洞察力を高めるフェルミ推定
積み上げ指向と掛け算指向
この問題のように量を見積もる場合、2つのアプローチが考えられます。1つは積み上げ指向であり、もう1つが掛け算指向です。通常、両方のアプローチを使って量を見積もるのですが、「フェルミ推定」では、掛け算指向の重要性を強調する方法ですので、その対比がわかるように説明していきます。
積み上げ指向による量の見積もりとは、文字通り部分に分割し、分割された部分ごとの量を見積もり、それらを足し上げるという方法です。あなたがある会社の経理責任者だったとして、決算に向けて今年度の経費を算出する場合、各組織の経理担当に組織における経費を報告させ合算するでしょう。これが積み上げ指向による見積もりです。
この手法はもっともよく使われるわけですが、1つの前提があります。それは「分割すれば、見積もることができる、もしくは見積もりやすくなる」という点です。この前提は必ずしも成り立つわけではありません。
例えば、「シカゴにピアノ調律師は何人いるか?」という問題ですが、この積み上げ指向では、シカゴを地域で分割して「シカゴA市に何人いるだろう?」「シカゴB市には何人いるだろう?」「シカゴC市には何人いるだろう」…と考えるわけです。その地域に調律師が何人いるかわかるまで細かい地域にまで分割しなければならず、「少ない情報で短時間に」とはいきません。
積み上げ指向では、単に範囲が狭くなるだけで、値を見積もること自身の困難さは決して変わらないことに注意してください。そのため、そもそもこの問題のように、値を見積もること自身が困難であると考えられる場合は利用することができません。ドレイクの方程式で注目している値「銀河系に存在し人類とコンタクトする可能性のある地球外文明の数」を積み上げ指向で求めることを想定すれば容易に理解できると思います。
そこで、フェルミ推定で強調されている掛け算指向を用いるわけです。この考え方は、「因数分解で考える」というアナロジーでよく説明されるものです。掛け算指向では、全体を分割するのではなく構成要素に分解しその要素ごとの量を見積もり、値を見積もります。
「シカゴにピアノ調律師は何人いるか?」という問題について考えてみましょう。この問題でもっとも見積もりが困難であるのは「ある地域にいるピアノ調律師の数」でしょう。ピアノ調律師の数を見積もろうと考えている限り、答えに到達しそうにもありません。そこで、掛け合わせによってこの値を因数分解できるのか、それともこの数自身が要素になるような見積もり可能な値がないのかと考えていくわけです。