車載システムのAGLのAll Member Meetingからキーノートセッションを紹介

車載システムにおけるオープンソースソフトウェアの実装を目指す非営利団体、AGL(Automotive Grade Linux)が2025年2月26、27日の2日間、都内でAll Member Meeting(AMM)と呼ばれるメンバーに限定したミニカンファレンスを実施した。この稿では初日に行われたエグゼクティブディレクターのDan Cauchy氏のキーノートを紹介する。
Cauchy氏のキーノートは「AGL State of Alliance」というタイトルで、AGLの現状を確認するための内容となった。
「オールメンバーミーティング」というタイトルだが、新規にメンバーとなった企業からの参加者もいるために現状を再確認するというのが目的だろう。
「AGLとは何か?」については組織の名前であり、Linuxをベースにしたオープンソースの車載システムを共同で開発するプロジェクトであると説明。文脈によってAGLは組織名であったりソフトウェアプロジェクトの名前になり得るというのが若干、混乱を招く部分かもしれない。
さらに踏み込んでAGLの目的を解説したスライドでは、「単一のソフトウェアスタック」であること、車載システムに必要な機能の70~80%の提供を目的としていることを説明した。AGLは100%の機能要件を満たすのではなく、共通に使える機能の8割を提供し、残りの2割は車輛を作るベンダーが差別化のポイントとして作り込むことを目指しているとわかる。また単一のスタックにこだわるのは、過去の経緯からさまざまなソフトウェアが乱立することによって開発が複雑化してしまったという反省からだろう。
仕様の説明ののち、組織的なアップデートとしてAGLのアドバイザリーボードにホンダが新たに選ばれたことを説明。このスライドでは多くの日本企業が名を連ねていることがわかる。
AGLはUnified Code Baseと呼ばれる単一のコードベースの形でディストリビューションが構成されていることを説明。それぞれのバージョンは番号ではなく魚の名前を用いたコードネームで呼ばれている。アルファベットのAから順番に命名されており、最新版は2025年2月14日にリリースされたSuper Salmonだ。
ここでは2つ前のQのリリース、Quirky Quillbackを紹介。RISC-Vプロセッサのサポート、GUIのライブラリーとしてFlutterのサポートなどが紹介されている。単一のソフトウェアスタックではあるもののテクノロジーの入れ替えは発生しており、実際Qのリリースの前まではQtがGUIのライブラリーとして使われていた。Qのリリース以降はFlutterでGUIを開発することになる。
SのリリースであるSuper SalmonではFlutterのバージョンが更新されたこと、ベースとなるLinuxとして採用されているYoctoのバージョンが5.0.6になったことなどが記されている。Qtで書かれたアプリケーションの後方互換性のための情報も記載されている。
これまでの車載システムでは、その機能ごとに専用のプロセッサが使われてきたという歴史的な経緯を解説。1台の車輛に最大で100個程度のECU(Electronic Control Unit)が搭載されていたことが、ソフトウェア開発を複雑なものにしてきたことを説明した。AGLが目指す車載システムのソフトウェアは多くの機能がコンテナの形態で提供され、それが共通のLinuxの上のハイパーバイザーを介して実行されるという。ここに至る背景はプロセッサとメモリーなどが統合されたSoC(System on Chip)が高速になったこと、ソフトウェアも機能統合が行われてきたことなどを挙げた。
かつての車載システムはハードウェアとソフトウェアが緊密に統合されており、システムの更新やアップデートが困難であったが、新しいスタックではハイパーバイザー上で実行されるコンテナに機能が集約され、OSやアプリケーションの更新が容易になっていることを説明。
AGLは単一であると何度も繰り返し説明されているが、車輛メーカーのリクエストに応える形で別のゲストOSをハイパーバイザー上に実装することも可能であると説明。この例ではIC(Information Cluster)と呼ばれるスピードメーターや回転数などを表示する機能とIVI(In-Vehicle Infotainmant、車載インフォテインメント)と呼ばれる音楽再生などの機能を別のコンテナとして実行することと同時に、Androidのアプリをそのまま実行する形式やADAS(Advanced Driver Assistance System)と呼ばれる運転支援のための高度な機能をリアルタイムOS上で実行する形式がすでに実装されていることを紹介した。
ここではAGLのリファレンス実装モデルを紹介。SoCの上でLinuxとハイパーバイザーXenが実行され、その上でIC、IVI、ADASなどの機能が実装されるいわばフルセットのリファレンス実装となる。このモデルについてはまだ正式な名称が決定していないと説明し、開発の途上にあることを示した形だ。AGLは仕様よりもコードを書いて実装し、それが使い物になるかどうかを判断するというスタイルで開発を行なわれていることを感じられる部分だろう。
ここではADASのようなアプリケーションの安全性を高めるためにLFがホストするプロジェクト、ELISAが使われると説明された。ELISAはThe Enabling Linux In Safety Applicationsの略称であり、車載システムだけではなく医療機器や航空機、宇宙に打ち上げられるロケットなどもターゲットとしていることがプロジェクトのホームページから理解できる。また興味深いのは、最下層にあるSoCの部分にCloud-Based Computeが追加されていることだろう。これは実際の車輛だけではなく、パブリッククラウド上でのシミュレーションによる実行も想定されていることを示している。
同じThe Linux Foundation(LF)配下のプロジェクトとして車載システムが主題のAGLと、ミッションクリティカルなシステムにおける安全性が主題のELISAが重なる領域としての運転支援システムであるADASの実装に協力するのは自然な流れだろう。
ここでAGLのプロジェクトに関する最新情報として、トヨタを中心に新しい分科会(Expert Group)であるOpen Source Program Office Expert Groupが設立されたことを紹介。OSPOと略されることも多いOpen Source Program Officeは企業においてオープンソースの活用と貢献を高めるための組織としてLFが主導して啓蒙しており、Open Source Summitなどではミニカンファレンス(OSPOCon)が開催されている。クラウドネイティブなシステムを推進するCloud Native Computing Foundationなどもオープンソースに対する貢献を増やし、ライセンス問題などの企業にとって頭の痛い問題を解決するための組織としても期待している新しい発想のプログラムになる。AGLにおけるOSPOは、車載システムを開発するエンジニアがより多くの貢献をオープンソースプロジェクトに対して行うことが目的として挙げられている。
このスライドでは、日本の組込系エンジニアのための組込みシステム技術協会との連携を強化するための施策を紹介。2025年3月12日には共同でWebinarを行うなどの活動がスタートしたことなどを説明した。初期のターゲットは組込みシステムを開発したい学生や、すでにリアルタイムOSなどの開発に関わっているエンジニアだという。
この後は2025年に行われる予定のカンファレンスなどを紹介。組み込み系システムのカンファレンスEmbedded World(2025年3月11日~13日@ニュルンベルク、ドイツ)や2025年12月に東京で開催されるOpen Source Summit(2025年12月8日~10日)などにAGLが参加予定であると紹介された。
カンファレンスという意味では毎年1月にラスベガスで行われるCESにもAGLは参加しており、認知を高めるための努力は怠っていないことは記しておくべきだろう。
AGLの全体像をソフトウェアスタックの概要から新しい組織、新しいアライアンスまで含んで解説したキーノートとなった。AGLの将来構想や問題点などについてはDan Cauchy氏のインタビューで紹介する予定だ。
2023年に行われたOSS Summitで行われたDan Cauchy氏のプレゼンテーションも参考になるだろう。このタイミングで初めてSDV(Software Defined Vehicle)のExpert Groupが設立されたことが解説されているが、この段階ではまだELISAは含まれていない。
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