地域密着型のコープさっぽろが取り組む、宅配システムの内製開発によるクラウドネイティブ化

2024年9月6日(金)
木村 慎治
CloudNative Days Summer 2024から、地域密着型の組織であるコープさっぽろが取り組む、自社システムのクラウドネイティブ化に関するセッションを紹介する。

生活協同組合コープさっぽろは、46万世帯が利用する宅配システム「トドック」のクラウドネイティブ化を推進している。CloudNative Days Summer 2024に、デジタル推進本部の木原 卓也氏と小笠原 豊氏が登壇、「地域密着型組織が挑む!北海道全域で利用される宅配システムのクラウドネイティブ化」と題して、その変遷を語った。セッション前半では、クラウド移行の準備と内製開発の背景を説明し、後半では具体的な取り組みとその成果について語っている。

コープさっぽろのクラウドネイティブ化への準備

コープさっぽろは1965年に設立され、現在では200万人以上の組合員が加入している。組合員数の多さから、コープさっぽろは北海道全域での影響力を持つ地域密着型の組織である。

最初に木原氏は、これまでのシステム状況とその課題について語った。コープさっぽろのシステムは長年にわたりオンプレミスのホストシステムに依存しており、これが大きな技術的負債となっていた。長年の間に多くのシステムがホストの周辺に作られ、その結果、複雑なネットワークが形成されていた。特に古いマシンやOSが多く、これがシステムの維持管理を困難にしていた。また各事業部門が独自にシステムを開発し運用していたため、縦割りで乱立する基盤が存在していた。これにより、システム全体の統合や最適化が難しくなっていた。

さらに、データセンターの運用コストも非常に高額であった。各事業部門が独自にシステムを持ち、これをデータセンターにホスティングする形態が取られていたため、全体のコストが膨らんでいた。このような背景からコープさっぽろは、クラウドネイティブ化を推進する必要性に迫られていた。

「コープさっぽろの今までのシステム」

「コープさっぽろの今までのシステム」

「これらの課題を解決するために、2020年にデジタル推進本部を設立しました。最初にインフラのチームがネットワークと基盤、データセンターの整理を行ってくれました」と木原氏は述べた。この初期段階での整理作業は、クラウドネイティブ化の重要なステップとなった。「インフラのチームが基盤を整えた上で、私たちのチームが古いマシンやOSを何とかする取り組みを進めていきました」と木原氏は語る。

内製開発とクラウド移行プロジェクト

クラウドネイティブ化の一環として、コープさっぽろでは開発の内製化を推進した。木原氏は、内製開発の重要性について次のように説明している。「私たちは事業の組織なので、その事業を自分事として捉え、それをシステムに落とし込むことが必要です。自分たちの組織がやっている自分たちの事業で、自分たちの仕事をどうやってシステムにして仕事を楽にするかという観点が必要です」と内製開発の必要性を強調した。

2020年にデジタル推進本部が設立され、AWSをプラットフォームとした内製開発が本格的に始まり、エンジニアの採用も積極的に行われた。木原氏はAWSを選んだ理由として「スケールアウトの容易さと柔軟性」を挙げた。多様なサービスの選択肢に加え、スケールアウトのしやすさも重要な観点であった。基本的にはマネージドサービスを活用し、自動でスケールアウトするようなものを選んでいるが、移行のタイミングでどうしてもEC2で動かす必要がある場合には、それも選択肢に入れて柔軟に対応している。

クラウド移行の手法として、リフト(オンプレミスからの移行)、リビルド(要件をほぼそのままに再構築)、リプレース(要件を再整理し他のシステムに置き換える)の三つが検討され、2022年からは本格的にAWSへの移行が始まり、リフト優先で多くのシステムが移行された。

「AWS移行の大まかな進め方」

「AWS移行の大まかな進め方」

「クラウド移行には多くの課題がありましたが、私たちは一歩一歩着実に進めていきました」と木原氏は述べた。具体的には、218のシステムのうち189がすでにAWSに移行済みで、残りのシステムも計画通りに進行中であるという。

内製開発を推進する中で、エンジニアの研修にも力を入れていると木原氏は明かす。エンジニアたちは実際の業務現場での研修を通じて、現場のニーズを理解し、それをシステムに反映させる能力を身につけている。「研修によってエンジニアたちは現場の視点とシステム開発の視点の両方を持つことができるようになりました」と木原氏は強調した。

また内製開発の取り組みとして、社内エンジニアの育成だけでなく、外部のエンジニアとも協力しながらプロジェクトを進めている。これにより内製と外部委託のバランスを取りながら効率的にシステム開発を行うことができている。

木原氏は現状を「本格的なクラウドネイティブ化に向けた下準備がようやく終わった段階」と分析する。内製開発の重要性が再認識され、AWSの活用によってクラウドネイティブ化が着実に進行していく。

宅配ECシステムの進化

後半では、小笠原 豊氏が登壇し、内製開発の具体的な取り組みとその成果について説明した。

まず2018年の時点では「eトドック」と呼ばれるシステムがオンプレミスで稼働していた(2009年構築)。eトドックはすべての機能がデスクトップ向けに設計されていたため、スマートフォン向けのアプリは存在せず、ユーザーエクスペリエンスは限定的であった。

2019年にはスマートフォン向けの宅配ECサイトとアプリをリリース。サーバーサイドにはEC2(アプリ中継と宅配基盤)が導入された。これによりユーザーはスマートフォンからも宅配注文ができるようになり、利便性が大幅に向上した。

前述のように2020年2月にはデジタル推進本部が設立され、システムの内製化とクラウド移行が本格的に始まった。同年、Auth0を導入し、認証基盤がクラウドに移行された。小笠原氏は「自分たちで認証基盤を作る案もあったのですが、Auth0を導入し、迅速に移行を進めることができました」と述べている。

2020年から2021年にかけ、オンプレミスで稼働していたシステムを順次閉鎖し、レスポンシブデザインに対応した新しいフロントシステムをAWS上に構築した。新しいシステムはVue.jsを用いたシングルページアプリケーション(SPA)として構築され、組合員はWebやアプリを通じて簡単にサービスを利用できるようになった。2021年4月には全事業で利用可能なアプリを高速に開発するために、内製開発への切り替えが行われた。

2022年1月には、トドックアプリのVersion 2がリリースされた。再構築された新しいアプリは、性能が向上し、開発効率も大幅に改善された。同年3月には、電子組合員証がリリースされ、組合員はスマホアプリを利用して店舗での買い物時に組合員証を提示できるようになった。これにより組合員はアプリ一つでさまざまなサービスを利用できるようになり、利便性がさらに高まった。

「2022年4月-宅配システムの様子」

「2022年4月-宅配システムの様子」

2022年4月には、「組合員がトドックアプリから全事業でポイントを利用できるようにする」という大規模なポイント統合プロジェクトが開始された。このプロジェクトにより、組合員の利便性がさらに向上し、ポイント管理の一元化が実現された。

クラウドネイティブ化の成果

同時に2022年には、商品検索機能の改善が行われ、ZETA社の検索エンジンを導入することで、検索結果の精度が飛躍的に向上し、組合員は目的の商品を迅速に見つけられるようになった。小笠原氏は、「ZETA社の検索エンジンを導入したことで、検索精度が劇的に向上しました」と述べている。

そして同年6月には、宅配ECの心臓部である基幹APIサーバーのリプレースプロジェクトが開始された。このプロジェクトにより、システムのスケーラビリティが向上し、インフラ費用も削減。新しい基幹APIサーバーは、「AWSのサービスを活用することで、私たちのシステムはさらに安定し、運用コストも削減できました」と小笠原氏は述べている。

特にシステムリリースの時間が大幅に短縮され、リリース回数が増加した。これにより、組合員へのサービス提供が迅速化され、システムの運用効率が大幅に向上した。

コープさっぽろのクラウドネイティブ化への取り組みは、多くの課題を克服しながらも、さらに多くの成果を上げている。内製開発の推進とAWSの活用により、システムの安定性と効率性が向上し、組合員に対するサービスの質も向上した。

「2023年9月-宅配システムの様子」

「2023年9月-宅配システムの様子」

小笠原氏はまとめとして「4年でここまで来ました。サーバーを刷新したことにより、現在開発案件が300件ぐらいあるのですが、月で2、30件くらい消化できています。やることはたくさんありますので、常に仲間を募集しています。ご興味のある方はぜひ応募ください」と語り、セッションを締めくくった。

IT系出版社にて雑誌、Webメディアの編集職を経て、2011年からフリーランス。IT系の雑誌やWebメディア、ベンダーのWebサイトなどで事例紹介・製品サービス紹介記事などの執筆、編集、企画を中心に活動。ITソリューション、データセンター、ネットワーク関連を中心に多くのITベンダー、ユーザー企業を取材、執筆を行っている。

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