クラウドネイティブ啓蒙のためのジャパンチャプター結成の背景をインタビュー
Cloud Native Computing Foundation(CNCF)は2023年11月8日、公式な組織としてコミュニティのハブとなるジャパンチャプターとなるCloud Native Community Japanの結成を発表した。今回はそのメンバーでもある日立製作所の中村雄一氏とサイバーエージェントの青山真也氏、そしてサイボウズでオープンソース推進チームのリーダーとしても活躍し、プレスリリースにもコメントを寄せた武内覚氏のお三方に座談会形式でインタビューを行った。チャプター(分団)の目的やオープンソースへの貢献に関する現状など多くのトピックを語っていただいたがその一部を紹介する。
なお結成に関するリリースは以下を参照して欲しい。
●参考:CNCF Japan Chapter「Cloud Native Community Japan」の設立
今回のCNCFジャパンチャプターが立ち上がったきっかけを教えてください。
中村:話が始まったのは半年前くらいだと思います。日立はLFのプラチナムメンバーとして活動してきたんですが、今年の4月にCNCFのゴールドメンバーになったこともあって7月にLFの代表のJim Zemlin氏と日本の状況について話した時に日本からのコントリビューションがあまり盛んではないことが話題になったんですね。その時からそれをなんとかしたいという思いがありました。当時は私自身まだ国内のクラウドネイティブ界隈の話については知識が足らなくて、サイバーエージェントの青山さんたちがやっているカンファレンス、CloudNative Days Tokyo(CNDT)も始めはCNCF公式かと思ってたくらいなんですよ。でもゴールドメンバーとして参加してCNCFから来た資料を読むと、各国や地域にチャプターを作るというやり方があることがわかりました。そこで日本にもチャプターを作ろうと思ったというわけです。
でもなんでNECとか富士通じゃなくて日立さんなんですか?
中村:日立は他のシステムインテグレーターとは異なり、CNCFへの参加が2周くらい遅れちゃったわけですよ(笑)。なので日本におけるオープンソースコミュニティに対する問題を新たに意識することができたということかもしれないですね。
青山:この話は日本のLFの代表である福安さんから来てそこから中村さんに繋いでもらったんです。私自身もチャプターという仕組みについては知らなかったので、教えてもらいました。
武内:私もこのような組織ができるということを青山さんから伺った感じですね。
そもそも本来のチャプターの目的は草の根的にオープンソースソフトウェアに貢献するエンジニアを増やすということだと思いますが、それだけでは企業内にエンジニアがいる日本の環境では上手くいかないのでは?
中村:それはそうですね。日本のITエンジニアの大多数はシステムインテグレーターに在籍していて、その中からオープンソースソフトウェアに貢献するのが難しいというのを変えたいとは思います。
また日本ではエンドユーザーの企業にいるエンジニアもあまりオープンソースソフトウェアにはコミットしていないとは思いますが、サイボウズの状況はどんな感じですか?
武内:サイボウズには社内で使っているオープンソースソフトウェアのプロジェクトに寄付をする仕組みもありますし、個々のエンジニアも貢献しているんですよ。パッチを書いたりマージしたりする作法も経験者から教えてもらえます。これは私が入社する前からありまして、企業としてその辺は整理されていました。
それって今風に言えば、オープンソースプログラムオフィス(OSPO)という感じですね。サイバーエージェントはどんな感じですか?
青山:サイバーエージェントには全社横断での明確なOSPOはありません。作ろうということで盛り上がったことはあったんですが、実際には100社近くある子会社までカバーするオープンソースソフトウェアとコミュニティに関する包括的なルールを作るのは法務的に難しいということになって、断念した経緯があります。でもエンジニアのマインドセットはOSSやコミュニティへの貢献は当たり前になっているので、特に今は必要ない気がします。ルールにはなっていない分、CTOから定期的にエンジニアに向けてメッセージを出して貢献を促しているという状況です。
OSPOの役割は守り的にはライセンス違反を防ぐなどがありますが、攻めの観点ではインナーソースでエンジニアのリソースを確保することなどが宣伝されています。でも草の根的にオープンソースに貢献するエンジニアを育てる、社内でそういう人を見つけて活用するというのは実際には難しいのでは?
中村:難しいでしょうね。
武内:サイボウズにはOSS推進チームという名前でOSPOがあり、私はそのリーダーをやっています。ただしメンバーはフルタイムでオープンソースへの取り組みにコミットするわけではなく、いろいろな部署から開発者や特許、法律に詳しい人たちが集まって兼務という形でやっています。ただ貢献する作業を経営層に理解してもらって、さらにその先の株主に説明するのは大変だろうなとは思います。個人的には個別に専任のOSPOを組織として作るのは上手くいかないのではと思っています。なぜかというと、最終的に業務でやっている本業の仕事とオープンソースソフトウェアへの貢献という仕事のどちらかを企業が選ばざるを得ない状況がやってきてしまうと思うんですよね。でも兼務という形なら業務も貢献もバランスがとれますし、さまざまな組織にノウハウがたまっていきます。
青山:サイバーエージェントの中も本業と関係のあるプロジェクトに貢献するようになっています。完全に業務に関係ないプロジェクトを選ぶのはあくまでも趣味の範囲になっちゃうんじゃないかな。そもそも業務に関係ないプロジェクトに貢献しても社員として評価されづらいという問題が出る訳です。なので本業と関係のあるプロジェクトに貢献するというのが好ましいやり方かなと。
中村:日立もKeycloakでオープンソースソフトウェアに貢献していますが、組織として貢献するという仕組みがまだできていないんですよ。他社さんだとNTTなどは研究所のエンジニアが貢献しているのは知っていますが、問題は一般のエンジニアが業務の一環として貢献できないことなんですね。
日本は過去もそうでしたけど外圧で変わる国なのでシステムインテグレーターのエンジニアがOSSに貢献しないというのも米国政府が圧力を掛けてくれればとは思いますね。あと省庁で言えばデジタル庁はもっとその部分に動いて欲しいとは思います。でもあそこから出てくる資料を見ると「ここはパブリッククラウドでやる」と書いてあることが多い。それまではプロプライエタリのソフトウェアとしてスライドに書かれていたものが、レッドハットのオープンソースソフトウェアに置き換わったのがつい最近ですが、それがAWSなどに変わっただけ。企業が自社のエンジニアを使って業務の中からコミュニティに貢献するみたいな感じになって欲しいんです。
中村:それはそうですね(笑)
武内:私は日本にオープンソースソフトウェアへのコントリビュータが少ないという認識は間違いだと思いますね。個人として頑張っている人はとても多いです。でも企業に組織として貢献する仕組みがあるケースが少ないというのが私の認識です。個人のエンジニアは頑張っていますよ。
企業内で貢献しているエンジニアを可視化するような仕組みがあれば良いんですかね?
武内:それだけではダメでしょう。やっぱり経営者がわかる形式でオープンソースソフトウェアへの貢献がビジネスにプラスになるというように説得することが必要だと思います。
中村:オープンソースソフトウェアへの貢献がエンジニアの当たり前になって欲しいですね。そのためには使うだけではなく貢献することが回りまわってビジネスとして正しいという方向に持って行く必要があります。
今後の予定としてお三方はどう考えていますか?
中村:まずはミートアップなどのイベントを継続して実施するのは前提で、もっとLFのリソースを使って経営層を説得するような啓蒙活動を実行するという仕組みを作りたいですね。そうしないとシステムインテグレーターは変われないから。
青山:最初はグローバルなオープンソースコミュニティとの距離感を短くしたいというのが目的です。それができて次にエンジニアが貢献するというところまで行ければ良いと思います。
武内:オープンソースソフトウェアへの貢献の動機づけが必要かなと思います。企業のトップ層に貢献の意義が響いていないようなことがあれば、中村さんと同じですが、LFの人からトップ層に情報をインプットするようなことができるとよいのではと思います。
でもOSSへの貢献に対する動機までは理解できたとして、では自社でどうするのか? という部分はそれぞれ規模や組織によって変わりますよね?
武内:それに関して言えば、すでに上手くできている企業の事例を紹介して組織としてのノウハウを活用して欲しいなとは思います。
日立とサイバーエージェント、そしてサイボウズというベンダーとユーザー企業というそれぞれの立場でオープンソースソフトウェアへの貢献を増やすためには、業務との関連性を持つことや経営層の意識を変える必要があるという部分では一致していた。一方で、その仕組みと組織作りについてはこれから試行錯誤が必要だろうというのが2023年11月時点での状況だろう。1年後にCloud Native Community Japanの活動を振り返って定点観測を続けたいと思う。組織の中のエンジニアが組織の求める要件を満たしながらオープンソースソフトウェアとコミュニティに貢献するための仕組み作りについては多くの組織、企業、教育機関などで意見交換が必要だろう。そのためにCNCJがイベントの開催だけではなく議論のための場所を提供する役割を果たして欲しい。
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