イーサリアムで見る「PoS」と「PoI」の仕組み

2023年7月26日(水)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
第5回の今回は、仮想通貨のイーサリアムを例に「PoS」と「PoI」の仕組みについて説明します。

はじめに

ブロックチェーンの解説も今回が最後です。前回は、PoWのW(ワーク)に焦点を当てて、ブロックチェーンが改ざんされにくい理由やフォークについて解説しました。今回はPoWの欠点を補うために登場したPoSと、そのPoSの弱点の改良版となるPoIについて、第2の仮想通貨イーサリアムを題材にして説明します。

PoSとは

ビットコインの電力問題

ビットコインが採用しているPoWは、ビットコインのマイニングパワーが肥大化するにつれてさまざまな問題が指摘されるようになりました。

最大の問題は、消費電力の増加です。世界中のマイナーが10分ごとに“役に立たない”当たりマイナー計算を最高スペックのマシンで24時間休むことなく行っています。現在はマイナーの寡占化が進み、CPUやGPUでなく消費電力が小さいマイニング専用ASICが使われていますが、ハイスペックコンピューターを大規模に使っているため消費電力も非常に大きくなっています。また、これだけのコンピューターがフル稼働するには相当な冷却設備が必要です。そこで有力マイナーたちは、アイスランドなど気温が低く、電気代も安いところにマイニング工場を立ててマイニングコストを低減しています。

この消費電力は年間106テラワットと言われており、これはオランダの1年の消費電力量に匹敵するそうです。SDGsやカーボンニュートラルなどが注目される時代に、いつの間にか「金の亡者たちが地球に悪さしている様子」になっているのです。

また、マイナーたちも、マイニングというビジネスにコンピュータや冷却設備などの大きな設備投資が必要というのは収益面でも大きな負担になります。まだビットコインは良いでしょう。価格が高い人気通貨なので、マイニングコストがかかってもリターンが大きいかも知れません。しかし、一般の仮想通貨にとってはPoWは負担が大きい方式です。

PoSとは

PoWの問題を回避するために、いくつかの仮想通貨で採用が広まっている方法がPoS(Proof of Stake)というコンセンサスアルゴリズムです。ひと言でいえば「コインを持っている量(Stake)によって当たりくじの当選率を決める」というものです。PoWが計算パワーである作業量(Work)が大きい人ほど当たりくじを引く確率が高い方式だったのに対し、こちらはコインの保有量が多い人ほど当たりの率が高くなります。

PoSの仕組み

PoSにはいろいろな方法がありますが、時価総額第2位の仮想通貨であるイーサリアムの仕組みでPoSを説明します(図1)。

コンセンサスアルゴリズム(PoS)

図1:コンセンサスアルゴリズム(PoS)

①〜③ 取引情報のブロードキャストからブロック積載
利用者がコインのやり取りを行うと取引が発生し、その情報が全ノードにブロードキャストされ、各ノードのトランザクションプールに蓄積されるのはPoWと同じです。ただし、PoWでは各ノードをマイナー(Miner:発掘者)と呼んでいましたが、PoSは発掘作業は行わないのでバリデータ(Validator:検証者)と呼んでいます。一攫千金を狙う発掘者というよりも、取引を検証する行儀の良い人たちってイメージですね。

④ くじ引き
PoWの場合、ここで世界規模のマイニング競争が始まって当たりくじを引くマイナーが決まるのですが、PoWの場合は単純にくじ引きで当選者が決まります。各ノードの当たりくじ発見競争がないので、マイニングに無駄な電力を消費することがありません。

⑤〜⑧ ブロックの検証と接続
その後の流れはPoWと同じです。当選者はブロック情報をP2Pネットワークにブロードキャストし、各バリデータはそのブロックを検証し、「たしかに当たったのはこのノードで、取引情報も正当です」と認められたところで新ブロックがチェーンに接続されて決済が完了します。

くじ引きのアルゴリズム

こうして流れを比較すると、PoWとPoSの違いは、当選者の決定方法がマイニングからくじ引きに変わっただけだということが分かります。では、どのようなくじ引きなのかを説明します。

PoSはPoWと異なり10分に1回というような思惑は不要なので、くじ引きは毎秒行われます。PoSのStakeは「提供する」とか「出資する」という単語で、この場合はコインを持っている量を意味します。PoSのくじ引きは、コインをたくさん持っているバリデータには当たる確率を高くするというアルゴリズムが入っています。

PoSのくじ引き

図2:PoSのくじ引き

これは「コインをたくさん持っている人は不正をしないだろう」という前提に立っている方式です。大量保有者が有利なルールなのでリスクを犯してまで不正はしないだろうし、コイン1枚の人よりも、不正が発覚したときに失うものが大きいので、そういう人は不正しないはずという仮説です。

また、保有量だけでなく、そこに保有期間も加味したcoin ageという係数によって確率変動を行うケースもあります。こちらは「一見さんより、長くコインを支えてくれてきた常連さんの方が信用できる」という考え方ですね。

PoSの課題

PoSは意図的な10分の遅延もなく、無意味なマイニングに膨大な電力を消費することもない地球に優しい方式です。トランザクションをさばく(検証して記録する)能力も飛躍的に高まるので取引後の決済遅延も通常の集中型仮想通貨並みとなり、取引決済料の高騰も防げます。PoWの欠点を補うためのアルゴリズムで良いことづくめなのですが、課題はないのでしょうか。

よく挙げられる課題は2つあります。1つ目はセキュリティリスクです。しかし、これはPoWの51%と同じく現実的には問題なさそうな指摘が多いです。開発者コミュニティは慎重に考えてアルゴリズムを採用しているので、外野が言うほどのリスクはないと感じています。

それよりも大きな課題が流動性の低下です。ビットコインでもパワーのあるマイナーの寡占が進みましたが、PoSは仕組み的にさらに大口投資家にパワーが集中する可能性があります。コインを多く持っている人がコインを増やしやすい資本主義的な構造で、これは株式を多く持っているほど配当金がもらえるのと似ています。世界的に金利が低い中、利回りの計算できる投資資産的な要素が強くなります。

このため、獲得したコインを市中に売らず再投資に回すバリデータが増え、仮想通貨の流動性が低くなることが懸念されています。実際どうかはまだわかりません。株式の流動性に置き換えて影響を考えてみると、コインの希少価値は高まるかも知れませんが、逆に取引しにくくなって人気がなくなるおそれもあります。最近、PoWからPoSに変更したイーサリアムの現状を見ると、価値は下がらずにむしろ高くなっているようです。

仮想通貨の時価総額と流通量

株式と同じく仮想通貨には時価総額があります。時価総額は1コイン当たりの時価に流通量をかけたもので、流通量は市場で出回っている循環供給枚数です。

表に本稿執筆時点の時価総額ランキングを示します。ダントツ1位はビットコインで565.02ビリオン、2位はイーサリアムで227.90ビリオンです。ビリオンは10億ドルなので、円に換算するとそれぞれ75.5兆円、30.4兆円となります。3か月前の時価総額と比較してみると、XRP(リップル)のようにたった3か月で2倍に急騰している仮想通貨もあり、価格変動が大きいことがわかります。

テスラとメタの時価総額がそれぞれ585.59Bドル、480.99Bドルなので、それらに匹敵しますね。いやはやsatoshiさんたちはすごい金融資産価値を生み出したものです。

表:仮想通貨の時価総額ランキング(2023年4月)

仮想通貨 時価総額(億ドル)
2023/7/24
時価総額(億ドル)
2023/4/13
1 Bitcoin(BTC) $828.87B $565.02B
2 Ethereum(ETH) $321.86B $227.90B
3 Tether(USDT) $118.61B $80.41B
4 XRP(XRP) $55.02B $26.51B
5 Binance Coin(BNB) $52.88B $49.52B
6 USD Coin(USDC) $38.00B $32.38B
7 Cardano(ADA) $15.73B $13.58B
8 Dogecoin(DOGE) $14.28B $11.66B
9 Solana(SOL) $14.19B $8.01B
10 TRON(TRX) $10.51B $7.86B
11 Polygon(MATIC) $9.96B $10.23B
著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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