Open Source Leadership SummitでAWSとElasticのOSSタダ乗り問題が再燃。コミュニティは静観か?

2019年4月5日(金)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
2019年3月にカリフォルニアのハーフムーンベイにてOSLSが開催。OSSのタダ乗り問題について、AWSが自社の姿勢を紹介した。

オープンソースソフトウェアを推進する団体であるLinux Foundationが開催するOpen Source Leadership Summit(以下、OSLS)が、2019年3月12日から14日までカリフォルニア州ハーフムーンベイで開催された。最初の記事では初日に行われたキーノートの要約を紹介したが、今回はキーノートの最後に行われたAWSのセッションを紹介し、現在オープンソースコミュニティで大きな話題となっている「パブリッククラウドプロバイダーによるオープンソースソフトウェアへのタダ乗り問題」について解説したい。

コトの発端は、Redis Labsが付加価値の部分のライセンスに、パブリッククラウドプロバイダーが自社のサービスの一つとして提供することを妨げる条項を追加したことだ。これに関しては2018年10月の記事でその発端を紹介している。

参考:OSSとライセンスの悩ましい関係。HelmとCommunity Compactの動向に注目

その後、MongoDBや今回取り上げられているElasticなどが、パブリッククラウドプロバイダーに対するタダ乗りへの対抗措置としてライセンス変更を行った。それに対してAWSは、Elasticsearchのコアの部分とプロプライエタリソフトウェアとして非公開になった部分を全て無料のオープンソースソフトウェアとして公開し、AWS製のディストリビューションとして公開したのだ。これに関してはAWSの2019年3月13日公開のブログを参照されたい。

参考:新登場 - Open Distro for Elasticsearch

ちなみにElasticも同様に意見を公開している。以下を参照されたい。

参考:“オープン”な配布とオープンソースで会社を築くということ

OSLSの初日のキーノート最後に登壇したAWSのAndi Gutmans氏は、AWSの考えるオープンソースソフトウェアのビジネスモデル、そしてオープンソースソフトウェアがオープンでなくなることのリスクから、上述の「Open Distro for Elasticsearch」を発表することに至った経緯を解説した。

プレゼンテーションを行うGutmans氏

プレゼンテーションを行うGutmans氏

Gutmans氏は、1997年よりアクティブにオープンソースソフトウェアに関わってきたと自身の経歴を紹介した。実際PHPの共同開発者としてZend Technologiesを立ち上げた経験を持っているほか、Eclipse Foundation、Apache Software Foundationなどにも関わっているという経緯を見れば、オープンソースコミュニティにおける経験は十二分に持っていると言える。

Andi Gutmans氏の自己紹介

Andi Gutmans氏の自己紹介

またAWSが組織としてオープンソースソフトウェアに貢献していることも強調した。Linux、NGINX、DockerそしてElasticsearchについても例として挙げることで、AWSが単にタダ乗りを行う組織ではないということを明言した形だ。またコミュニティのイベントについてもKubeConをはじめ、オライリーが主催するOSCONや、ALL THINGS OPENなどについても参加しているとして、AWSによるコミュニティへの貢献は継続していることを訴えた。

AWSが参加しているイベントや記事の例

AWSが参加しているイベントや記事の例

そしてオープンソースソフトウェアの形態として4つの分類を説明した。つまり「個人による貢献(GitHub)」、「企業がリード(NetflixのHystrixやAWSのFirecraker)」、「Foundationによる管理(Apache KafkaやCNCFのKubernetes)」、そして「営利企業によるOSS(RedisやElasticsearch)」がその分類ということだ。それぞれ具体的な例として企業やソフトウェアの名前が挙げられており、その分け方は妥当なものだろう。

AWSが考えるOSSの4つの形態

AWSが考えるOSSの4つの形態

次にAWSとしての、オープンソースソフトウェアのライセンス及び配布の方法についての考え方、つまりAWSとして「オープンソースソフトウェアはどうあるべき」と考えているかという部分が示された。これこそが、今回のOpen Distro for Elasticsearchの公開に繋がる部分となる。それによれば「土台となるオープンソースソフトウェアの中にプロプライエタリソフトウェアが入り込まないこと」「それらが完全に分離していること」「誰でもオープンソースソフトウェアについては貢献を行えること」そして「ライセンスや配布の方法を途中で変えないこと」これらがAWSの考える「あるべきオープンソースソフトウェアの姿」であるということになる。

AWSによるオープンソースソフトウェアのあるべき姿

AWSによるオープンソースソフトウェアのあるべき姿

続けてElasticsearchを例に挙げて、オープンソースソフトウェア自体が複数のオープンソースソフトウェアの上に成り立っていることを紹介し、ここからElasticsearchによるライセンス変更を暗に批判する形になる。しかし、その前に最も悪い例として挙げられていたのはJavaだ。

OpenJDKがOracleによって良くない方向に行っていると示唆

OpenJDKがOracleによって良くない方向に行っていると示唆

つまりオープンなソフトウェアとして誰でもが貢献できるはずだったソフトウェアが、コミュニティではなく主な開発母体である企業を買収した一私企業の意向で変更されてしまったことに対する強烈な批判である。そのため、AWSはAmazon Correttoを開発したと解説した。ここでのポイントは、OpenJDKのダウンストリームディストリビューション、長期のサポートをAWSが保証することだ。

Amazon Correttoの紹介

Amazon Correttoの紹介

その次に例としてElasticsearchに言及し、Javaほどではないが企業としてのElasticもライセンスを変更することが、AWSから見れば良くないことであるという主張となった。

Elasticsearchの場合

Elasticsearchの場合

ここではベースとなる検索機能以外に、付加価値として追加された部分がプロプライエタリソフトウェアであること、ライセンスを途中で変えたこと、などが「Concern」となったという意味だろう。ここから「Open Distro for Elasticsearch」の説明に移った。

AWS版のElasticsearchを公開

AWS版のElasticsearchを公開

このスライドでも100%がオープンソースソフトウェアであること、エンタープライズが必要と思うセキュリティや認証などの機能も含めて無料であること、一つの企業だけが貢献する、つまりソースコードに対する修正を可能にすることなどが、AWS版Elasticsearchの特徴であると明記している。

AWSが強調するポイントは、何よりもElasticがパブリッククラウドプロバイダーによるタダ乗りに対する対抗措置としてライセンスを変更したことに対してよりも、結果的に「一部が非公開のプロプライエタリソフトウェアになったこと」に対する不可避の行為であると言いたいようだ。

参考:新登場 - Open Distro for Elasticsearch

これでわかるのは、AWSは「何よりもAWSでの体験を常に最良のものにすることを最優先にする」ということだ。つまりライセンス条項に縛られることで、AWSの顧客がElasrticsearchの一部の機能が使えないという状況を打破することが最優先であるということだ。

またコードのフォークではないか? という問に対しては、Upstreamである本家のElasticserachのコードに修正パッチを送るので、これはコードがフォークすることではないと断言している。

AWSのように大量のエンジニアリングパワーを抱える企業であれば、本家からコードをフォークしても常にUpstreamの修正を追いかけて自社のディストリビューションに反映し、自社で修正したものに関してもUpstreamに還元するという二度手間を行えるという強い意志を感じる。

OSLSの会場で、何人かの参加者にAWSのこの件について意見を訊いてみた。批判的なものとしては「明らかにコードをフォークする行いである」「コードのフォークだけではなくコミュニティを分断するものだ」というものがあった。その一方、「これが成功するかどうかはわからない、AWSはこれが上手くいくか注視するだろう」という静観の立場を取る人もいた。とはいえ、当日のセッションの直後、会場の空気はかなり冷たいものだったように個人的には感じた。セッションの最後にこれを持ってきたのも、会場での議論を沸騰させないための配慮だったように思える。

AWSは建前として、オープンソースソフトウェアは100%オープンであって欲しいという態度は何も変えることなく、自社がオープンソースコミュニティにタダ乗りしているという批判に対しては正面から答えることを避けているように見える。以前MySQL互換のAuroraを出した際にも、AWSでの最良の体験を提供するという目的は全く揺るぐことなく一貫していると言える。しかしAuroraはMySQLの互換とは言っても一部は非互換であるというものだったが、今回のOpen Distro for Elasticsearchはソースコードをフォークする(AWSは否定するが)という手法で100%互換を実現している。

結果的に今回のセッションは、オープンソースソフトウェアのベンダーとパブリッククラウドベンダーのスタンスの違いを明確化したと言える。オープンソースソフトウェアのベンダーは、Open Coreを採用してソフトウェアを開発し、付加価値の部分をクローズドソフトウェアとして商品化することでビジネスの永続化を試みるところが多い。一方AWS、Azure、GCPなどのパブリッククラウドベンダーは、オープンソースソフトウェアを自社のサービスの一つとして採用し、その規模を強みに多くの企業ユーザーを顧客としてビジネスを強化している。

パブリッククラウドベンダーの中でAWSは、落とし所を調整して、Open Coreを採用するコマーシャルOSSベンダーへの経済的な貢献を行うという選択肢ではなく、より過激な対抗策を選択したと言えるだろう。

Gutmans氏の最後のスライドが印象的

Gutmans氏の最後のスライドが印象的

最後に「Keeping Open Source Open!」と書かれたスライドを紹介して、Gutmans氏はプレゼンテーションを終えた。コマーシャルOSSベンダーの立場やコミュニティよりも、AWSの顧客を最優先する今回の選択肢が究極的にAWSのためになるのか、AWSのユーザーがElasticsearchではなくAWSによって分断されたコミュニティを選択するのか、注視していきたい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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