テクノロジからみたSaaSの経済学 1

ベンダーの利益源泉

ベンダーの利益源泉

   SaaSは「Server Based Computing」という大きな流れの1つの終着点であり、これを活用することで、ユーザは負荷を負うことなくソフトウェアの利便性を得ることができる。

   それでは次に、ベンダーの利益源泉がどこにあるのかを明らかにしたい。その鍵は、「規模の経済(Scale of Economy)」にある。

   そもそもServer Based Computingという発想自体が、「規模の経済」を追い求めた結果であった。情報処理技術による効率化の基本は、できる限り多くのデータをコンピュータで一括処理することにより、規模の経済を得ることだ。

   とすれば、クライアント側に大きな処理能力を持たせるよりも「サーバ側ですべて処理すればよい」と考えるのは自然である。個々のクライアントに外部 記憶装置を備えてアプリケーションソフトウェアをインストールするよりも、サーバがそれらの機能をすべて代替すればよいと考えたのである。

   しかし、Server Based Computingにチャレンジするたびに、次々に技術的な障壁が登場した。

   まず、サーバの処理能力が低すぎた。複数のクライアントを処理するだけのパワーにまったく欠けていた。通信回線も遅くて高すぎた。従量制の高額な通 信費用を払うよりも、クライアントを増やした方が経済的だった。他にも、Webブラウザが共通化していない、セキュリティが確立していない、標準となる通 信プロトコルが決まっていないといった問題もあった。

   しかし、21世紀に入りこれらの技術的障壁はほぼ完璧に消え去った。CPUもメモリも十分な容量を持ち、データのやり取りは標準化された。頭痛の種 であった通信費用は、ソフトバンクの孫正義社長が巻き起こしたブロードバンド革命により、劇的に削減された。世界に誇る社会インフラが整備されたのであ る。そして、20世紀の最後に登場したASPというビジネスモデルは一気に飛躍するかと思えた。

   しかし予想に反してASPは鳴かず飛ばずのままだった。ビジネスとして成立するアプリケーションはごく限られたままだった。それは何故か。実は、 Server Based Computingを実現して規模の経済を獲得するためには、乗り越えるべき技術障壁がもう1つ存在していたからである。

   それが「マルチテナント技術」である。マルチテナント技術とは「1つのシステム上に複数のルールセットを組み込む技術」と筆者は定義している。

   パッケージソフトも、その応用としてのASPも、1つのシステム上に1つのルールセットを組み込むアーキテクチャを採用してきた。パッケージソフト を購入した企業は、自社のビジネスルールに合わせ、パラメータを設定するなりカスタマイズを施すなりして利用する。このシステムを他社が利用することはで きない。そこに設定されているのは、パッケージソフトを購入した企業のルールセットだけだからである。

   ASPが提供するのも、基本的に一組のテンプレートである。その種類がいかに豊富であろうと、それはベンダーが定義した1つのルールセットにすぎない。複数の企業が共同して利用することはできるが、それはテンプレートの範囲内で要求を満たせる企業だけである。

   つまり、複数の企業がASPにおいて1組のテンプレートを共同で利用していたとしても、適用されるルールセットは1つだけだということだ。その意味で、ASPはシングルテナントと呼ぶよりは、「シングルルールセット」と呼んだ方が正確だろう。

   このように考えると、「ベンダーが提供するテンプレートで満足する企業数が、ベンダーが想定したよりも少なかった」ことこそが、ASPがテイクオフしなかった理由のように思えてくる。

   SaaSは、マルチテナント技術により、より多くのユーザを1つのシステムで取り扱うことを可能にした。そして、より大きな規模の経済を獲得するこ とに成功した(注2)。獲得した規模の経済を利益源泉として、利用料金を抑え、自社の利益を確保し、さらに差別化されたサービスを提供していくことが、 SaaSベンダーの基本戦略となるのである。


※注2: 言うまでもないが、マルチテナントとは「マルチルールセット」と呼びかえることができる。この議論は、拙著「SaaSはASPを超えた」を参照いただきたい。

次回は

   SaaSを成立させるためのもう1つの技術障壁として、「カスタマイズ技術」について解説する。そして最後に、SaaSの特長や制限から予測される「SaaSの未来」をまとめていく。

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