ユーザーの「意見」ではなく「行動」に注目する

2020年4月7日(火)
羽山 祥樹 (はやま よしき)

はじめに

前回は、エンドユーザーからのニーズが開発者までたどりつくまでに「3つの壁」がある、という話しをしました。今回は、その壁を越えるために、どうすれば良いのかを考えていきます。

ブレーンストーミングしてみる?

「どんな⼈がユーザーだと思う?」とプロジェクトメンバーでブレーンストーミングしてみる、という方法があります。しかし、この方法はうまいファシリテーションがないと、思わぬ方向に転ぶことがあります。

たとえば、ある会社の業務システムを改善するために、関係者で集まってブレーンストーミングをしたとしましょう。メンバーからは、こんな意見が出ました。

「ユーザーは、たぶん30代と40代の男性だ」
「だったら、ユーザーは、きっとこの業務のベテランだよ」
「だったら、ユーザーのITリテラシーは、きっと⾼い。少し難しくても使ってくれる」

そのとき、ブレーンストーミングに参加していた、いちばん偉い人が、口をひらきました。

「きっと、スマホでこの業務をしたがっている」

場は一瞬の沈黙のあと、

「そうですね」
「そうですね」
「そうですね」

と、偉い人への同調ムードになりました。

「きっと」や「たぶん」で展開してしまうディスカッション

最後の、偉い人の言葉に全員がなびいたのは極端ですが、その前のディスカッションでも「きっと」「たぶん」と推測のうえに推測を重ねていたことにお気づきでしょうか。

はたして、「ユーザーのITリテラシーは、きっと⾼い」。この意見は本当でしょうか? 「少し難しくても使ってくれる」は? これらは調査に基づいた客観的な根拠ではありません。開発者の希望的な想像でありはしないでしょうか。

このように、想像でユーザー像を決めると、無意識のうちにステークホルダーに都合の良いユーザー像に寄ってしまいます。これをUXデザインでは「ゴムのユーザー」と呼びます。つくり手の都合で本当のユーザーを超えて、伸び縮みするからです。

都合よく伸び縮みするゴムのユーザー

「ゴムのユーザー」に向けてものをづくりをすると、「つくったけれど、使われなかった…」ということになってしまいます。

それでは、どうすればエンドユーザーの本当のニーズにたどりつけるのでしょうか。

ユーザーの「意⾒」ではなく「⾏動」に注⽬する

エンドユーザーの本当のニーズを知るには、ユーザーの「意⾒」ではなく「⾏動」に注⽬することです。

前回の解説を思い出してください。エンドユーザーに「どんな新商品の食器が欲しいですか?」と訊いたところ、ユーザーの回答は「黒くて四⾓いお⽫がスタイリッシュで、欲しい」でしたね。ところが「今日のお礼に、好きなお⽫をお持ち帰りください」と言うと、全員が「⽩くて丸いお⽫」を取りました。

このとき、注目するべきは「ユーザーが何を欲しいと言ったか」ではなく、「実際にどんな行動をしたか」です。「意見」は、エンドユーザーの主観や、さまざまな思い込みにより、その場その場で、大きく歪みます。

それに対して「行動」は比較的、正直です。特に、実際にそのように行動した、ということは、客観的に観察できる「事実」として扱うことができます。

お皿の例で見てみましょう。ユーザーは「⽩くて丸いお⽫を取る」という行動をしました。これは、ユーザーの本当のニーズが「家にあるほかの食器にあうものがいい」「収納しやすいものがいい」といったところにあったことを示しています。

このように、エンドユーザーの「行動」を拾いあげていくことで、ユーザーの本当のニーズに近づくことができます。ユーザーの発言で「…をしたい」「…が欲しい」といった言葉には要注意です。これらはユーザーの「意見」をあらわしていることが多々あり、実際にその状況におかれたとき、その「行動」をするとは限らないからです。

ユーザーの「意見」ではなく「行動」に注目する

「実際にしたこと」は確かな根拠になる

もう少し、具体的に体験してみましょう。

教材として、「資格を取ろう」と考えているユーザーの心理を考えてみます。たとえば、TOEICや情報処理技術者試験などを思い浮かべてください。質問をします。

【質問】
「資格を取ろう」と思う⼈の⼼理には、どういうものがあるでしょうか。1分くらいで、思いつくままに書き出してみてください。

どうでしょうか。色々な案が出たと思います。それでは、ここで少し角度を変えて、もう一度、質問をします。

【質問】
あなた自身は、これまで資格試験(TOEIC、情報処理技術者など)を受けたことがありますか? そのきっかけは何でしたか。気にしたことは何でしたか。「事実」を書き出してみてください。

1問⽬と2問⽬で、感触が少し異なったのに、気がついたでしょうか。おそらく、あなたの中で、次のような感触のちがいがあったはずです。

・1問⽬
「きっと…だろう」というイメージ。たとえば「きっと会社で勧められたんだろう」「きっと転職のためだろう」など

・2問⽬
あなたが「実際にした」こと。たとえば「会社の昇格条件になっていて、受けるしかなかった」「試験で休日がつぶれて嫌だった」など

2問⽬のほうが、リアルな回答になったのではないかと思います。実は1問目は「どういうものがあると思うか」という「意見」を出す質問でした。それに対して、2問目は「実際にどうしたか」という「行動」を問うていたのです。

意見を出す質問でなく、行動を問う質問をする

また、2問目は、想像ではなく、あなたの身におきた「事実」なので、強力な論拠になります。たとえば、1問目と2問目でそれぞれ、あなたの上司に「それは確実なの?」と言われたとしましょう。1問目は想像ですから、どこかグラつくところがあります。でも2問目は「事実」ですから、そこにあることは確かです。

ユーザーの「意見」ではなく「行動」に注目する、というのは、この確度のちがいです。「したい」ことをヒアリングすると、ユーザーは無意識のうちに想像に寄った回答をしてしまいます。それに対して「実際にしたこと」は事実なので、確かな根拠になるのです。

UXデザインの手法で、「ペルソナ」や「ジャーニーマップ」「ストーリーマッピング」など、ユーザーの状態をあらわすものはいろいろありますが、どれを使うにせよ、その根拠が「想像」か「事実」かで、しなやかさは大きく異なってきます。

ユーザーの「行動」を実地で見る

ユーザーの「行動」を実地で確認するために、ユーザーが作業をしている現場まで訪問することもあります。

たとえば業務システムであれば、ユーザーのオフィスの自席まで行って、実際にそのシステムを操作してもらい、業務の流れのなかで「机の上には何がおかれるか」「誰と話すか」まで記録します。

たとえば、ある業務システムを調査したとき、自席まで行って、ユーザーがシステムを使っているところを見せてもらいました。ユーザーの机のうえには、ふせんがたくさん貼られた製品カタログがあり、業務システムを使いながらカタログを頻繁に確認していました。そこで、この業務システムでは、カタログまでを視野に入れた改善をすることにしました。

実は、事前の打ち合わせでは、ユーザーはカタログについてひと言もふれていませんでした。

ユーザーが嘘をついていたわけではありません。「業務システムのミーティングだ」と思っていたので「カタログは関係ない」と無意識のうちに思考から除いていたのです。しかし、ユーザーの行動を見てみると、現実のユーザーの世界はもっと広がっていたのです。

ユーザーは製品カタログの存在を無意識に思考から除いていた

エンドユーザーと、いま話をしている相手は
イコールではないかもしれない

「エンドユーザーと、いま話をしている相手は、イコールではないかもしれない」という点も意識しておきましょう。

特にBtoBのシステム受託開発では「ユーザー」という言葉が「発注者」を指していることがあります。そして「発注者」は顧客企業の「情報システム室の担当者」であり、現場の実際のエンドユーザーではないことがあります。

「ユーザー」だと思って「発注者」に話を聞いた内容は「発注者」の意見であり、「エンドユーザー」の本当の行動と離れていることがあります。このあたりは、前回で解説した「3つの壁」でもふれています。

できるかぎり、「エンドユーザー」の行動を調べるようにしましょう。

エンドユーザーの「⾏動」を調べるには

今回は、エンドユーザーの「⾏動」、すなわち「実際にしたこと」を調べることの大切さを解説しました。それでは、ユーザーの「⾏動」を知るためには、どうすればよいでしょうか。次回は、具体的にユーザーインタビューに向けた取り組み方を紹介します。

著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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