ユーザーインタビューは、ただユーザーに話を聞くことではない
はじめに
前回は、エンドユーザーの「意見」ではなく「⾏動」、すなわち「実際にしたこと」を調べることが大切、というお話しでした。
エンドユーザーの「⾏動」を調べるには、いくつかの方法があります。代表的なものは、過去の⾏動にフォーカスしてユーザーインタビューする方法や、現場に⼊ってユーザーの⾏動を観察するエスノグラフィという方法などです。
UXデザインは、ユーザー⼼理を明らかにする専⾨技術ですが、そのすべての基本となるのは「ユーザーに会う」ことです。
そこで今回からは、UXデザインのはじめの⼀歩として入りやすい、「ユーザーインタビュー」にフォーカスしていきます。
ユーザーインタビューで気をつけること
ユーザーインタビューとは、エンドユーザーに話を聞くことです。しかし、ただユーザーに話を聞くことと、インタビューすることには、ちがいがあります。
どのような点に気をつけていくか、見ていきましょう。
「…をしたい」「…がほしい」という言葉に惑わされない
ユーザーインタビューは、ユーザーがどのような世界観のなかにいるのか、を探る場です。第1回で紹介したお皿のエピソードでは、ユーザーは「黒くて四角いお皿がほしい」と言ったにもかかわらず、「⽩くて丸いお⽫を取る」という行動をしました。好きなお皿をとってよい、という状況におかれたとき、ユーザーの頭に浮かんだのは「家にあるほかの食器に合うものがいい」「収納しやすいものがいい」といったことでした。つまり、ユーザーにとって食器とは「日常生活」という世界観のなかにあるものだったわけです。
インタビューは、要望を聞いたり、要件をとりまとめたりする場ではありません。インタビューの場では、話の流れにより、ユーザーが「…というものがあったら使いたい」という言葉を口にすることがあります。「…をしたい」「…がほしい」といった言葉には要注意です。これらは単にユーザーの「意見」をあらわしていることが多々あり、お皿のエピソードのとおり、その「行動」をするとは限らないのです。
正しいのはユーザーの「行動」であり、「意見」ではありません。
もうひとつ、すこし角度を変えた例をあげます。グルメアプリの改善のためにユーザーインタビューをしました。「人と一緒にいくレストランを、グルメアプリを使って探すユーザーの心理」です。
あるユーザー(Aさん)は「個室のあるお店が良い」と言い、また別のユーザー(Bさん)は「個室ではないお店が良い」と言いました。一見すると、このふたりはまったく逆のことを言っているようですね。
しかし、発話の前後を含めると、背景が見えてきます。
Aさんの発話は、実は「相手がリラックスできるように個室のあるお店が良い」というもので、Bさんの発話は「相手が緊張しないように、個室を避ける」というものでした。
つまり、AさんもBさんも「相手がリラックスできるように席を選ぶ」という本当のニーズは同じだったにも関わらず、表面的な意味はまったく逆の発話につながっていたのです。
これを、表面的な意味だけで捉えてアプリに反映させようとすると、たとえば「Aさんだけをターゲットに、個室があるお店を検索できる機能をつけよう」となります。
しかし、Aさんが本質的にやりたいのは、個室を探すことではなく相手をリラックスさせることなので、個室だけ検索できても、店の雰囲気や接客のレベルがわからなければ、お店を選ぶことはできません。つまり、Aさんのためにつくったアプリなのに「Aさんにも使ってもらえない」ものになってしまいます。
このように、ユーザーの背景まで掘り下げると、このアプリには「リラックスするためには、個室だけでなく、店の雰囲気や静かさ、接客なども検索できないといけない」という体験が必要だとわかるでしょう。
そして、これはAさんのニーズだけでなく、Bさんのニーズも満たすことになります。
ユーザーの表面的な発言にとらわれず、背景にどのような心理が流れているのか(これを「文脈」と呼びます)に注目しましょう。
1人ずつ話を聞く
ユーザーインタビューでは、エンドユーザーに1人ずつ話を聞くことをオススメしています。特に慣れていないうちは、1人ずつが好ましいでしょう。
これは、複数人で一緒にいると、発言にバイアスがかかるためです。
そのわかりやすい例は、上司と部下が同席するような場合でしょう。上司が「このシステムがほしい」と発言したら、部下は心のなかで「そのシステムはいらない…」と思っていても、表面では「そうですね」と、なかなか否定はしづらいものです。
これは、まったく初対面の人同士でのグループインタビューでも起こります。話すのが上手な人や声の大きい人が「このシステムがほしい」と言ったとき、「自分はそうじゃないのに…」と思っても、なかなか口に出せないことがあります。空気を読んでしまうのです。
上手なファシリテーションがないと、複数人でのインタビューは、本当のニーズに行きつかないことがあります。
また、もうひとつ、利害関係のない相手でないと言えない「本音」があることも。
たとえば、介護についてのユーザー調査では「介護する相手に、しあわせに過ごしてほしい」「介護がたいへんなので、うまくやりくりしたい」といったニーズが出てきますが、調査するうちに、ドキッとするようなニーズに出会うことがありました。それは「介護する相手との意思疎通ができなすぎて、相手を人間だと思えないときがある」というものです。
これは、たいへんセンシティブですが、とても本質的なニーズでした。介護の過酷な一面を、鋭くあらわしていました。
このようなデリケートな「本音」は、身近な家族には漏らすことができないことがあります。利害関係のないインタビューアーだからこそ話すことができるのです。そこまででなくても、インタビューという場で、自分自身を振り返りながら話すことではじめて気がつく、深いニーズもあります。
同じように、見知らぬ人たちに囲まれたグループインタビューの場でも、本音をさらけ出すのは、なかなか抵抗があります。
ひたすらに話を聞く、話をまとめない、否定しない、訂正しない
インタビューでは話を聞くことに徹します。
前述したように、インタビューはユーザーと意見をすり合わせる場でも、要件定義をする場でもありません。「このようにしましょう」と話をまとめることも、ユーザーにシステムの使い方の説明もしません。
インタビューをしていると、よく、ユーザーが何らかの勘違いをしているケースに出くわします。たとえば、実は今のシステムに機能があるにもかかわらず、ユーザーがそれを知らないために、システムが使いづらいと不満をもっている、というようなときです。
インタビューでは、このようなとき、ユーザーの誤解を訂正することはしません。そのまま、話を続けてもらいます。
ユーザーの世界観は、その誤解に立脚して成り立っているかもしれないので、訂正してしまうと、ユーザーがどのような世界観のなかにいるのか、正しくインタビューできなくなってしまいます。
たとえば、カレンダー機能のついたある業務システムのインタビューでは、ユーザーは今日のスケジュールしか表示できない、と不満をもっていました。明日や明後日のスケジュールを確認するために、わざわざ別のシステムを立ち上げていました。
ユーザーにとって、今日のスケジュールを確認するだけでなく、将来の予定を立てることが重要だったのです。
もちろん、このシステムには日付を変更する機能がついていました。しかし、その機能は画面の奥まったところにあり、気がつきづらいものでした。
このときのインタビューは、ユーザーの誤解を訂正せずに最後まで進めました。もし、ユーザーが「このシステムでは明日の予定が見られないので困っています」と言ったとき、即座に「できますよ」と教えてしまっていたら、そのあとに続く、ユーザーにとって将来の予定を立てることがいかに大切であるかを聞くことはできなかったでしょう。
たいへん乱暴なたとえですが、ユーザーインタビューには「1人を犠牲にして100人を助ける」ような割り切りが必要になるときがあります。1人が困っている問題には、往々として他のユーザーも同様に困っています。なので、目の前のユーザーが困っていることには手を差し伸べず、グッとこらえて冷静に観察して、その結果をもとに多くのユーザーをしあわせにするものをつくるのです。すくなくとも、目の前で困っているユーザーを助けるタイミングは、インタビューの場ではないのです。
心構えをしてユーザーインタビューをする
今回は、ユーザーインタビューとは、ただユーザーに話を聞くことではなく、心構えがある、というお話しをしました。次回は、具体的にユーザーインタビューをするための段取りについて触れていきます。