがやろうとしている方法論を解説した。特に強調したのは「同じ土俵に立つためには同じ道具を手に入れる」という部分で、デンソーが目指すモビリティサービスの競争相手は、確実にシリコンバレーから来ることを想定しているという証拠だろう。
これ以降は、デンソーの目指すプラットフォームの現時点のアーキテクチャーなどを解説した。基本的に、オープンソースを活用したコンテナベースのマイクロサービスが採用されているという。またCNCF(Cloud Native Computing Foundation)にもメンバーとして参加したと説明。ここもシリコンバレーのベンダーと同じく、最新の情報を獲得するための必要経費という位置付けだ。
今日ここで紹介された現時点のソフトウェアにしても、ユースケースや法規制などによってどんどんと修正され、更新されていくだろう。なぜならそれが、UberやGoogleがやっている方法論なのだから。
デンソーのモノ作りのための組織がいかにシリコンバレー的な組織に変わっていくのか、鍵を握るのは社外から登用されたいわゆる外人部隊だ。上述の参考記事でインタビューを受けてもらったモビリティIoT開発グループのトップである成迫氏は2016年にデンソーに入社、今回発表した小泉氏も2017年入社の転職組だ。既存の製造業の常識に囚われない自由な発想で、製造業のデンソーをITサービスのデンソーに生まれ変わらせることができるのか、実際のサービスが公開されるまで、楽しみにしておこう。
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