IBMのオープンソースプログラムのトップJeff Borek氏が語るOSSについて(前編)
IBMがオープンソースソフトウェアに力を入れていることは、個々のプロジェクトへの貢献だけではなく、Red Hatの買収という大きな動きを見ても明らかだ。しかしここに至るまでの過程は、それほど順調というわけでもなかった。
そんなIBMの変遷の真っ只中にいたIBMのオープンソースプログラムのトップ、Jeffrey Borek氏(Worldwide Program Director、Open Technology and Partnership、Digital Business Group)へのインタビューをお届けする。Borek氏は、Open Source Summit 2019 Japanに合わせて来日し、カンファレンスでのプレゼンテーションに合わせて、国内の顧客やパートナーなどとの打ち合わせの合間を縫っての単独インタビューに応じてくれた。同時に日本アイ・ビー・エムのデベロッパー・アドボカシー事業部のトップである大西彰氏(デベロッパー・アドボカシー事業部長)と、同席したデベロッパーアドボケイトの戸倉彩氏から日本での活動についても説明を受けた。
IBMとオープンソースの関係
最初に自己紹介をお願いします。
IBMのオープンソースソフトウェアプロジェクトについて、グローバルに活動をしているグループのディレクターをやっています。最初のキャリアはメカニカルエンジニアで、次がテレコムオペレータでエンジニアをしていました。その後、MBAを取ってIBMに転職し、以来20年以上IBMで働いています。IBMに移ってからは顧客向けのセールスエンジニア、2002年頃からはLinuxなどのオープンソースソフトウェアに関わるようになりました。最初はソフトウェアのエンジニアリング、その後にシステムズグループに移ってハードウェアに付随するオープンソースソフトウェア、Linuxですね、そのクロスプラットフォーム戦略などに携わってきました。
最近、IBMによるRed Hatの買収が完了したので、ようやくコメントできるようになりましたが、IBMとしてはRed Hatはこれまでの通り、独立した存在として運営されていくだろうということは言えると思います。業界も顧客も、それを望んでいることだと思いますから。このような運営の形態こそが、IBMにおけるオープンソースソフトウェアへのコミットメントだと思っています。
オープンソースソフトウェアは外から眺めるととても良いものに見えますが、実際に中に入ってそこで活動をしてみると、とても複雑で難しいタスクなのです。IBMはそれを十分に理解しています。少し前ですが、IBMがオープンソースソフトウェアから多少距離を置いた時期がありました。それはMicrosoftがインターネットを中心とした製品戦略にピボットしようとしていた時と重なります。当時、Microsoftは、商用のWebアプリケーションサーバーの80%のシェアを占めており、他の企業はそれぞれ1%程度、というほどに寡占していたのです。
IBMもそこで戦っていましたが、このまま同じ領域で戦うのではなく、商用サーバー以外の領域、つまりLAMPスタック(Linux、Apache、MySQL、PHPというオープンソースソフトウェアで構成されるWebシステムのためのコンポーネントの略称)を使っているユーザーに向き合うべきではないかと考えました。そこでApacheに支援を行い、結果的にそれがApache Software Foundationを創設することに繋がったのです。その時に行った開発を通じて、WebSphereサーバーもエンタープライズ向けの製品となりました。
IBMは2000年頃にLinuxに大きな予算を投じて開発を支援していましたが、その当時、Linuxは大学で研究用に使われているOSで、エンタープライズ企業が使うようなものではないというのが一般的な認識だったのです。そんな時代に、きちんと投資を行ってオープンソースソフトウェアを支援していたのです。
またIBMはシステム運用のためのTivoli、データベースのDB2、アプリケーションサーバーのWebSphere、コミュニケーションプラットフォームのNotesなど、さまざまなシステムをポートフォリオとして持っていました。違う言語で開発され、アーキテクチャーもツールもそれぞれバラバラでした。IBMはJavaに大きなコミットメントをして、Javaをもっと拡げていこうと思っていたので、その4つのグループに対してJavaで開発できるように指示したのです。
ところが始まって3ヶ月くらい経った時に状況を調べてみると、4つの異なるIDEの開発が進んでいたのです。「それはダメだ。我々が欲しいものではない」ということでやり直すことになりました。その当時は、IBM以外でもJavaのソフトウェア開発環境は多くのベンダーが独自の実装を行ってバラバラになりかけていた時だったのです。それは業界にとっても顧客にとっても良いことではない、ということで約30億円を投資して、Javaのオープンソースな開発環境としてのEclipseを作り、それが結果としてEclipse Foundationの創設へとつながりました。
オープンソースソフトウェアの発展の段階
つまりIBMはソフトウェアとしてオープンソースソフトウェアを作るだけではなく、オープンソースソフトウェアを開発するための組織作りも熟知していると。
オープンソースソフトウェアは水晶の球のようなもので、眺めているだけならキレイで良いものですが、それを作るためには多くの時間と苦労が必要になります。IBMはエンタープライズ向けのミドルウェアに注力していた時期があり、その時はオープンソースソフトウェアと距離を置いたことになりますが、オープンソースソフトウェアとの関わりを常に保ってきたことは知っておいていただければと思います。
オープンソースソフトウェアについては「いくつかの段階を経て、現在の姿になっている」というのが私の見解です。最初は個人が趣味として開発していた時期、これはわかりやすいですよね、リーナス・トーバルズが自分用のホビーのためのOSとしてLinuxを開発していた時期です。
2番目の段階がエンタープライズ企業、例えばIBMやHPが自社のビジネスに影響することを理解してその中に参加を始めた時期です。そして3番目の段階は、マッシブなスケールでクラウドビジネスを展開するプレイヤーが登場し、自社のプラットフォームにオープンソースソフトウェアを取り込み始めた時期、これが約10年前です。Google、Amazon、Twitter、Facebook、Apple、NetflixそしてMicrosoftなどですね。
現在それらのプレイヤーは、単にオープンソースソフトウェアを利用するだけ、消費するだけではなく、貢献する側に回ろうとしています。その姿勢は企業によってさまざまで、例えばGoogleはオープンソースソフトウェアに貢献したり、自社のソフトウェアをオープンソースソフトウェアとして公開したりすることによって、企業としての優位性を示そうとしているように思います。
オープンソースに貢献しないことによる「コミュニティ負債」
賢くみせることで、エンジニアのハイアリングができるようになるという意味ですか?
そういう面もあるでしょう。一方Amazonは、AWSを立ち上げる前からオープンソースソフトウェアへの貢献は非常に少ない企業でした。Amazonは昔から「我々はシアトルの小さなブックストアなので、貢献は難しい。E-コマースの利益幅はとても薄いものなのです」というような言い訳をしていたように思えます。個人的な見解ですが、Amazonは「コミュニティ負債」とでも呼べるものを負っていると思います。よく技術的負債ということをレガシーなシステムに対して使いますが、それのコミュニティ版ですね。
それは良い言い方ですね。Amazonはコミュニティに対して負債を負っている。
そう言っても良いでしょう。そしてMicrosoftについても言及すると、まだSteve BallmerがCEOの2010年の頃に「これからはパブリッククラウドにシフトする」と発表したことがありました。その時はあまり大きなニュースにはなりませんでしたが、私はこれが大きな方向転換になると感じました。なぜならクラウドを構築しようとした際に、オープンソースソフトウェアを使わずにできることは少ないからです。
事実MicrosoftはGitHubを買収することで、オープンソースソフトウェアにコミットする姿勢を明らかにしました。このように企業によって状況や事情はさまざまですが、単に消費するためのオープンソースソフトウェアから、そこに貢献することに価値を見出す企業が増えてきた。これが先ほど述べた3番目の段階の特徴です。
この後も「MicrosoftによるGitHub買収にはどのような意味合いがあるのか?」や「IBMのクラウドネイティブアプリケーション開発の戦略」などが語られた。こちらも非常に興味深く洞察に富んだ内容であり、近日中に後編として紹介予定だ。
連載バックナンバー
Think ITメルマガ会員登録受付中
全文検索エンジンによるおすすめ記事
- IBMのオープンソースプログラムのトップJeff Borek氏が語るOSSについて(後編)
- IBMのJeffrey Borek氏にインタビュー。OSPOに関する課題と未来を考察
- オープンソースを活用する企業にオープンソースプログラムオフィスは必要か?
- IBMのデベロッパーアドボケイトが考える開発者を支援する3つのCとは
- Open Source Leadership Summit開催、変化に対応し持続するために何をするべきか?
- CNCFが2021年のプロジェクトやユーザーに関する最新レポート「CNCF 2021 ANNUAL REPORT」を公開、よりクラウドネイティブの採用が増加
- CEOたちの言葉から透かし見えるRed Hatのこれから
- 「GitHub Universe 2022」セキュリティの機能強化はOSS向けとエンタープライズ向けの2本立て
- LinuxCon ChinaでMicrosoftのエンジニアが説くオープンソースプロジェクト成功のポイントとは?
- クラウドネイティブなCIを目指すCircleCIの未来とは? CEOとカントリーマネージャーに訊いてみた