DevRelとエンジニアのキャリア

2022年9月7日(水)
中津川 篤司

はじめに

ここまでの連載を読んでくださっている方であれば、DevRelという仕事に多少なりとも興味を持ってくれたのではないでしょうか(もちろん、この記事から読み始めてくれた方も大歓迎です)。DevRelは開発者向けのマーケティング施策ということもあって、エンジニアからキャリアチェンジする方がとても多いのが特徴です。

そこで今回は、DevRelにおけるエンジニアとキャリアの関係について解説します。

従来の開発者としてのキャリア

「ITエンジニア」は、まだ歴史の浅い職業です。パーソナルコンピューターが生まれたのが1970年代(Wikipediaによれば1974年)ですが、一般的に普及し始めたのは1990年代に入ってからではないでしょうか。そして日本でもITバブルが起き、98年くらいにITを用いた企業がブームになりました。そこからITエンジニアという職業が一気に広がったかと思います。

ということは、まだITエンジニアが一般的になって20年くらいしか経っていません。当時20代後半だった人でも50歳前後くらいで、まだ現役のビジネスマンです。一部の方はプログラマーを続けているかも知れませんし、部長や取締役などの役職に就いている人もいるかも知れません。しかし、今なおモデルケースとしてのキャリアが確立していないのが実情です。

そうした中で、ある程度分かってきているのはプログラマーとしてキャリアを積み重ねるのは、どこかで行き詰まるということでしょう。過去にはプログラマー35歳定年説という言葉がありました(今も有効なのかは分かりません)。35歳くらいを目処にプログラマーとしての成長、役割は終わって次のステップに進むことが求められるという話です。その際、道は主に3つに分かれます。

スペシャリスト

プログラマーとしてのスキルをさらに磨き、他の追随を許さない技術を持つ道です。これはある意味エンジニアにとっての憧れと言えるかも知れません。しかし、技術の浮き沈みが激しい現在においては、1つの技術だけを極めて今後は安泰ということは決してありません。常に技術力を磨き続ける必要があり、さらに未来への投資も欠かせないので非常に大変な道のりになるでしょう。

ゼネラリスト

日本企業で多いのがゼネラリストとしてのキャリアアップです。いわばチームマネジメントや他部署との折衝、クライアントとの調整など技術以外の部分における経験を積んだ人物です。日本ではプログラマーとしてキャリアをスタートし、数年後にチームリーダーやエンジニアリーダーになり、徐々にマネージャー職へキャリアアップしていくケースが見られます。順当に進んでいるように見えますが、徐々に技術から手が離れてしまうのを嫌がる人たちがいます。トレンドになる技術が分からなくなり、過去の経験から判断しがちにもなるでしょう。

サポートエンジニア・セールスエンジニア

エンジニアとしてのスキルをベースに、他の職種に進んでいくパターンです。他の職種に移ることで、自分の新しい価値を見いだせる人たちも多いですが、純粋なエンジニア職でない点で悩む方もいます。これらの職業の場合、部署も開発部門ではないことが多いでしょう。そのため、ゼネラリスト以上に開発現場から遠くなってしまうことで、エンジニアとしてのスキルが止まってしまう点を気にする方は多いです。

DevRelという新しいキャリアパス

そうした中で、あなたに知って欲しいのがDevRelです。DevRelという職種があるわけではなく、DevRelに関係する職種は多数あります。その多くがエンジニアとしてのバックグラウンドを必要としています。エンジニアのネクストステップを考える上で、DevRelはきっと役立つはずです。

ここでは、DevRelに関わる主立った職種、特に開発者というキャリアからの転身を前提に紹介します。

エバンジェリスト・アドボケイト

エバンジェリストやアドボケイトというと宗教系用語になるのですが、正確にはテクノロジーエバンジェリストやデベロッパーアドボケイトなどと呼ばれます。呼び方は違いますが、役割としてはそれほど大きくは変わらず、企業によって呼び方が違う程度です。大きな役割としては、企業やサービスにおける開発者向けの窓口になることにあります。

登壇している例

登壇している例

例えばイベントで登壇したり、ワークショップ用のデモアプリを作る、技術系のブログ記事を書く、コミュニティで受けた質問に答えるなどが主な仕事になります。開発現場の最前線に立つことはありませんが、技術に関するバックグラウンドがないと魅力的なエバンジェリスト・アドボケイトになるのは難しいでしょう。

【エバンジェリスト・アドボケイトの主なタスク】
 ・イベント登壇
 ・コミュニティ窓口
 ・ブログ執筆
 ・デモアプリ作成
 ・ワークショップ実施
 ・ハッカソンサポート
 ・Q&A

コミュニティマネージャー

サービスなどを使ってくれている開発者が集まるユーザーコミュニティをまとめ、盛り上げていくのがコミュニティマネージャーの役割です。イベントの設計や登壇者のアテンド、会場の準備などが主な仕事になります。最近ではオンラインイベントが盛んなので、会場の準備が必要なく進められるのがメリットになっています。

コロナ禍前のイベントでの懇親会

コロナ禍前のイベントでの懇親会

イベントの設計などは、エンジニアの心が分かっているかどうかで大きく異なります。connpassなどで集客する際のページ内容にもそれが感じられるでしょう。どういったコンテンツがエンジニアに喜ばれるのか、盛り上げられるのかといった観点は開発者としてのバックグラウンドが活かせるポイントになります。

【コミュニティマネージャーの主なタスク】
 ・コミュニティ窓口
 ・イベント設計・実施
 ・ソーシャルメディア運用

テクニカルライター

ブログ記事やドキュメント、ヘルプなどをライティングに関する仕事を行うのがテクニカルライターです。「Content is King」という言葉があるように、インターネット上で最も多いコンテンツはテキストです。また、開発時に最も良く目にするのもテキスト情報でしょう。

単なる文章であれば誰でも書けますが、可読性はスキルです。高いライティングスキルを持った人が書いた文章は読みやすく、理解しやすいものです。逆にそういった観点がない状態で書かれた文章は読みづらく、頭に入ってきません。そういったドキュメントを理解して使いこなすのは困難であり、開発者は離れてしまうでしょう。

【テクニカルライターの主なタスク】
 ・ブログ執筆
 ・ドキュメント作成
 ・APIドキュメント修正

翻訳者/トランスレーター

外資系サービスでは英語でドキュメント提供されることが多いです。しかし、日本企業の多くは日本語でのドキュメントを必要とします。一部の方は英語でも問題ないのですが、チーム全体で考えると日本語化されている方が望まれます。

技術系記事の翻訳は専門の知識やテクニックを必要とします。英語のまま残した方が良いもの、カタカナが良いものもあります。最近では機械翻訳のレベルも上がっていますが、それでも細部の翻訳は人に委ねた方が品質が高いものになるようです。

【翻訳者/トランスレーターの主なタスク】
 ・ドキュメント翻訳
 ・ブログ記事翻訳
 ・サポート問い合わせの翻訳

その他

その他にも自社のオウンドメディアの編集者や編集長といったロールや、DevRel全般のプログラムを考えるプログラムマネージャー、動画編集者などの職種もあります。日本国内では、まだそこまで細分化されておらず、兼務で行う方が多いようです。海外ではグローバル展開が前提であり、DevRelチームも多人数になっていることから、より専門性を持って役割分担されているケースも見られます。

技術力×マーケティング=DevRel

サポートエンジニアやセールスエンジニアは、それぞれサポートや営業といった別のスキルと技術力を組み合わせた職種です。その意味では、DevRel関連職とは、技術力をベースとしてマーケティングを習得している職種と言えるでしょう。マーケティングというと宣伝や広告的なイメージが強いですが、ことDevRelにおいては広告があまり効果的でないこともあり、異なる取り組み(ブログやコミュニティなど)を用いて認知度を高めます。

マーケティングは人に覚えてもらうといった定性的なものに受け止められがちですが、実際にはきちんと数値化したり、結果を測定したりとテクニカルな要素が求められます。そうした部分を技術的に解決する面白さがありますし、最近ではMA(マーケティングオートメーション)という領域もあり、技術力が活かせる場は拡大していると言えるでしょう。

ただ、ブログを書いたりイベントをやっているだけでは、どれほど事業活動に貢献しているのか分かりません。DevRelにはそうした部分もきちんと測定し、数値化していくことが求められます。定性的な活動を定量的に測定し、観測する楽しさはエンジニアとして活動しているだけでは味わえないと思います。

DevRel関連職を探すには

DevRelというカテゴリーの職種を一般的な求人サイトで見つけるのは難しいでしょう。実際、国内の求人サイトに求人情報を登録しようと思っても、DevRelに関係したものは存在しないため、求人サイトを利用するのは難しいのが実情です。

LinkedInでの検索結果例

LinkedInでの検索結果例

外資系の場合、LinkedInを使っていることが多いです。ただし、常時募集しているわけではなく、突然求人情報がオープンになり、雇用したらすぐ閉じるのが一般的です。そもそもエンジニアのように何人でもほしいというよりも、ごく少数の人たちを今すぐほしいといった状態のようです。

そのため、もし気になる求人が見つかったらすぐにトライしてみるのが良いでしょう。探す先としては先に挙げたLinkedInや、ときどきTwitterでも情報が流れてきます。「#DevRel」などでエゴサしてみると情報が見つかるかも知れません。

DevRel関連職に就くには

もしあなたがDevRelに興味があれば、ぜひアウトプット活動を強化してください。例えばブログ記事を書く、開発者コミュニティを立ち上げる、勉強会やカンファレンスで登壇する…などです。オープンソースの開発に参加するのも良いでしょう。とにかくあなたの名前が開発者界隈で知られるように行動しましょう。

先に挙げたアクションは、エバンジェリストやアドボケイトとして活動する上でも大事なものです。あなたの名前が知れ渡り、どういった活動ができるのかを示せれば、雇用する企業は安心してあなたにDevRel活動を任せられるでしょう。

いくつかの企業では、自社のユーザーコミュニティで活発に活動されている方を雇用しています。元々はコミュニティメンバーだった人が、中の人になるという具合です。コミュニティメンバーはその製品やサービスが好きだった人であり、その情熱を知っていればこそ雇用もうまくいくというものでしょう。これは極端な例ですが、ぜひコミュニティ活動に参加してほしいです。そこで出会う新しい人との対話であったり、あなたの知見を共有することは、DevRel関連職に限らず、あなたの未来を明るく照らしてくれるでしょう。

おわりに

今回はDevRelとエンジニアのキャリアとの関係性について解説しました。DevRel関連職の多くはエンジニアとしてのバックグラウンドを必要としています。エンジニアとしてのキャリアがあるからこそ、開発者目線で情報を発信できます。そうして発信された情報は開発者の心に刺さり、彼らを動かすのです。

エンジニアとしての道を突き進むのも良いですが、DevRelという道があることをぜひ知ってください。エンジニアとして力とマーケティングの知識が組み合わさることで、今までとは全く違うキャリアパスが見えてくるはずです。

オープンソース・ソフトウェアを毎日紹介するブログMOONGIFT、およびスマートフォン/タブレット開発者およびデザイナー向けメディアMobile Touch運営。B2B向けECシステム開発、ネット専業広告代理店のシステム担当を経た後、独立。多数のWebサービスの企画、開発およびコンサルティングを行う。2013年より法人化。

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