「DeFi」と「ハイプ・サイクル2023」

2023年9月28日(木)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
第8回の今回は、ブロックチェーンを基盤とした分散型金融の「DeFi」と、毎年ガートナー社が公開する「ハイプ・サイクル2023」で注目されるテクノロジーについて解説します。

はじめに

前回は、DAppsを中心にスマートコントラクトを使ったP2Pアプリケーションの広がりを解説しました。今回はDeFiについて解説します。DeFiの広がりを知れば、これから本格的にWeb3の中核であるP2Pワールドに期待を持てると思います。また、後半ではガートナー社が発表したハイプ・サイクル2023でどのようなテクノロジーが注目されているかも見ていきましょう。

DeFi

DeFi(Decentralized Finance)は、銀行や証券などの金融機関の役割をブロックチェーンのスマートコントラクトによって置き換えるものです。Decentralizedは分散型という意味で、DeFiは「分散型金融」と訳されます。

図1は第2回でP2P(ピア・トゥ・ピア)を説明する際に使用した図です。左側が従来からある集中型の金融スタイルで、右側がP2P型のDefiになります。ここでは金融機関として銀行が描かれていますが、銀行業務だけでなく証券業務や保険業務などさまざまな金融業務を行うDeFiが次々と誕生しています。DeFi型のシステムでは集中管理する存在がないわけですが、いったいどのように運営されるのでしょうか。これを業種別に説明しましょう。

DeFi(分散型金融)

図1:DeFi(分散型金融)

銀行業務

DeFiで銀行業務を行っている主なサービスを表1に示します。ここでは、代表としてMakerDAOの業務について説明しましょう。

表1:主なDeFiの銀行業務サービス

サービス名 主な業務
MakerDAO ・ステーブルコインDAIの発行・管理
・貸付業務
Compound ・暗号資産の貸し借り
Uniswap ・通貨交換
Aave ・暗号資産の貸し借り
・フラッシュローン(無担保の短期ローン)

MakerDAOは、暗号資産担保型のステーブルコインDAIを発行しています。ステーブルコインとは、その価値が特定の資産や通貨にペグ(連動)されている仮想通貨を指します。例えば米ドルにペグしているステーブルコインなら、米ドルに価格が連動するのでビットコインやイーサなどの仮想通貨よりも価格が安定します。

DAIは米ドルに1対1でペグされています。例えばユーザーが1ETH(イーサ)をMakerDAOにデポジットすると、その価値(今なら1,826ドル)に担保率を加味した額のDAIを発行(借り入れ)できます。例えば、担保率が1000%なら182.6ドル分のDAI(182.6DAI)を借りられます。

利用者が、わざわざ自分で保有している仮想通貨を担保としてDAIを取得する目的はなんでしょうか。最も多いのはレバレッジです。利用者は担保としてETHを預けてDAIを借り入れ、そのDAIでさらにETHや他の通貨を購入できます。

証券会社に現金や株式を担保として預けて、その評価額の3.3倍まで株式の取引が行える信用取引と似た構図ですね。担保資産の価値が大幅に低下した場合(担保資産の価値がDAIの発行量に対して精算比率(Liuidation Ratio)を下回った場合)、追加の担保を供給する必要がある点も株取引の「追証」とよく似ています。

レバレッジ以外の利用目的としては、保有するETHを売却することなく資金調達する、取引の支払通貨として仮想通貨よりも安定したDAIを使うことで価格変動リスクを低減する、などもあります。

DAI利用の目的

図2:DAI利用の目的

証券業務

証券業務を行うDeFiには、SynthetixやMirror Protocolなどのサービスがあります。これらのサイトは、株式やETF(投資信託)、商品(金や石油など)などを合成資産としてトークン化して取引できるプラットフォームです。合成資産とは、別の資産の価格にペグ(連動)する金融商品や契約のことです。Synthetixがどのような業務を行っているのか、図3を参照しながら説明します。

Synthetixの主な業務内容

図3:Synthetixの主な業務内容

(1)ネイティブトークンSNX
SynthetixのネイティブトークンはSNXです。利用者は暗号資産の取引所で暗号通貨やドルなどの通貨でSNXを購入し、これがSynthetix内で使われる仮想通貨(トークン)となります。SNXは通常の金融資産と同じく借り入れや利子、手数料などで保有を増やすこともできます。

(2)ステーキング
銀行に預金するのと同じように、利用者はSynthetixプラットフォームにSNXトークンをステーキング(預金)し、合成資産を発行したり手数料収入を得たりできます。

(3)合成資産の発行
利用者はSynthetixにSNXトークンをコラテラル(担保)としてデポジットし、所定のコラテラル率(担保率)にもとづいて合成資産を発行できます。例えば、コラテラル率が1000%なら、その時点のSNXの価値の1/10の価値の合成資産を手に入れられます。上記のDAIと同じく、担保としてロックされたSNXの価値が一定のしきい値よりも下落すると、追加のSNXをステーキングする必要が生じます。

Synthetixで取引される合成資産には「s」という接頭語が付いており、sUSDは米ドルと連動、sXAUは金の価格と連動する合成資産です。株式の場合はsAAPLがアップル、sAMZNがアマゾン、sGOOGがグーグルの株と連動する合成資産です。

(4)外貨為替
外貨為替とは、異なる通貨同士を交換する取引のことです。Synthetixを使うことにより、実際の通貨ではなくsUSD(米ドル)、sEUR(ユーロ)、sJPY(日本円)などの合成資産(Synths)の間で外貨為替を行うことができます。

(5)デリバティブ取引
Synthetixでは、さまざまな合成資産にもとづいてデリバティブ取引を行うことができます。デリバティブ取引とは、株式や債権、外国為替などの原資産から発生した金融取引のことで、先物取引やオプション取引などに分類されます。

先物取引とは、将来のある時点で決められた価格で商品を売買する契約です。例えば、農家が収穫前に作物の売却契約を行うことにより、収穫時に価格が急落しているというリスクをヘッジ(回避)できます。

一方、オプション取引とは、将来のある時点で決められた価格で商品を売買する権利を買う契約です。例えば、投資家が株価が上昇すると予想してオプション取引を行っておけば、実際に株価が高騰した場合に相場より安く買って大儲けできます。

このように、デリバティブ取引は価格変動リスクのヘッジや収益追求に使われますが、DeFiではこれらを実際の商品や株ではなくバーチャルな合成資産を用いて行うことができるのです。

保険業務

DeFiで保険業務を行うサービスも続々誕生しています。Nexus Mutual、InsureDAO、Etheriscなど多くのサービスが独自の保険商品を作って販売しています。ただし、今のところ暗号資産の喪失など、スマートコントラクトに関連する金融損失に対する保険が主流です。生命保険や車両保険など実物資産に対する保険は探しても見つからなかったので、P2Pでどこまでできるかが今後の課題だと思われます。

ここでは、Nexus Mutualの業務について図4を用いて説明しましょう。Nexus Mutualは、独自の仮想通貨(トークン)であるNXMを使って保険の購入や災害時の賠償金受け取りを行います。Nexus Mutualで提供しているカバー(保険商品)も、主に暗号資産の損失を補償するものです。

Nexus Mutuakの主な業務内容

図4:Nexus Mutuakの主な業務内容

例えば、Nexus Mutualで前述の「MakerDAO MCD」というカバーを購入すれば、Makerプロトコルにバグや脆弱性があってユーザーが預けている資産が失われたり、ステーブルコインDAIの安定性が損なわれたりした場合に補償してくれます。カバー(Cover)とは、保険が補償する範囲や内容のことで、日本では保険プランといった感じでしょうか。

(1) 保険の加入
Nexus MutualのWebサイトにアクセスしてMetaMaskなどのウォレットと接続します。サイトに並んでいるカバーの中からMakerDAO MCDを選択し、カバー期間とカバー額を指定するとカバー料金が表示されます。ETHやDAIなどの暗号資産で支払うとカバーが発行され、ウォレットに送られます。

(2)クレーム(申告)
万一、MakerDAOにトラブルが発生して預け入れていたETHやDAIなどの暗号資産が失われた場合は、Webサイトのクレームページから必要書類をそろえてNexus Mutualに申告します。

(3)保険料の審査
Nexus Mutualは、申告を受けてから14日以内に審査を行い、正当性が認められれば保険金が支払われます。トラディショナルな保険であれば、保険会社が正当性を審査して判定します。しかし、DeFiはP2Pなのでここが悩ましいところです。Nexus Mutualでは、最終的な支払いの判断はメンバーの投票で決まる仕組みになっています。

(4)公開
Nexus Mutualのトランザクションと資金の動きは透明性のためにすべて公開されており、ブロックチェーン上で誰でも閲覧できます。

不動産取引

不動産取引をデジタル化し、より流動性のある投資機会を提供するサービスも誕生しています。ここでは、代表例としてLABS Groupのサービスについて図5を用いて説明しましょう。LABS Groupの取引の流れは次のようになります。

LABS Groupの主な業務内容

図5:LABS Groupの主な業務内容

(1)不動産プロジェクトの登録
不動産開発者(デベロッパー)は、LABS Groupのプラットフォームに不動産開発プロジェクトを登録します。

(2)不動産所有権のトークン化
LABS Groupはプロジェクトの評価や審査を行い、不動産所有権をトークン化します。評価や審査はLABS Groupが持つ専門家チームが行い、トークン化の可否や条件を決定して公開します。P2Pのサービスではありますが、評価や審査はやはり特定の専門チームを抱えていないと難しいのでしょう。

(3)トークンの購入
投資家は、LABS Groupに登録されているプロジェクトの情報を参照し、欲しい不動産があればそのトークンを購入します。

(4)トークンの取引
LABS Groupの不動産トークンはライセンス承認した証券取引所で売買できます。例えば、CeFi(中央集権型金融)と呼ばれるトラディショナルなところでは、香港証券取引所とシンガポール証券取引所で取引できます。その他にもRefinable、Enjin、UniswapなどのNFTマーケットプレイスなどでも売買可能です。通常の不動産と同じくトークンの価格も変動するので、投資家はタイミングを見計らってトークンを売却します。

(5)トークンの配当
トークンの所有者は、不動産からの収益(賃貸料や売却益)をスマートコントラクトを利用して自動的に受け取ります。

ところで、LABS Groupの不動産取引がわざわざ不動産をトークン化して売買するメリットはなんでしょうか。一番の理由は、不動産所有権を小口化して参加者の敷居を低くし、流動性を高められることです。不動産のトークン化は物理的な存在とは別にトークン化できます。例えば、1軒の家を1000トークンに分割すれば、少額でも不動産投資に参加できるようになります。

表2:主なDeFiの不動産取引サービス

サービス名 特徴
LABS Group 不動産開発者と投資家が不動産取引を効率的に実現できる。不動産投資のプラットフォーム
RealT 米国の不動産の所有権をReal Tokenというトークンにして分散型取引所で売買できる。投資家は不動産からの収益を配当として受け取れる
Realio 不動産やその他の資産(暗号資産や金融商品など)をトークン化して、分散型ネットワーク上で取引させるプラットフォーム

その他の業界

銀行、証券、保険、不動産以外にも、DeFiのような分散型サービスが考えられます。例えば、仮想通貨の取引所も、CoincheckやGMOコインなどのように特定の企業が運営するのではなく、DeFi SwapやPancakeSwapなどのような分散型取引所(DEX)がいくつも登場しています。しかし、調べてみると金融以外へのP2P型モデルは、まだそれほど多くないようです。今後、建築や運輸、製造、小売、サービスなどの業界でもP2Pモデルが広がってゆくのでしょうか。

DeFiのメリットと課題

Web3、すなわちP2Pモデルの広がりを予想する上で、分散型にするメリットを把握しておく必要があります。トラディショナルな中央管理型の金融機関に対して、DeFiはどのようなメリットがあるのでしょうか。一般的なメリットとしては次のようなものが挙げられます。

(1) 手数料が安い
中央管理者が不要なので、その分、取引手数料を低く抑えることができます。

(2) グローバルアクセス
DiFiプラットフォームはグローバルなので、インターネットにアクセスできれば世界中の誰でも売買できます。例えば、証券DeFiの場合は証券取引所がない、規制があるなどでアップルの株を買えない国に住んでいる人でも、DeFiでsAAPLを買えるようになります。

(3)24時間365日
トラディショナルな金融機関は特定の時間帯しか開いていませんが、DeFiプラットフォームは24時間365日稼働しているので、いつでも取引できます。

課題としては、まだ流動性が低いこと、新しい形態なのでセキュリティに問題がないか一抹の不安があること、GAS料金が高くなると手数料が安いとは言えなくなるリスクがある、などでしょうか。まあ、こうした不安があるのでNexus Mutualなどの保険DeFiが成り立つわけでもありますが。

著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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