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連載 :
  インタビュー

インフラ部門に女性エンジニアが少ない理由をIBMの女性CTOに訊いた

2019年12月10日(火)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
日本アイ・ビー・エムの女性役員である技術理事と人事担当者にインタビューした。

日本アイ・ビー・エムでの女性エンジニアの苦労や知見をより深く掘り下げるために、日本アイ・ビー・エムの技術理事として活躍する女性エンジニアと人事担当者にインタビューを行った。インタビューに応えてもらったのは技術理事である行木なめき陽子氏と、人事担当者(ダイバーシティ&インクルージョン)の伊奈恵美子氏だ。

技術理事の行木氏(左)と人事担当者の伊奈氏(右)

技術理事の行木氏(左)と人事担当者の伊奈氏(右)

行木さんが最初にコンピュータに触ったのはいつ頃でしたか?

行木:私はもともと文系で大学も社会学を専攻していたバリバリの文系で、BASICで分析の処理をちょっとだけ書くくらいの経験はありましたけど、専門的にプログラミングを学ぶというようなことはありませんでした。アイ・ビー・エムに入ってから研修で学ぶというぐらいですね。ですから、まったくの文系から理系な仕事に就いたということになりますね。ちなみに伊奈も社会学で文系です。

文系だといろいろ選択肢があったと思いますが、そんな中から日本アイ・ビー・エムを選んだ理由を教えてください。

行木:私が就職活動をしていた頃は、女性に対する見方が少し変わってきたかな? というぐらいでまだ男女差はありましたね。とにかく日本で歴史のある企業は、大学に一人暮らしで通っているような女子学生さん、つまり実家から通っていない女性は採用してもらえないみたいな扱いがあった頃です。さまざまな企業を見て、その中で日本アイ・ビー・エムは性別による扱いの差が少ない会社だということはわかりましたし、何よりちゃんとした仕事をさせてもらえる企業ということは理解していました。

実際に入ってみるとちゃんと育児休暇はあるし、新卒の研修の中でもプログラミングから運用、そしてお客様とちゃんとコミュニケーションをして製品を理解して買っていただくという一通りのことを学びました。アイ・ビー・エムの場合は、「エンジニア」とは言ってもコミュニケーション能力がかなり必要というか鍛えられます。OJTと集合研修を交互にやっていくという感じです。

最初に配属されたのはどこだったんですか?

行木:メインフレームを使っている鉄鋼業の企業を担当する部門に配属になりました。形態としては客先に常駐するような働き方だったので、会社の先輩もお客さんの人も一緒になって仕事をするという感じです。そんな中で今でも忘れられないことがありまして。その現場で働き始めて2年くらいの時に、大きなネットワークの改修のプロジェクトを個人として任されたんですよ。その職場では一生懸命に勉強してすごく楽しく働いていたんですね。それが認められてそのプロジェクトを任されました。しかし自分が担当した新しいネットワークに切り替えて次の朝に出社してみたら、全社のネットワークがダウンしていたという。

つまり自分が責任を持ってやった仕事で大失敗をしてしまったと。

行木:そうです。それで印象に残っているのは、その時にお客さんからも上司からも先輩からも誰にも怒られなかったことです。普通だったら出入り禁止になっても仕方ないはずなのに、私は叱責されることがなかった。「こことここがダメで今回は失敗したけど、次にやる時はちゃんとやろう!」みたいな感じで。それにはすごく感謝しています。

一生懸命に仕事していることを周りのみなさんが知っていてくれたからだと思います。その後も、当時のメンバーやお客さんとは、今でも1年に1回一緒に集まって宴会したりしています。

もうそういうのって客とベンダーという関係じゃなくて「一緒に戦った戦友」みたいな感じですよね。

行木:そうですね。配属された時には女性は私一人で、まだ経験もそんなに積んでいないエンジニアに任せて失敗したわけですから、裏ではきっといろいろとあったのかもしれませんけど、女性としてというよりもエンジニアとして認められたという感じがしましたね。そういう意味では女性だからとかいう以前に、エンジニアとしての仕事をしたという感じです。

女性エンジニアとしては避けて通れない結婚~出産~復職という大きなイベントがありますが、それはどうやって乗り越えたんですか?

行木:私は個人的に自分の結婚がすごく上手く行っていると思っているんですが、それは夫が支援してくれるというだけではなくて、義理の母がとても協力的なのです。私が音声認識や形態素解析などを使ったコールセンター構築のプロジェクトに入った時の話ですが、音声認識とか言語処理を仕事としてやり始めると、もっと知りたい、もっと勉強したいという意識が高くなりました。結局、大学院に通って情報工学を勉強するというのを経験したんですが、その時も義理の母はすごくサポートしてくれました。休職して大学に通うという選択肢もあるんですが、私の場合は仕事も続けて学校にも通うということにしたので、それは大変でしたね。子育てをしている当時、私は基本的には9時~5時で帰る人、という認識をされていてその中でもちゃんと仕事をして、時間は短いけどちゃんと結果を出す人というように認識されるようになったというのが大きかったと思います。

そんな中での苦労はありましたか?

行木:これは私の個人的経験というよりも他の人の経験で聞いた話ですが、女性が男性と同じように仕事をする中で新しいことにチャレンジする、一つ上のレベルの仕事に上がるという状況の場合、男性上司が「これは子育て中の彼女に話を持っていっても断られるだろう」と気を遣ってくれた結果、本人に話が来ないということがある。このようなことを何度か聞きました。これって女性にとっては機会損失なんですよ。話を持ちかける前にちゃんと本人に相談して! と思います。これが悩みの一つとしてあります。つまり男性側も「女性に過剰に気を遣っている」という状況が結果的には良くないという。

伊奈:これは最近、アンコンシャスバイアスとして認識されている一つの思い込みだということで、日本の企業では最近、そのアンコンシャスバイアスを意識しましょう、という人事のトレーニングが始まりつつありますね。つまり女性に気を遣っているつもりでも、ひょっとすると女性にとってはやってみたかったチャレンジかもしれない、でもその機会がそもそもないということです。

あー、つまり女性に気を遣う余りに、ひょっとしたらその女性エンジニアにとって本当はやりたい、チャレンジしたいという機会を失うことになったというやつですね。

行木:そうなんです。恋愛と同じで最初のアタックで失敗しても、もっと何度もチャレンジして欲しいという(笑)。

伊奈:女性は男性と比べると新しいことにチャレンジする場合、成功の確率が高くないとなかなか踏み出さないという傾向にありますよね。警戒心が強いというか。男性の場合はもっと確率が低くても「やります!」って言うケースが多いという調査の結果もあるようです。

行木:あと男性管理職も女性エンジニアに対して「子供が幼稚園の頃は大変だけど小学校に上がるようになったらもうラクになるんでしょ?」みたいなことを言う人がいるという話があります。そもそも男性の側も、妻がそういう苦労をしているのを知っているはずなのに、なんでそれが理解できないのか、そこが分からない。

伊奈:女性側も子育ては女性が頑張らないといけない、子育ては女性の仕事、みたいなこれもアンコンシャスバイアスがあるのかもしれないですね。

行木:日本アイ・ビー・エムだと、キャリアの積み方も管理職に行く方向と専門職に行く方向の2つがあるんですが、2つのキャリアパスを行ったり来たりする人も多いんですよね。なので、新しいチャレンジにもいろいろな方法があるということは知られています。

伊奈:復職する時に前にいた現場ではなく、時間の融通が効くバックオフィスに行くという選択肢は当然あって、例えばお客さんの前には出ないけどソフトウェアの品質管理をやるエンジニアとして活躍する、みたいな場合もあります。ですが、やってみたらやっぱりお客さんと相対する仕事がしたい! というエンジニアも何人かいましたので、これは本人と上司がしっかり話をしてサポートする、本人の意思をちゃんと汲み取るというのが大事だと思います。

アメリカだと子育ての役割の一つにベビーシッターという存在があります。それは大体、高校生がやるバイトの一つなんですが、日本ではまずやらないですよね、高校生は。

伊奈:そうですね。まず他人を自宅に入れるというのが嫌とか子育てはプロに任せたいという、これもアンコンシャスバイアスの一つかもしれません。ですが日本アイ・ビー・エムの中にも、スマートフォンを使ってベビーシッターを気軽にマッチングするアプリなどを使っている人もはいます。少しは変わってきつつあるのかもしれません。

行木さんが結婚とか子育てとか仕事との両立などに悩んでいる若い女性エンジニアにアドバイスするとしたら何をアドバイスしますか?

行木:私は日本アイ・ビー・エムの中だけではなく大学とか研究機関で働く女性のエンジニア、技術者、研究者ともよく話をするんですが、まずは自分の状況を誰かに話してみる、ということをアドバイスしたいですね。困っている時って大体視野が狭くなって、問題を自分だけで解決しようとしがちなのです。上司でも同僚でも仕事にまったく関係ない人でも良いから、それを説明してみる、そうすることで何か新しい見方というか発見があったりするので、一人で抱え込まないということをお勧めしたいです。

海外のカンファレンスではWomen Who Codeなどのような女性エンジニアをエンカレッジするような団体がブースを出していて、女性エンジニアの支援や啓蒙活動をしていますが、日本ではそういうのがないんですよね。中国で開催されたKubeConやLinuxConでもそういう団体がブースを出していたりするのに。問題は男性サイドの理解がないというところにインフラストラクチャーの分野に女性エンジニアが少ないことの原因の一つがあると思うので、そこはもっとアピールして欲しいです。

行木:女性が主宰するイベントなどではそういうことはやっていますが、「男性の理解を得る」ということを考えると、確かに女性だけがいるところでアピールしても意味がないですよね。日本アイ・ビー・エムの女性エンジニアのコミュニティ、COSMOSというのがあるんですが、そこでの活動にも活かしていきたいと思います。

行木氏(左)、伊奈氏(右)

行木氏(左)、伊奈氏(右)

今回話を伺った行木氏は、文系からアイ・ビー・エムのDistinguished Engineerまで登った生粋のエンジニアだ。また人事担当の伊奈氏もシステムエンジニアを努めた後、中国での駐在などを経て結婚~出産を経て広報の仕事をしているという「復職でバックオフィスを選択」した経歴の持ち主で、3人の息子の世話で「毎日が戦争です(笑)」というタフな経歴を持っている。

日本アイ・ビー・エムという女性にとっては制度や環境が整えられている企業においても、まだ女性エンジニアには男性に比べて大きな努力が必要であることが見てとれる。インフラストラクチャーのエンジニアとして女性が活躍するためには、女性自身よりも周りの男性の理解や制度面での充実が必須であることは明らかだ。そのためにも、この連載を通じて女性エンジニアの経験を共有することを続けていきたいと思う。同時にインフラストラクチャーをデザインして運用するという楽しさを知ってもらうために、この記事が一助になることを祈っている。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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