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  インタビュー

RISC-V FoundationのCEOに訊いたRISC-Vのこれから

2019年10月30日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
オープンソースなCPUであるRISC-VのCEOにインタビューを行い、RISC-Vが目指す市場やその強みなどを訊いた。

オープンソースの精神はLinuxやKubernetesなどのソフトウェアだけではなく、ハードウェアにも拡がっている。例えばFacebookは、Open Compute Projectを起こすことによって自社が利用する省電力サーバーのデザインを公開した。オープンなサーバーデザインを推進するOpen Compute Project Foundationが創設されたのが2011年のことだ、そしてそれに遅れること4年、元はUCバークレイで始まったオープンなチップデザインプロジェクト、RISC-Vを推進するRISC-V FoundationのCEOが来日した。今回は、Open Source Summit 2019 Japanでのキーノートの紹介に続いて、インタビューのようすをお届けする。

Open Source Summit Japan 2019のキーノートに登壇したRISC-V FoundationのCEOであるCalista Redmond氏は、RISC-Vのもたらす新たなビジネスチャンスについて解説を行った。

登壇するRISC-V FoundationのCEO、Calista Redmond氏

登壇するRISC-V FoundationのCEO、Calista Redmond氏

50兆円の市場に挑むRISC-V

Redmond氏はまず、これまでのプロセッサの歴史を振り返りながら、今後、人工知能やAR/VR、5Gネットワークそして自動運転車などによって、さらにプロセッサへの需要は高まることを紹介した。

プロセッサの歴史を振り返る

プロセッサの歴史を振り返る

1980年代のコンピュータベンダーがそれぞれ独自開発していたCPUの時代から、Intelによるジェネリックなプロセッサ(Intel x86 CISC CPU)が主流となったが、プロセッサのデザイン及び命令セットのロイヤリティが高かったために、Intelの寡占が始まったこと。1990年代には、Intelのプロセッサ開発のスピードとプロセッサの性能向上が加速したこと、ARMに代表されるEmbeddedのためのプロセッサへのニーズが拡大したことなどを解説した。2000年代に入って、従来のCPUの性能の伸びが鈍化したこと、それに対比して大量のデータを処理するニーズは増加していること、クローズドなデザインではなくオープンなデザインのプロセッサ、OpenPOWERやOpenSPARCなどが出てきたことによって、新しいベンダーが参入する障壁が減ったと述べた。

そしてそれらの延長としてRISC-Vを位置付け、これまでのロイヤリティの必要なプロセッサデザインから、オープンなプロセッサによるエコシステムが拡大するだろうと予測した。ここで重要なのは、ジェネリックなx86プロセッサではサーバーからスーパーコンピュータ、そしてIoTデバイスのプロセッサまでの応用をカバーできなくなっているという見方が背景にある点だ。

Redmond氏は、今後のプロセッサによって形成される市場規模を490ビリオンドル、つまり日本円でおおよそ50兆円と予測した。50兆円というのは大き過ぎる金額に見えるが、プロセッサが含まれるデバイスをIoTからサーバーまですべて含めて合計すると、それぐらいなのかもしれない。特にRISC-Vとして注目している市場すなわち、クラウドやデータセンターだけではなく自動車やIoTデバイス、スマートフォンまで含めればその市場規模は巨大だ。

プロセッサの成長を支える市場動向

プロセッサの成長を支える市場動向

またこれまで市場において利用されているプロセッサは、すでに数十年前に設計された古いデザインであり、それをRISC-Vで刷新することで新たなエコシステムが発展し、サーバーから省電力のIoTデバイスまで対応できるRISC-Vのモジュラリティが発揮されると解説した。

RISC-Vの特徴

RISC-Vの特徴

RISC-Vなら数週間でSoCを製造できる

そしてFoundationの説明として、去年から今年にかけて公開された記事を紹介し、RISC-Vに対する業界からのサポートを強調した。例を挙げれば、パブリッククラウドのトップベンダーであるAWSのFreeRTOSにおけるRISC-Vサポート、Alibaba CloudでのRISC-V利用、EUによるスーパーコンピュータのプロセッサとしてRISC-Vを採用など、ここ2年という短い期間の中でも多くの支持を得ているということが分かる。IntelとARMという2大プロセッサベンダーの影に隠れつつも、UCバークレイという大学発のプロセッサが健闘していると言える。

Redmond氏は別の例として、UCバークレイでRISC-Vの開発を行っていた教授らが起こしたファブレスのRISC-VベースのチップメーカーであるSiFiveを挙げる。SiFiveは、ロイヤリティ不要の様々なコアデザインから顧客が必要とするモジュールを組み合わせて、数週間でSoCを製造できるというスピード感を強みとしている。これは従来のチップ開発の常識を破壊していると言えるだろう。

2015年からのRISC-V Foundationのメンバー数の推移

2015年からのRISC-V Foundationのメンバー数の推移

そして2015年に創設されたRISC-V Foundationのメンバーが、現在では290社になったということを説明。このキーノートの後で行ったインタビューでは、7月18日の段階でメンバーは300社を超えていたそうで、それを知らせるメールを10分早く読んでいれば、このスライドは直せたのにと至極残念そうに語っていたのが印象的だった。

最後にRISC-V Foundationとしてのこれからの活動の6つの柱を説明して、ステージを降りた。

RISC-V Foundationの活動の6つの柱

RISC-V Foundationの活動の6つの柱

インタビュー

ここからはインタビューの内容をお届けする。

RISC-V FoundationのCEO、Calista Redmond氏

RISC-V FoundationのCEO、Calista Redmond氏

自己紹介をお願いします。

私はもともと起業家でした。ビジネススクールを出た後、いくつかの企業を起こしてビジネスをしていましたが、その後に企業買収などの仕事をするためにIBMに入りました。そこで12年ほど過ごしてから、2019年3月にRISC-V FoundationのCEOとして就任しました。IBMでは主にハードウェア、メインフレームであるZ Systemそしてx86ベースのサーバー、それからIBMが開発したPowerPCのシステムに関わっていました。ZはLinuxを載せるためのエコシステムの拡充、POWERのほうはOpenPOWERというオープンソースとして公開したプロセッサの仕事ですね。OpenPOWERに関わる前は、OpenDaylightプロジェクトにも関わっていました。OpenPOWER、OpenDaylight、Open Mainframeなどの仕事では、アライアンスやコミュニティ開発、パートナーシップなどすべてのエコシステムの仕事をしていましたが、唯一していなかったのは顧客開発です。それ以外はすべてに関わっていました。

どの仕事もとてもおもしろいものでしたが、少し前から新しいチャレンジをしたいと思っていたところに、RISC-V Foundationが新しいリーダーシップを探しているという電話を受けたのです。そして2019年の3月にCEOになったわけです。RISC-Vとしての経歴は始まったばかりですが、これまでのIBMでの経験を活かしたいと思っています。

日本ではIBMはダークスーツを着こなす営業マン、そしてプロプライエタリなプロセッサとソフトウェア、クローズドなメインフレームという、オープンなコラボレーションとはあまりマッチしない企業という印象ですが?

それは30年前の印象ですね(笑)実際のIBMは大きく変わっています。Linuxにも大きな貢献をしていますし、メインフレームにもLinuxが搭載されるようになりました。IBMはオープンソースソフトウェアには積極的に取り組んでいますよ。

豊富な経験をお持ちのRedmondさんから見て、RISC-Vは今どこにいてこれからどこを目指すのですか?

これまでのプロセッサデザインは、もう何十年も前から変わっていないというのが私の認識です。そしてそれをジェネリックなサーバーや電力とフォームファクターの限られたユースケースに無理矢理当てはめていると言えます。

RISC-VはオープンなIPを公開することで、クローズドなプロセッサ業界を変えようとしています。そしてRISC-Vは、ビジネスモデルも破壊しようとしています。それは主にロイヤリティに関するものですね。これまでのプロセッサを設計開発するベンダーは、高いロイヤリティをメーカーに求めることをビジネスモデルとしていましたが、RISC-Vは無料のIPをベースにビジネスを変えていこうとしています。

実はRISC-V Foundationのメンバーは、500名以下の従業員を持つ中規模の企業が多いのです。それらの企業にとって、これまでは市場に存在するプロセッサを使うしか選択肢がありませんでした。でもRISC-Vのお陰で、必要な機能をビルディングブロックとして組み合わせて製造することが可能になったのです。ここからイノベーションが始まると思っています。なぜならロイヤリティが無料となったことで、プロセッサを開発するコストは低くなり、開発から製品化までの時間も短くすることができるのです。サーバーからスーパーコンピュータ、そしてモバイル、IoTに至るまで、多くのユースケースがこれから先に拡がっていると言えるでしょう。

これまでのジェネリックなプロセッサの代替という形ではどんなベンダーがRISC-Vを採用しているのですか?

多くのベンダーは、すべてのプロセッサをRISC-Vに置き換えるのではなく、組み合わせていくやり方を選択しています。例えばNVIDIAは、GPUのコントローラーとしてこれまでのFalconプロセッサから、RISC-Vベースのプロセッサに換えています。

GTCでも見られましたが、NVIDIAのGPUコントローラーはRISC-Vになっていますね。

これまではハードウェアにフォーカスして業界に訴求をしていましたが、これからはもっとソフトウェアのほうに訴求の重点を移そうとしています。ブートローダーもそうですし、RISC-Vのためのソフトウェアを拡充しようとしています。その一方で、RISC-Vの実装がバラバラにならないようにも注意しています。様々な亜種ができるような事態は、我々の意図とは異なりますので。

最後に日本での活動の方針は?

日本は重要な市場だと思っていますが、やり方はなるべく包括的、全方位でマーケティングを行うというのが方針ですね。これまで多くのセミナーやカンファレンス、Meetupを世界中で行ってきましたが、日本でも2019年9月30日にMeetupを開催します。その時にまた今日からの進展をお話できると思います。

プロセッサの命令セットとデザインをオープンソースとして公開し、エコシステムの拡大を狙うRISC-V Foundation。東京では9月30日に日立製作所の協力の元、RISC-V Day Tokyo 2019が開催された。ビジネスに必要なプロセッサを自前で開発できるというのは、過去のクローズドなプロセッサビスネスと比べると革新的だが、まだ日本ではその意味合いが浸透していないように思える。RISC-V Foundationの日本での具体的な活動に注目していきたい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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