IBMのオープンソースプログラムのトップJeff Borek氏が語るOSSについて(後編)
IBMのオープンソースプログラムのディレクターJeff Borek氏へのインタビュー、後半をお届けする。前半ではEclipse FoundationやApache Software Foundationに関するエピソードや、オープンソースソフトウェアに関わる4つの段階など、経験と深い洞察に基づいた内容を語ってもらった。
後半では、より深くオープンソースソフトウェアの将来について語ってくれた。同時に日本での活動方針などについても、日本の責任者である大西彰氏にコメントをお願いした。
参加してくれたのは、Jeffrey Borek氏(Worldwide Program Director、Open Technology and Partnership、Digital Business Group)と、日本アイ・ビー・エム株式会社のデベロッパー・アドボカシー事業部のトップである大西彰氏(デベロッパー・アドボカシー事業部長)である。
なぜMicrosoftはGitHubを買収したのか?
MicrosoftのGitHub買収についてJeffさんの考える背景について教えて下さい。
ではまずあなたに質問しましょう。あなたはMicrosoftがGitHubを買収しようと考えた理由は何だと思いますか?
Microsoftは社内でGitHubと競合するソフトウェア(Team Foundation Server)を自社開発していたはずです。しかしそのソフトウェアはひどいもので、結果的に社内のデベロッパーの支持を得られなかったので、単純にダメなソフトウェアを捨てて良いソフトウェアであるGitHubを買ったというのが最初に思い浮かぶ理由です。他にはオープンソースソフトウェアのコードが多くホスティングされているGitHubを手に入れれば、何をコミュニティが求めているのか、深い理解が得られるからという背景もあると思います。
(注:MicrosoftがGitHubを使うようになった経緯は以下の記事を参照されたい)
参考:GitHub UniverseでMSのエンジニアが語った「共有と協力」への険しい道
それもあるでしょう。でもGitHubはAPIを公開しているし、オープンソースソフトウェアのコードは公開されているので誰でもやろうと思えば、それは可能です。
では私の考えを話しましょう。Microsoftは、GitHub買収を発表する前からオープンソースソフトウェアには熱心でした。実際にMicrosoftはSam Ramji(前Cloud FoundryのExecutive Director、Microsoftの後にGoogleに移り、現在はAutodeskのVPである)を雇ったりしていますから、組織としてオープンソースソフトウェアへの貢献は続いていたのです。その功績についてはSatya Nadellaのリーダーシップによるものとして賞賛されていますが、実際にはもっと前から始まっていたと思うべきでしょう。ただそれが数字として表れていなかったのです。
そしてちょうどその頃、MicrosoftはGitHubと競合となるツールの開発(Team Foundation Server)を諦めてGitHubを使うようにエンジニアに推奨するようになりました。その時のMicrosoft社内のエンジニアで、GitHubを使って外部のオープンソースソフトウェアへの貢献をしているエンジニアの数は、多く見積もって数百人と言ったところでしょう。では社内のエンジニアがオープンソースソフトウェアに貢献していることをもっと促すとしたら何が最適な方法か? それを考えると、GitHubを買収することでエンジニアにとってGitHubを使う精神的なハードルは少なくなり、GitHub上のユーザー数やプルリクエスト数、コミット数などで具体的な数値として公開されます。それはMicrosoftによるLinkedInの買収とも大きな関係があったのではと個人的に考えています。
つまりエンジニアのキャリアに関するデータのリポジトリーであるLinkedInと、オープンソースソフトウェアの開発者の活動が可視化されるコードリポジトリーであるGitHubの双方を手に入れることで得られる相乗効果ということでしょうか。
そう言っても良いかもしれません。IBMの社員として「Microsoftがオープンソースソフトウェアの最大の貢献者」というデータを見せられた時に、我々は頭を抱えて「彼らは貢献しているのではなくてGitHubでMicrosoft.comのアドレスを持つユーザー数が最大っていうだけじゃないか?」と言ったものでした(笑)。それらを考慮すると、現状のMicrosoftのオープンソースソフトウェア界隈での存在感はとても大きいですが、GitHubの買収が大きな影響を与えていると考えるのは妥当だと思いますね。
Microsoft社内のエンジニアを、もっとオープンソースソフトウェアに向かわせるための後押しとしてのGitHub買収ということですね。興味深い洞察だと思います。さてオープンソースソフトウェアが段階的に変化してきたということですが、個人の利用、エンタープライズ企業の参画、ハイパースケールなインターネットプレイヤーによるオープンソースソフトウェアの利用拡大、という3つの段階の次は何になるのでしょうか?
そうですね。ここ数年、私が観察している範囲での大きな変化は、顧客がオープンソースソフトウェアを単に消費するだけではなく、それに参加することへの意味を見出して来つつあるということですね。例えば、アメリカにCapital Oneという金融機関があります。彼らはソフトウェアがビジネスそして金融業界自体を、破壊的なイノベーションで変えてしまうと考えています。
そのために何をしたかというと、社内に「オープンソースプログラムオフィス」という組織を作り、オープンソースソフトウェアへの積極的な関わり方を模索しています。つまり単に使うだけから積極的に社内のエンジニアがオープンソースソフトウェアの開発に関わること、そして社内のソフトウェアや知見を公開すること、それによって破壊的なイノベーションに壊される側ではなく、壊す側になりたいと考えているわけです。そういう発想を、ハイパージャイアントであるGoogleやFacebook以外の企業が行うようになったというのが、4つ目の段階と言えると思います。
オープンソースとの関わりですべてが変化する未来
IBMのオープンソースソフトウェアに関わるディレクターとして、将来の予測を教えて下さい。今から5年後にはどのようになっていると思いますか?
良い質問ですね。未来を予測するとすれば、「変化は避けられない」ということかなと思います。これは日本のIT業界にも当てはまると思います。私は日本の特殊な事情については理解しているつもりです。日本ではデベロッパーは事業会社の中にはいなくて、システムインテグレーターの中に存在するという状況ですね。その状況は変わっていく必要があります。
そして企業のオープンソースソフトウェアへの関わり方も変わっていくと思います。例えば、あなたに質問しますが、どうしてGoogleはKubernetesをオープンソースソフトウェアとして公開したのか知っていますか? ちょっとロールプレイっぽく説明してみましょう。私がGoogleのセールスエンジニア、あなたがエンタープライズ企業のCIOだとします。私が「Mr. CIO、我々が開発したコンテナオーケストレーションのソフトウェアを使ってくれませんか?」と問い掛けます。
しかしあなたは「弊社は確かにコンテナを使っているし、AWSも使っている。でもGoogleのGCPのサービスのひとつであるプロプライエタリなソフトウェアを使うつもりはない」と言います。そして1年後、また同じ会話をします。「Mr. CIO、我々のBorgをベースにしたコンテナオーケストレーションのソフトウェアをオープンソースソフトウェアにしました。これで使ってもらえますか?」そうするとCIOは「いや、まだダメだ。オープンソースソフトウェアになったとは言え、まだコミュニティも小さいし、Google以外のエンジニアが参加していない」と言います。
その時にIBMがGoogleの前に現れて「ヘイGoogle、オレたちはIBMだ。エンタープライズのことはよくわかってる。ソフトウェアをオープンソースにしただけではダメなんだよ。もっとオープンなガバナンスを作らないと」と助言します。それがCNCFを作る流れになったのです。IBMだけがそれを提言したのではないでしょうが、IBMが最も大きな声でそれを主張したというのは事実です。
つまりオープンソースソフトウェアをホストする組織構造も変わらざるを得ないと。
そうです。変化は時に耐えられない場合もありますが、それを常に受け入れて対応していくという姿勢が重要だと言うことです。それはブロックチェインのテクノロジーについても同じスタンスです。ブロックチェインは非常に将来性のあるテクノロジーですが、それをIBMが一社で開発したとしてもひとつの銀行が使うだけかもしれません。そうではなくオープンソースソフトウェアとして公開し、適切なガバナンスを行うことで、そのコードをもっと大きな市場に適用できることになります。なのでIBMは、HyperLedgerのベースとなるコードをLinux Foundationに寄贈し、オープンソースプロジェクトとしてスタートしたのです。
日本アイ・ビー・エムのオープンソース活動
最後に日本アイ・ビー・エムでのオープンソースに関する活動について大西氏からのコメントを紹介して終わりにしたい。
日本におけるオープンソースソフトウェアの支援について、概要を教えて下さい。
大西:私が所属するデベロッパー・アドボカシー事業部は、現在8名で活動しています。デベロッパー支援の活動が本格的に始まったのは2017年1月からで、約2年半が経過したところです。それまで日本アイ・ビー・エムにはプロダクトごとのエバンジェリストは存在しましたが、IBMの製品に留まらないテクノロジーカットでデベロッパーに向き合うデベロッパー・アドボカシーは、私が日本アイ・ビー・エムに入社した2017年から始まりました。現状は営業組織の中に存在するグループですが、実態としてはグローバルのグループの一部で、グローバルなチームの一員として活動しています。目的はデベロッパーが現実社会の問題をコードで解決することの支援ということになります。
それがCall for Codeというプログラムにつながるということですね。チームのKPIは何ですか?
大西:今のところは、IBM Cloudを継続して利用してくれるデベロッパーの数を増やすことですね。そのためにIBMデベロッパー道場というMeetupを毎週開催しています。同時に本社にある英語のオンラインコンテンツを翻訳して充実させながら、オフラインのフェイス・トゥ・フェイスのイベントでデベロッパーを支援していきたいと思っています。お客様の反応は非常に良いですね。レガシーなシステムを使っているお客様から「毎週来てほしい」という要請があるぐらいには多くの引き合いをいただいています。
IBMはここ数年、SoftLayer、Bluemixなどの買収を通じてクラウドコンピューティングに積極的に関わろうとする意図は感じられたが、一方でブランディングなどが迷走しているという印象もあった。ここにきて、ようやく定まったIBM Cloudブランドへの注力と、ロックインではなくオープンソースソフトウェアを通じて顧客に選択肢を渡すという姿勢が明確になりつつある。今後のIBMの活動を注視したい。
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