日本独自のDevRel施策
はじめに
「これをやればDevRel」という答えは誰にも分かりません。私自身も2014年からずっとDevRelに関わっていますが、特定のパターンがあるわけではありません。それは企業規模、時期、対象とする開発者像、目的、予算などによって異なります。
1つの決まった形にないDevRelですが、それは国によっても特徴が出ます。今回は、日本らしいDevRelについて解説します。
国別のDevRelが生まれる要因
ある程度の開発者がいる国(地域)では、独自のエンジニアリング文化が生まれます。また、特にそれが大きく影響するのは母国語です。そして、独自のエンジニアリング文化があれば、それに合わせてDevRelの形が変わります。
日本について考えれば、市場規模の大きさが挙げられます。2023年時点では世界第3位のGDPがあるため、外資系企業が日本市場に入り込みたいという欲求が生まれます。また、日本企業が日本にいるエンジニアにサービスを提供しても収益が成り立つというメリットがあります。
そして、日本は日本語が母国語です。英語話者は少なく、英語のドキュメントやプレゼンテーションではなかなか注目してもらえません。市場規模がある程度あるからこそ、日本語ドキュメントを作成するための投資を行います。
最後に、日本ではオープンなインターネットが利用できます。国内のサービスはもちろん、海外のサービスでも自由に使えます。海外のサービスでも日本から利用開始できます。これにより、外資系企業は日本市場で受け入れられるかのテストマーケティングが簡単に実現できます。
この3点が日本で独自のエンジニアリング文化、そしてDevRelの形が生まれる要因と言えます。
中国との対比
市場規模で言うと、中国は世界第2位です。市場規模は日本以上に優れていると言えるでしょう。エンジニア人口で言っても日本の10倍以上です。そして中国の母国語は中国語で、言語の壁もあります。
問題は中国の金盾(グレートファイアウォール)です。また、中国政府の監視も問題です。それにより日本企業や外資系企業は中国国内に入り込めず、似たようなサービスが中国内資企業によって作られています。
それもあって、中国ではより独特なエンジニア文化とDevRel文化が形成されているでしょう。2018年当時ですが、CSDN(Chinese Software Developer Network)のユーザーが3,000万人と言われて驚いた覚えがあります。
ただ、中国の友人(香港住み)は中国にはDevRelはないと発言していたり、DevRelCon Chinaは2年開催したあと継続していません(DevRelCon Chinaは開催していた会社が解散してしまったという問題もあります)。
インドとの対比
インドはエンジニア人口で言えばかなり多く、英語とヒンドゥー語が母国語です。多くのITエンジニアが英語を話すため、外資系企業が簡単にインド市場に入り込めますし、インド企業は外資系企業のサービスを利用しています。
インドではスタートアップ企業も多く生まれますが、投資などを受けるとシリコンバレーへ行ってしまうことが多いそうです。そのためDevRelに力を入れるインド企業はまだ多くありません。
とは言え、エンジニア文化としては学生コミュニティやハッカソン文化がとても強く、そうした点は学ぶべきポイントです。ちなみに、筆者は「DevRel Meetup in Bangalore」というイベントを主催しており、インドにDevRel文化を根ざそうと活動しています。
日本のDevRelの特徴
話を日本に戻しましょう。まずは日本のエンジニア文化と、市場や文化の特徴について紹介します。
日本のエンジニア文化
「日本はエンジニアが10万人いる」と言われていますが、その多くは大企業のSIerなどに所属する人たちです。海外ではインハウスとSIerの比率が7:3と言いますが、日本では真逆となっています。このSIerで働くエンジニアの方たちは、あまりコミュニティなどに参加したり、自分の時間を使って自己学習するのは好きではないと言われています。
とは言え、日本ではコミュニティ文化が強力です。1日に数十個のイベントが行われているのは目を見張ります。多くが東京界隈で実施されていますが、コロナ禍になってからはオンラインイベント、そして今はハイブリッド形式でのイベントが増えていますので地方へも情報が素早く共有されるようになっています。
日本市場
日本ではSIerの市場規模が大きいのは前述の通りですが、それもあってサービスを広める際にはSIerとの連携が欠かせません。つまりパートナー戦略を制した企業が成功に近づきます。
また、サービスを採用する際に予算があらかじめ決まっていることが望まれます。AWSでは従量課金サービスであり、そのために採用が難しいという話はよく聞かれます。また、クレジットカード決済ではなく請求書支払いが好まれます。
文化
日本では欧米文化を積極的に取り入れていく傾向がありますが、逆に独自の文化も多数あります。最近であればマンガやアニメなどが挙げられます。
日本の独自文化とDevRel
上述のような特徴を捉えつつ、日本独自の文化とそれをどうDevRelに活かすかを挙げていきます。
マンガ
マンガは日本の強力なコンテンツです。一般人も含めて誰でも楽しめるものは多いですが、さらに技術分野もマンガを通じて学習できます。
例えば、「わかばちゃんと学ぶ Git使い方入門」や「ITエンジニア1年生のための まんがでわかるLinux コマンド&シェルスクリプト基礎編」などもあります。
DevRelについても何パターンもマンガを作成しています。マンガは文字が多くなりすぎないよう、サマライズするのが大切です。さらにマンガとして楽しめることも重要になります。そうすることで、読み手はスムーズに読み進められたり、内容を理解できるようになります。
「マンガで分かる DevRel」
https://speakerdeck.com/moongift/mankatefen-karudevrel
アドベントカレンダー
おそらく世界初のアドベントカレンダーは海外のPerlコミュニティだったようですが、今では日本独自の文化とも言える状態になっています。一般的なアドベントカレンダーはクリスマスが訪れるのを楽しみにするお菓子などが入ったカレンダーですが、ITエンジニアは毎日ブログ記事を書きます。
これを1人で書くのではなく、コミュニティとしてみんなで書くのが特徴です(1人で書く人もいます)。過去ではブログリングと呼ばれる仕組みがありましたが、同様にリレー方式で記事を書きます。これによりコミュニティの強さを維持したり、アウトプット文化の形成につながります。
技術書典
技術書典の原点と言えるのがコミックマーケット(コミケ)です。コミケでサークル出展していたTechBoosterさんたちが技術書に特化したコミケとして技術書典を作り上げています。2023年5月現在、技術書典14まで開催されています。
コロナ禍前には1日1万人集まるイベントでしたが、現在は予約制になったこともあり1日2,000人くらいの参加者になっています。コミュニティで技術書を書いたり、頒布する経験は貴重です。購入者も技術者のため、そこで生まれるコミュニケーションも魅力の1つです。
他にも、技術書同人誌博覧会や情けっとなどの販売会もあります。
もくもく会
「もくもく会」はphaさんの生み出した造語です。黙々と作業する会という意味があります。特に技術に限ったものではなく、1つのテーマを元に集まって黙々と作業するイベント形式です。自宅などで作業しているとついメールを見たり、Twitterをチェックしてしまうものです。もくもく会では他人の目があるので、作業に集中できるのがメリットです。
また、同じテーマで集まっているため、何か質問があればその場で聞けるのもメリットです。多くの場合、イベントの最後で成果を発表します。なお、作業だけに集中するものもあれば、筋トレもくもく会のような、間に筋トレを挟む派生版もあります。
キャラクター・VTuber
日本ではアニメやイラストの文化が強いので、いわゆる「カワイイ」を使ったキャラクターが大勢います。そして、1枚絵を動かしてVTuberになっている事例が多数あります。そうしたVTuberの中にはプログラミングや技術を紹介するものが多数あります。
原点とも言えるのが、Webブラウザやサービスの二次元キャラクター化だったと思います。キャラクター化はサービスへの親近感を高めたり、ロイヤリティーを高める効果があります。この手のキャラクターはTwitterでアカウントを取得し、情報発信に努めていたりもします。
おわりに
DevRelは世界的な取り組みですが、すべて海外から輸入されているものではありません。むしろ日本独自のものも数多くあります。DevRelは押しつけではなく、相互コミュニケーションだからです。そのためには、エンジニアからの理解が重要になります。各国の文化を理解し、その特性に応じて施策を変えなければなりません。
とは言え、日本では他の国と比べて、より独自文化が強いように感じます。そういった点も含めて、楽しくDevRel施策を考えてみると良いでしょう。
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