「ChatGPT Enterprise」と「Microsoft 365 Copilot」
はじめに
前回と前々回は、ChatGPT Plusで利用できるプラグインについて解説しました。今回は、Open AIが発表した「ChatGPT Enterprise」とマイクロソフトの「Microsoft 365 Copilot」を紹介します。みなさんの会社で大規模言語モデルを活用するヒントになればと思います。
ファウンデーション・モデル
ガートナージャパンは、8月17日に「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」を発表しました。この中で私が注目したのは「過度な期待のピーク期」の頂点に突如現れた「ファウンデーション・モデル(NLP)」です。
ファウンデーション・モデルを日本語訳すると「基礎モデル」です。NLPはNatural Language Processingの略で、大量データで訓練された大規模言語モデル(LLM)を指します。単なるLLMではなく「Foundation」と付いているのは、これがさまざまな用途に追加学習されるベースと位置付けているからです。つまり、ChatGPTのような大規模言語モデルに対して、企業の独自データを学習し特定の目的に利用する時代になったことを示しているのです。
大規模言語モデルは素晴らしい働きをしてくれますが、汎用的なデータで学んでいるだけなので企業の特定用途では使えません。例えば、自社製品・サービスに関する問い合わせ対応のチャットサービスを作る場合、製品・サービスのマニュアルを追加で読んで覚えてもらう必要があります。
独自データを学習する方法には「Fine Tuning」と「In−Context Learning」の2種類があります(図1)。Fine Tuningは大量データを学習して、最適な状態になったモデルのパラメータをさらに更新する方法です。ここでパラメータとは、
第3回で解説したニューラルネットワークの重みなどです。パラメータ自体を再チューニングするので目的にマッチした最適なサービスができそうですが、それだけ難易度も高く、現時点でOpenAIはChatGPTに対するこのような追加学習の手段を提供していません。
そこで現在行われているのが、In−Context Learning(ICL)です。これはパラメータは凍結したままデータを読んで覚えてもらい、そこで学んだ中から回答してもらう方式です。今回紹介するのは、このような使い方を支援する新しい企業向けのサービスです。
ChatGPT Enterprise
OpenAIは、2023年8月29日に企業向けChatGPT Enterpriseを提供開始しました。これは企業の情報漏洩を危惧する企業をターゲットにセキュリティ面を考慮したものです。図2にChatGPT Enterpriseの主な特徴を示します。
大規模言語モデル(LLM)としてGPT-4を使っている、プラグインなどの拡張機能が利用できる、優先的にサポートが受けられる、という点はChatGPT Plusと同じです。一方で新たな特徴としては次のようなものがあります。
(1)セキュリティとプライバシー
ChatGPT Enterpriseは企業でのChatGPT活用をターゲットにしているため、セキュリティや機密保持に対する配慮が大幅に加わっています。ChatGPTに入力されたデータやチャットの内容は学習データに使われず、転送中も保存中も暗号化されて保護されます。そして信頼サービス基準のSOC 2にも準拠しています。
SOC 2(Service Organization Control Type2)とは、米国公認会計士協会(AICPA)が開発したサービスの信頼性に関する基準です。サービス提供者がユーザーのデータをセキュアな方法で処理するために「セキュリティ」「プライバシー」「可用性」「機密性」「処理の完全性」という5つの観点でトラストサービスの原則を定義しています。クラウドサービスがSOC 2コンプライアンスを達成しているか判定することで、サービスの安全性を監査する際にも役立ちます。
(2)データ利用制限とアクセス速度
ChatGPT EnterpriseはGPT−4へ無制限(使用量の上限なし)にアクセスできます。また、従来の2倍のアクセス速度で利用できるので、マニュアルなど一定量のデータを読み込ませやすくなります。
また、Code Interpreter(コードインタプリター)にも制限なくアクセスできるので、これまで以上にコード生成やデータ分析がやりやすくなります。ChatGPT-4 APIが1回に取り扱えるコンテキスト(トークン数)には8Kと32Kの2種類ありますが、ChatGPT Enterpriseは32Kとなっており長いトークンが利用できます。
Code Interpreterはプログラミングコードの生成および実行ができるプラグインです。チャット形式でPythonのコードと解説を作成してくれて、仮想環境でコードの実行もできます。CSVやJSONなどのファイルをアップロードして、そのファイルのデータを対象にした処理のプログラミングコードを生成してもらうこともできます。さらにデータ分析にも役立ちます。例えばExcelファイルからデータを読み込み、Pythonでデータ分析した結果をグラフ化することも可能です。
(3)ユーザー管理
ChatGPT EnterpriseはSSO(シングルサインオン)に対応しています。また、企業の社員が利用する想定なので、ユーザーを追加・削除したり、一人ひとりの利用状況を一括管理・分析できる管理コンソールが提供されます。
(4)共有チャットテンプレート
ChatGPTを使いこなすにはプロンプトが重要です。ChatGPT Enterpriseは複数人が使う企業ユースのため、最適なプロンプトをテンプレートとして社員で共有して利用できるようになっています。例えば、コードインタプリタに対するプロンプトをテンプレート化したり、データに対する問い合わせをテンプレート化したりすることで、企業内における生産性向上に役立てることができます。
(5)API無料クレジット
チャットによるやり取りで一定の効果が見い出せるようになると、ChatGPT APIを使った自動処理に拡張したいものが出てきます。APIの利用はサブスクのような定額ではなく利用回数や利用量で決まる従量課金なので、最初にどれくらい料金がかかり、どれくらい効果があるかを検証する必要があります。このため、以前からAPIの新規利用時にはOpenAIから18ドル相当の無料クレジットが提供されていました。そして、ChatGPT Enterpriseを新規契約した場合も同様に、この無料クレジットがもらえます。
ChatGPT Enterpriseのこれらの特徴は、いずれも企業が自社データを特定の目的に利用するファウンデーションモデルを支援する内容になっています。ChatGPT Enterpriseの料金は、今のところ営業から個別に見積をもらう方式です。ホームページの「Contact Sales」をクリックし、会社名や会社の規模、業界などの情報を入力して問い合わせを行うのですが、現在は混んでいるようで対応に時間がかかっています。
Microsoft 365 Copilot
OpenAIとマイクロソフトはChatGPTをベースにして密接な協力関係にありますが、それぞれ独自に自分たちのサービスを拡充しています。図3にOpenAIとマイクロソフトのLLMサービスを並べてみました。OpenAIは一般ユーザー向けの「ChatGPT」と「ChatGPT Plus」に企業向けの「ChatGPT Enterprise」を加えた3本になっていますが、マイクロソフトも一般公開している「Bing Chat」に「365 Copilot」と「Bing Chat Enterprise」を追加した3種類のサービスを提供しています。
Microsoft 365 Copilotの公開
マイクロソフトは、2023年9月21日に「Microsoft Copilot」「Bing Chat Enterprise」「Microsoft 365 Copilot」からなるMicrosoft Copilotシリーズのビジョンを発表しました。
Microsoft 365 Copilotについては第4回で紹介しましたが、今回の発表では「Microsoft Copilot」と「Bing Chat Enterprise」も含まれています。図4はマイクロソフトのブログで示された3つのサービスの違いを示す表をアレンジしたものです。これを見ると、これらは別々の機能と言うより含まれている機能範囲が違うことがわかります。なお、SKUは物流やアパレル業界でStock Keeping Unitという在庫単位を表す言葉ですが、IT業界ではエディションの違いを表すのに使われています。
(1)Microsoft Copilot
・Microsoft Copilot UXとBing Chat
Windows版Microsoft Copilotが9月26日から利用できるようになりました。Microsoft Copilot UXは「タスクバーにCopilotアイコンが配置され、いつでもBing Chatを利用できるようになりました」ということです。Bing Chatは、すでに2月7日からチャットとWeb検索を切り替えて使えるBingです。要はWindowsにアイコン付けたということですね。
(2)Bing Chat Enterprise
・Commercial Data Protection
Bing Chat EnterpriseはCommercial Data Protection(商用データ保護)が付加されたもので、1人月額5ドルの有料サービスです。これは「チャットデータを保存しない」「データをLLMの学習に使用しない」「マイクロソフトは監視アクセスしない」という内容で「企業のデータが組織外に漏洩しないように保護します」ということです。現在はプレビュー版がリリースされており、私の会社でも利用しています。Bing Chat Enterprise(プレビュー)というロゴと「このチャットでは個人と会社のデータが保護されています」というメッセージが表示されています。一般公開についてはまだ発表されていないようです。
(3)Microsoft 365 Copilot
・Enterprise Security、Privacy and Compliance
この2つは「企業グレードのセキュリティ、プライバシー、コンプライアンス(法令遵守)、責任あるAIを提供します」ということです。これは、前述のCommercial Data Protectionに加えて、どのようなことをやってくれるのでしょうか。まだ情報が少ないため、具体的な内容が公開された時点で改めて説明します。
Microsoft 365 Chat
これはBing Chatとどう違うのでしょうか。実はMicrosoft 365 Chatは今年3月に「Business Chat」と呼ばれていたものですが、この数ヶ月で大幅に進化し、まったく新しいレベルに達したとのことです。マイクロソフトによると「単純な質問と回答をはるかに超えて仕事の効率を高めてくれる」とのこと。365 Appsのデータを利用できるチャットということを言っているのだと思っているのですが、実際に使ってみてのお楽しみとしておきましょう。
Microsoft 365 Apps
Appsはアプリケーションの略です。Word、Excel、Powerpoint、Outlook、TeamsなどのMicrosoft 365のアプリケーションとChatの統合を意味します。これらのアプリケーションに対する操作をチャットで指示したり、アプリケーションのデータをチャットで読んで有効活用したりなど、企業独自のデータを有効活用できるサービスです。どのように活用できるかについては、次回で詳しく説明します。
Copilot Lab
Microsoft 365 AppsのAzure ADデータ(ファイル)をAI(ChatGPT)が活用するためにプロンプト作成を支援するサービスがCopilot Labです。せっかく365 Appsのデータを使えるようになったのだから、人が試行錯誤してプロンプトを作り出す作業もサポートしましょうということで、さまざまなプロンプトの例を提供してくれます。
下表はCopilot Labのプロンプトサンプルの一部です。文書の表現をもっとカジュアルにしたり、会議の議事録からあるテーマに関する部分を要約したり、あるドキュメントをもとにプレゼンテーション資料を作成したりなど、さまざまなビジネスシーンで役に立つプロンプトサンプルが用意されています。
プロンプトの例 | 内容 |
---|---|
文章のリライト | Word文書の表現方法を指定した調子にリライトする |
会議の要約 | Teams会議で◯◯についてどのような議論がされていたかを要約する |
プレゼン資料作成 | あるWordファイルをもとにPowerPointのプレゼン資料を作成する |
メール下書きの作成 | Teams会議の内容をもとにOutlookのメールの下書きを作成する |
メール作成サポート | Wordの中から次四半期の最優先項目をチームにメールする |
メッセージサマリ | 今週のTeamsのメッセージをサマライズして確認する |
書き方指導 | RFP(提案依頼書)の書き方を示してもらう |
FAQの作成 | WordドキュメントをもとにFAQを作成する |
詳細説明 | Word文章からあるトピックの利点について整理して要約する |
カレンダーに聞く | Outlookにミーティングの日時や参加者を尋ねる |
問題作成 | Word文章の中から、あるトピックに関する練習問題を作成する |
仮説を立てる | Word文章の中から、あるトピックにおける仮説を5つ立ててもらう |
ミーティング準備 | Outlookの次のミーティングに必要な情報を出してもらう |
画像の追加 | PowerPointでスライドに合った画像を追加してもらう |
キーポイント | Word文章の中から、キーポイントをリスト化してもらう |
ブレインストーミング | Word文章の中から、10のキャッチコピーを提案してもらう |
こちらはまだプライベートプレビュー中ですが、一般提供が開始されるとMicrosoft 365 Copilotに統合され、Webサイト経由でアクセスできるようになります。この表以外にも既に数多くのサンプルがありますが、Labと付いているので今後もさまざまな用例が増えてゆくでしょう。
まとめ
今回は、以下のような内容について学習しました。
- 企業が自社データを活用するファウンデーションモデルが注目されている
- 追加学習には「Fine Tuning」と「In-Context Learning」がある
- ChatGPT Enterpriseは企業でのLLM活用を想定したセキュリティ強化版である
- 「Microsoft Copilot」「Bing Chat Enterprise」「Microsoft 365 Copilot」はエディションの違い
現在、世界中の企業が大規模言語モデル(LLM)を活用して業務改善や新サービス提供などに取り組んでいます。次回は11月1日に一般公開されるMicrosoft 365 Copilotと、異なる365 Apps間を横断してコンポーネントを共有できるMicrosoft Loopを中心に、365 Appsをより便利に使いこなす方法を紹介します。
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