エッジコンピューティングのFastlyのサンフランシスコ本社を訪問。2025年夏に実施した前回のインタビューに引き続き、フェローのTyler McMullen氏のインタビューをお届けする。前回のインタビューでは生成AIにおけるキャッシュの効果を熱く解説してくれたMcMullen氏だったが、今回はリラックスできる本社の会議室で組織論、生成AIに対する期待、そして中国のオープンソースコミュニティ事情まで、幅広いトピックについて語ってもらった。さらに筆者に対しても質問を向けるなど、活発なインタビューとなった。
●20025年夏に東京で行ったインタビュー:エッジコンピューティングのFastlyの共同創業者にインタビュー。生成AIを高速化する仕組みを解説
前回は東京に続き今回は本社でのインタビューに応じていただいてありがとうございます。特に変わりはありませんか?
McMullen:特にはないね。今日のサンフランシスコはとても良い天気で、月曜日ということもあって多くの社員は外で寛いでいるか、自宅で働いているよ。だからオフィスには人が少なくて働いているという感じは少ないかな。私もこのインタビューが終わったら、サンフランシスコの西にある公園に走りに行こうと思ってるんだ。ゴールデンゲートブリッジの西に、人も少なくて海がキレイなビーチがあるし、走るには最適なんだよ。時間があるなら君も行った方が良いよ。
パンデミックの前、もう10年くらい前ですが、私がサンフランシスコのPivotal Labsを訪問した時はペアプログラミングを実践しているチームがいて「メンバー同士で騒がしく会話している」場面に驚いた記憶があります。それでFastlyはどのように開発をしているか? に興味がありました。だから人が少なくて実際にどうやって働いているのかが見られないのはちょっと残念です。今、手掛けていることは何ですか?
●参考:Pivotal Lab、ソフト開発にはプロジェクトマネージャーではなくプロダクトマネージャーが必要
McMullen:それは組織の改革かな。それについて話をすると私はCTOを13年ほどやってからもっとコードを書く仕事に戻りたいと思って、今のフェローというポジションになったんだけど、ソフトウェアを開発する組織についてはなんとかしたいと常に思っていたんだよ。そして今回、変更を行ったわけなんだが、これまでの固定的な開発チームの体制を止めて、Spotifyがやっていたようなプロジェクトごとに専門家を社内から集めてチームを編成するという方法に変えたんだ。組織のサイズが大きくなればなるほど、どんな才能がどこにいるのか?がわからなくなるという問題を解決するための手法だ。
つまりあるソフトウェアを開発しようと思っても、それを実装できる経験豊富なエンジニアを固定的なチームで見つけるのは無理なので、その時に必要な才能を社内から探してきてチームを作るというやり方だね。これは凄くうまく行っている。このやり方で今はProof of Concept(PoC)としてまったく新しい分散データベースの開発を進めているよ。まだ発表できる段階ではないけど、良い感じに進んでいるとだけは言っておこう。
今回はGitHub Universeに参加するためにサンフランシスコに来ていますが、GitHubとMicrosoftはCopilotがデベロッパーのアシスタントとして開発のスピードを劇的に改善することを信じているようです。これについてはどう思いますか?
McMullen:生成AIによって新しい時代になったことは間違いないよね。なぜなら私自身ももうプログラムのコードをマニュアルで書くことは少なくなったから。少し前まで、私は生成AIによるコーディングアシスタントについて悲観的な見方をしていた。なぜなら、どこにでもあるようなWebアプリを作るなら高い品質でコード生成が行えるけど、新しいアイデアを使ったプログラム、今私が試みているような分散データベースなどについては、コードそのものの品質が高いとは言えないから。
生成AIは既存の似たようなアプリケーションのコードを大量に学習しているから、これは当たり前のことなんだけどね。大量のサンプルから最適なものを選ぶという方法であれば、生成AIは良い仕事をするけど、まだ少しの人しかやっていない、もしくは誰もやっていないようなアイデアをコードにしようと思った時には例が少ないために良い品質のコードが生成されない。そこはやはり人間がやるしかないわけ。しかし量の観点から言えばねそういう新規のアイデアをコード化するという例は少ないので、一般的には既存のコードに僅かな修正を加える、機能を追加するという程度であれば、生成AIはほとんどどのコードを生成してくれると思うよ。
そういう意味では大部分のデベロッパーの仕事を加速するということは間違いではないと?
McMullen:それはそうだね。でも結局最後は人間がやるしかないと思う。少し前よりは悲観的ではなくなったかもしれないけど。
GitHub Universeでは昨年から同じ質問をしています。それは、Copilotはペアプログラミングの相方として一人のデベロッパーを助けるには良くできていますが、ソフトウェア開発はチームスポーツであるべきだ、Copilotも個人を助けるのではなく複数人を助ける機能が追加されて欲しいと。明日から始まるGitHub Universeでもその方向の発表があるかどうかはわかりません。今年も同じ質問をKyle Daigle氏にするつもりですが。
McMullen:それは複数のデベロッパーが協調して助け合う、教え合うみたいな発想なの?
どちらかと言うとプログラマー、ドキュメントライター、テスター、セキュリティやパフォーマンスの責任者がビジネスのゴールに向かってそれぞれが情報を共有しながらプロジェクトを進めていくような感じですね。通常であればプロジェクトマネージャーが全体を俯瞰しながら足らないところを補佐していく、その部分をAIのアシスタントが補助する、つまり複数の人間をひとつのAIアシスタントが助けるみたいな発想です。そうすると誰がどこで困っているかが可視化されて、チームとしては生産性が上がるみたいなことを意図しています。
McMullen:それについては私も訊いてみたいな。ソフトウェア開発は確かにチームスポーツだけど、今のところの生成AIは一人を助けるというレベルに留まっているのは確かだね。
少し変わった質問をしたいと思います。オープンソースが今のITの進化を加速しているのは納得するんですが、中国に行くとあそこだけ別の世界、別の時間が流れている感覚に陥ります。欧米発のソフトウェアが中国ではフォークされコピーされて、独自に進化していることも多いと思います。ソフトウェアにおける中国の影響はどうなってくると思いますか?
McMullen:中国は常に難しい市場だよ。現地で会社を作るにも制約があるし、労働に関する法規も違う。CDN(Content Delivery Network)もかつてはAkamaiが中国向けのビジネスをやっていたが、それも持続しなかった。私は中国には行ったことがないので逆に教えて欲しい。中国でのオープンソースは盛り上がっているのか、それとも減退しているのか?
私は2024年に香港に、今年は香港と北京にカンファレンスの取材で行きましたが、間違いなく盛り上がっていると思いますよ。参加者もとても若いエンジニアばかりでしたし。北京のカンファレンスはThe Apache Software FoundationのCommunity Over Code Asiaというものでしたが、ビッグデータ関連のプロジェクトは多くが中国発で開発しているのも中国人のエンジニア、ドキュメントも中国語という感じで、中国人以外がコミュニティに入るのも大変そうな感じではありました。もうひとつ、盛り上がっていると感じたのは中国の大学に対してOSSへのコントリビュータを養成するプログラムを実施していて、多くの学生がそれに参加してその結果をプレゼンテーションしていたからですね。これはASFの支援を受けているのかどうかはわかりません。中国の非営利団体がやっているようですが、中身は中国政府がしっかりコントロールしているように理解しました。参加する学生は報奨金を得られるメリットがありますし、そのプログラムを卒業したエンジニアは多くの大企業から良い条件で雇用されるという仕組みになっているようですね。
McMullen:なるほど。それはおもしろい。独自に進化していて政府も支援していると。
ASF配下のプロジェクトでも、私が名前すら聞いたことがないようなプロジェクトが多数存在していて活発に活動しているようでした。Rustも半日のトラックが設定されていて、中国で開発されている多くのRust製のビッグデータ関連のプロジェクトが紹介されていましたし、質疑応答もとても熱かったですね。Javaがすでにレガシー扱いされているのが興味深かったです。
McMullen:インターネットが草の根のエンジニアによって常に良いことをしようとして発展してきたという側面を否定する気はないんだけど、かつての「インターネットが良かった時代」というものと現在はかけ離れてしまっているという気がするんだよね。もうGoogleが言っていた「Don't be Evil(Do the Right Thing)」という意識はなくなってしまった。多くの企業がセキュリティは金になるということで顧客を脅して売り上げを立てるような方向に行っているよね。CDNについても、かつてのAkamaiがInternet Service Provider(ISP)のデータセンターのラックにエッジサーバーをおいてトラフィックの制御を行うという方法から、次の世代に移り変わった。この手法に効果があったのはバックボーンが貧弱で遅かったから。それをエッジサーバーとAkamaiのソフトウェアが最適なルートとキャッシュを使って高速化することで、価値として提供できた。でもすでにバックボーンは高速になり、Akamaiのエッジネットワークが効果を出すという時代ではなくなってしまった。今は生成AIで凄まじいボリュームのデータが生成され、それをクラウドとエッジでのコンピュテーション(推論や演算)を組み合わせて使う時代になってきていると思うね。
香港のKubeCon ChinaでHuaweiが見せていたデモでは画像認識のアプリでビルの建築作業員がちゃんとヘルメットを被っているのか? を推定するアプリがありました。エッジ側の推論である程度確からしさが減ってくると、クラウドに推論タスクを移動させてより綿密な推論をして判定するというのを見せていました。
McMullen:それはエッジとクラウドで生成AIを使う場合の見本的なシステムだと思う。そういうユースケースがこれからどんどん増えてくると思うよ。
天気が良く温かな月曜日の午後を使ってのインタビューに応じてくれたTyler McMullen氏だったが、日本に来た時のエピソードやサンフランシスコの生活費の高さなどについても意見を交わすことができた。現在、開発中の分散データベースについても気長に続報を待ちたいと思う。
2025年7月に公開したインタビューについては以下を参照して欲しい。
