DevRelで成功しているIT企業とそのサービス
はじめに
先日、「DevRelに興味がある」という方と立て続けにお会いしました。お話しした印象では「DevRel」という単語だけは徐々に知られるようになってきた一方、その内容はまだまだ知られていないようです。そんなときに有効なのは「事例」です。よく知られている企業やサービスの名前を挙げると、一気に話が具体的になって納得感が出ます。
そこで、今回はDevRelをうまく行っているサービスや企業を紹介します。各企業やサービスがどういった活動を行っているかを知ることで、DevRelがより具体的に感じられるようになるのではないでしょうか。
外資系企業のDevRelの取り組み
まずは、外資系企業やサービスから紹介していきます。シリコンバレーを中心として、外資系企業の方がDevRelに取り組んでいるケースは多いので、「DevRelで有名な企業」と言えば外資系を思い浮かべる方も多いでしょう。
GitHub
GitHubは2008年に設立された企業で、まさに開発者のためのリポジトリサービスを提供しています。オープンソース・ソフトウェアへの支援も盛んに行っており、学生向けのプログラムも充実しています。
GitHubは2018年にMicrosoft社に買収されましたが、当時の買収額は8,200億円となっています。わずか10年で一気に成長した恒例と言えるのではないでしょうか。
また、GitHubでは年1回の開発者向けカンファレンスとして「GitHub Universe」を開催しています。2015年より連続して開催しており、2022年は11月09〜10日の2日間、サンフランシスコにて開催されます。
Googleは設立当初からハッカー意識に優れており、開発者を支援してきました。現在は閉鎖されていますが「Google Code」というオープンソース・ソフトウェア向けのリポジトリサービスも提供していました。また、学生向けに「Google Summer of Code」という支援制度もあります。
オープンソース・ソフトウェアとしてはAndroidやChromiumの開発を主導しています。プログラミング言語としてもGo言語やDartの開発でも知られています。コンテナ管理で知られるKubernetesも元々はGoogleが開発をしていたものをオープンソース・ソフトウェアとして公開したものです。
カンファレンスでは「Google I/O」が有名でしょう。今年のGoogle I/OではAndroid向けの各種製品が発表されたり、Flutter向けのアップデートもありました。他にも「Google Cloud Next」や「Chrome Dev Summit」などのカンファレンスも有名です。
情報発信も多数行われており、「Google Developers Japan」や「Android Developers Japan Blog」などが日本語では有名でしょうか。他にもGoogle Cloud認定資格による支援やGoogle Developer Experts制度など、幅広いDevRelプログラムを提供しています。
Apple
Appleは元々ガイ・カワサキさんがエバンジェリストを行っていたこともあり、開発者向けのマーケティングに関して経験が長い企業です(当時はDevRelという単語はなかったですが)。そして、年次カンファレンスの「WWDC」を通して、開発者にAppleの新しいテクノロジーを公開・共有しています。
Appleは秘密主義的な部分があったり、ブランディングを重視する傾向があるため、外部企業やコミュニティが開催するイベントで発表することはほぼありません。とはいえ、今年に入ってSafariに対する開発者の意見を公募したり、WebKitをGitHubに移行するなど、徐々に開発者に寄り添った動きも見せつつあります。
オープンソース・ソフトウェアとしてはWebKitやSwiftが有名でしょう。また、macOSの基盤となっているUNIX上で動くDarwin)もオープンソース・ソフトウェアとして提供されています。
Appleの開発者に対するブランド力はとても強いため、iPhoneが発表されるや否やハックされ、独自のアプリマーケットが形成されました。その結果として、現在のアプリストア立ち上げにつながったと思われます。こうした開発者との結びつきが現在のAppleの強さになっているのは間違いありません。
Twitterはサービス立ち上げ当初、ほぼ全機能がAPI経由で利用できる状態でした。そして、API自体もとても緩く使える仕組みだったため、多くのソフトウェアが生み出されました。リツイート機能は元々サードパーティー開発者によって生み出されたものです。多くのサービスがTwitterと連携し、急成長を遂げました。
そうした中で、突如としてAPIに制限をかけたり、サムネイルが表示されないサービスが出るなど、Twitterの開発者向け施策は揺れ動きが見られました。その結果、Twitterに失望して開発者が離れていったことは間違いありません。その後、何度か開発者に寄り添うと発表したり、また締め付けを行ったりと言動が二転三転しています。
こうした言動の不一致、指針の変更は開発者の信頼を損ないます。まだまだTwitterは利用者が多く、APIも着実にバージョンアップを重ねているので、開発者の信頼を強固にして欲しいですね。
Microsoft
MicrosoftはDevRelで一気に様変わりした企業の好例と言えます。かつてWebブラウザではInternet ExplorerとFirefoxのシェア争いがあり、独禁法に罰せられた当時のMicrosoftは、まるで悪の枢機卿とさえ言われていました。しかし、CEOがサティア・ナデラ氏に変わった辺りから文化が一気に変わってきました。
Windows上でLinuxが動くWSLやVS Codeの提供、開発者コミュニティ支援、MVP施策、[Microsoft Build」の開催などを通じて開発者の信頼を獲得しています。そこにはかつての姿は見られず、毛嫌いする人もずいぶん減ったのではないでしょうか。
なお、MicrosoftにおけるDevRel施策は何度か繰り返されており、チームの縮小・拡大を行っています。かつては日本Microsoftにも多くのエバンジェリストがいました。現在、有名なちょまどさんや寺田さんは米国本社付きのエバンジェリストとなっています。
AWS
AWSといえばパブリッククラウドでナンバーワンのシェアを誇るサービスです。こと日本においてはユーザーコミュニティ施策が強力に行われており、JAWS-UGといえばITエンジニアの方であれば大抵知っているコミュニティではないでしょうか。数十の支部が全国に存在し、年1回行われる「JAWS DAYS」はユーザーコミュニティが主導で行っているカンファレンスです。
AWS本体としても「AWS re:Invent」が毎年行われており、多くの参加者を募っています。そこでは多くの新機能が発表され、それらを試した方たちのブログ記事が一気に公開されます。この量は他のサービスではあまり見られないでしょう。
他にも、オンライン学習コンテンツの提供やTwitch配信、YouTubeなど様々な露出を行っています。AWS Cloud Questのようなゲームで学べるコンテンツも提供しています。
内資系企業のDevRelの取り組み
日本国内の企業にもDevRelは浸透してきています。自社サービスを広めるだけでなく、求人のためにDevRelを推進している企業もあります。ここでは幾つかの事例を、そのカテゴリーごとに紹介します。
SORACOM
SORACOMはIoT向けのクラウドサービスを提供しています。社長が元々AWSエバンジェリストであった玉川 憲さんであることに加えて、初期メンバーの多くがAWSに関わっていた方たちとあって、DevRelを熟知しています。
SORACOM UGというユーザーグループに加えて、初期リリース時に書籍を出版したり、年次カンファレンス「SORACOM Discovery」を開催するなど、積極的なDevRel活動が印象的でした。
SORACOMは最初のAirを2015年9月に発表し、その後2020年7月に200億円でKDDIに買収されています。5年足らずで一気に企業価値を引き上げた要因の1つとして、DevRelの存在も間違いなくあったと言えるでしょう。
mixi
mixiのDevRelチームは2018年にできました。その主な目的は採用チームと連携した露出、そしてエンジニアとの結びつきを作る点にあるようです。そして、主な業務として以下を挙げています。
- 技術コミュニティへの協賛
- 社員による社外活動の促進
- 社内エンジニアコミュニティの活性化
そうした中で、様々なカンファレンスへの登壇、スポンサードなどを通じてエンジニアへのリーチ、認知度を増やしています。
LINE
LINEのDevRelチームは2017年辺りから作られ始めました。LINEの各種APIを開発者に使ってもらい、コミュニティやLINE APIエキスパート制度が作られています。開発者向けカンファレンスとして「LINE DEVELOPER DAY」も開催されています。
LINEというとチャットアプリのイメージがありますが、他にもOCRやIoT、決済など、様々なAPIを提供しています。それらを使ったアプリやビジネス連携を生み出すことがDevRelの大きな役割になっていると考えられます。
さくらインターネット
さくらインターネットにはDevRelチームがあり、10名弱のメンバーが所属しています。カンファレンスへのスポンサードや登壇、コミュニティイベントの開催、自社ブログのさくらのナレッジ向けの執筆などが主なタスクとなっています。
北海道にあるデータセンターの見学ツアーなども開催しており(コロナ禍以降はバーチャル開催)、データセンターやネットワークなどに興味があるインフラエンジニアとの繋がりが強固です。
Forkwell
求人・転職サービスを提供するForkwellでは、エンジニアとの接点作りのためにイベントを開催しています。かつてはコミュニティイベントに協賛する形で関わりを作っていましたが、コロナ禍以降は自分たちでイベントを主催しています。connpassでの参加人数は2万人を超えるなど、急成長しているグループです。
1回のイベントで軽く300人を超えるような集客を実現するなど、オンラインならではのイベント形態となっています(リアル会場で300人を超える人たちが入る場所を用意するのはとても大変でしょう)。良質なイベントを企画し、そこに集まってくれたエンジニアにForkwellの名前を知ってもらえれば、まさに良好な関係性構築と言えるでしょう。
クラスメソッド
ITエンジニアがクラスメソッドと聞いて思い浮かべるのは「DevelopersIO」ではないでしょうか。AWSに関するブログの会社として、クラスメソッドはとてもよく知られています。毎日数多くのブログ記事が投稿されており、会社内に発信文化が根付いているのがよく分かります。
DevelopersIOは営業ツールの1つとなっており、ブログを通じた問い合わせも多いそうです。自社の技術力アピールにもなりますし、ビジネス上でも好循環を生んでいると言えます。テックブログを運営する多くの企業が発信文化の育成に苦労しているので、とても羨ましいのではないかと思います。
2021年2月にはZennの買収も行っており、ますます発信文化が強化されていくのではないでしょうか。
サイボウズ
サイボウズはkintone Caféというユーザーコミュニティが有名です。元々JAWS UGのやり方を模して作られており、全国に支部があります。その中で活躍している方をエバンジェリストとして認定する制度があり、多くの方々が認定されています。
開発者向けという訳ではありませんが「Cybozu Days」や「kintone Café JAPAN」というカンファレンスが実施されています。サイボウズにはとても良いイベント会場があり、多くのコミュニティが会場を貸してもらった経験があるはずです。かくいう筆者もDevRelCon Tokyoシリーズをはじめ、各種カンファレンスやイベントで会場をお借りしていました。こうしたイベント場所の提供も開発者との繋がりを形成するのに大いに役立っています。
おわりに
今回は、外資系・内資系ともに主立ったIT企業におけるDevRelの実施状況を紹介しました。他にも挙げれば枚挙に暇がないくらい、多くの企業がDevRelを行っています。その形に正解はなく、自社リソースや事業特性、対象となる開発者層、目的などによって千差万別です。各企業ともトライアンドエラーを繰り返した結果、現在の形になってきたのだと考えられます(もちろん、今後も変化していくでしょう)。
そのため、自社でDevRelを行おうと思ったときには他社の真似ではなく、自社にあった形を模索するようにしてください。もちろん成功事例は大いに参考になりますが、自社にも適しているかどうかは未知数です。ぜひ皆さんもいろいろと試し、学んでみてください。