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  インタビュー

「Pivotal Labsで作っているのはソフトウェアではなくてチームです」 東京オフィスのダイレクター、ダニー・バークス氏に聞く

2016年2月25日(木)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
アジャイル開発を企業が体得するためのサービスを展開しているPivotal Labsの東京オフィスのダイレクター、ダニー・バークス氏に話を聞いた。

インターネットとスマートフォンがビジネスを変革しているのはなにもIT業界だけではなく小売からサービス、クルマなどの製造業、更に自治体や公共サービスまで幅広くその影響が及んでいると考えるのが妥当だろう。そしてその変化に対応するためのキーとなるのはソフトウェアである。

ソフトウェアを素早く構築してサービスとして提供する、モバイルアプリを顧客からのフィードバックに従ってすぐに修正する、そんなソフトウェアの作り方はアジャイル開発としてある程度の認知を得ているようだ。だが、それを実際に実施しているのはまだまだ限られた企業だけだろう。今回はそんなアジャイル開発を企業が体得するためのサービスを展開しているPivotal Labsの東京オフィスのダイレクター、ダニー・バークス氏に話を聞いた。

Pivotal Labs Tokyoの責任者、ダニー・バークス氏

まずはサンフランシスコのPivotal Labsで責任者をやられていたダニーさんがどうして日本に来ることになったのか、そもそもの経歴の辺りからお聞かせください。

私は大学の時に趣味でPCのプログラミングを始めました。もともとは大学で化学を専攻していて博士課程の途中だったんですが、その可能性に取り憑かれてしまった感じでそのまま博士課程はドロップアウトしてしまったほどです(笑)。その後、初めてちゃんとした仕事を得たのはLotus 1-2-3で有名なLotus Developmentですね。そこでプログラマーとしてワードプロセッサの開発に携わっていました。それから縁があって元Lotusの社員が立ち上げたインフォテリアに1997年に参画してしばらく働いていました。その時に何度も日本には来ていましたので日本のことはその当時から良く知っています。

その後、独立して個人でプログラマーを10年ほどやっていたんですが、独りでやる仕事に限界を感じていたので西海岸のIT企業に入ろうと思って就職活動を始めたんです。その当時、Ruby on Railsに魅力を感じていて勉強を始めていたんですが、勉強するにもあまりドキュメントが無い頃で、色んなブログを読む程度しか方法がなかったんですが、その頃に一番充実していたのがPivotal Labsのエンジニアが書いていたRuby on Railsに関するブログだったんです。ですのでPivotal Labsの名前はよく知っていました。その時にたまたま私の転職を担当していたリクルーターがPivotal Labsの創業者のロブ・ミー(Rob Mee、Pivotal Labsの創業者で現PivotalのCEO)と知り合いで私のResumeを彼に渡してくれたんです。ロブが興味を持ってくれたみたいで彼から連絡が来るからと言われて夜中の2時に電話の前で待っていたら本当にその時間ちょうどに彼から電話がかかってきました。そして2分ほど私がこれまでやってきた仕事について説明をした後、しばらく無言の時間が15秒ほどあった後に「じゃぁ、明日、オフィスに来てインタビューを受けてみないか?」と言われたんです。

なんか急な話ですね。しかもあんまり会話になってない(笑)。

そうですね(笑)。そうして次の朝、まだ40名ほどしか居なかったPivotalのオフィスに行ってインタビューをするのかと思ったらロブに会うとスグに「一緒にプログラムを書こう」と言われたんです。そうやって会ってからあまり説明も無いままに30分か45分くらい一緒に隣同士で座ってプログラムを書きました。そうしたらロブが「うん、君はインタビューにパスしたよ。来週また来てくれる?」ということで一応、OKが出たんです。で、次の週にオフィスに言ったら実際のクライアントと一緒にプログラムを書くことになったんですよ。ペアプログラミングという形で。そこで一日クライアントと一緒に働いて仕事が終わってコーヒーショップでくつろいでいる時に電話がかかってきて「ロブが君に仕事をオファーしたいと言っている」とリクルーターに言われたんです。こうやって私はPivotalで働くことになりました。最初の時も次の時も私にはとても刺激的でなにか凄いことが起こってるという感覚はありました。その時、実際には他の企業でもインタビューを受けてましたので、他に行くという選択肢も有ったんですが、Pivotalに決めました。当時の私はエクストリームプログラミングもあまり知らずになんか変わったことをやっている企業だと言う程度の認識だったのですが、明らかに他のIT企業とは異なっていたことは間違いないですね。そしてロブと一緒にペアでプログラムを書くという体験は言葉では言い表せないようなことでした。こんな風にプログラムを書くことで「1+1=2」ではなくてもっと大きな何かを産み出せるということに気がついたと言ってもいいでしょう。それぐらいにスゴイことが起こせるという感覚を持ったということです。

そのインタビューの形式は本当に変わっていますよね?

そうですね、ですがこれは今でもPivotalがエンジニアを雇う時に世界中で行っていることなんです。我々は経歴や経験に対して「話す」ことではなくて実際に「プログラムを書く」ことでその人の能力を知ることが大事だと考えています。

そしてサンフランシスコのラボの仕事を辞めて日本に来たわけですね?

そうですね。しばらくはプログラマーとして働いてLabsの責任者という形で開発は止めてビジネスをみるポジションに就きました。実際にはちょうどタイミングが良かったんですが、グローバルに拡張をしようと言う時にアジアの中でも日本に拠点を作るという話と私自身が日本をある程度知っているということ、それに既に完成されて動いているサンフランシスコのラボを運営するよりも新しくゼロから作り出すということにチャレンジしたいという私の希望がうまくタイミングが合ったということですね。それが約6ヶ月前のことです。

現在のPivotal Lab Tokyoの状況を教えて下さい。

サンフランシスコでは約100名以上のエンジニアが私の下で働いていましたが、今は東京で新しく組織を立ち上げている最中です。今の社員は6名ですね。そして実際に日本のエンタープライズのお客様と話をしています。そこでは「我々が何をしているのか?」ではなくて「我々が何故このやり方なのか?」を説明しています。そしてその状況というのは実は約2年前、サンフランシスコでエンタープライズのお客様に話をしていることと全く同じことなのです。エンタープライズがソフトウェアをもっと重視するようになっていること、それに今までのやり方ではうまくいかないことを我々ではなくてお客様が語ってくれることでアジャイルなソフトウェア開発の必要性が確実にリーディングエッジなエンタープライズには浸透していると思います。

オフィスには大きなキッチンが設置されている

実際にエンタープライズのお客さんと話をしていて難しいと感じることはなんですか?

それぞれのケースで異なりますが、予算の取り方、プロジェクトの始め方などは従来とはだいぶ違いますね。たとえば従来のソフトウェア開発では最初に「仕様書」があってそれを開発するためにはこれだけの時間とお金がかかりますというものです。そしてその仕様書に書かれているものはだいたいソフトウェアの機能の一覧なのです。でも実際にその機能が本当にユーザーが欲しているものなのか?はわかりません。その答えを得るためにはユーザーに聞くしか無いのです。しかし我々のやり方でそれをするためにはまずプロジェクトがGoサインを貰わないといけないのです。

先日、とあるアジャイル開発プロジェクトを行っている事業部門の方に話を聞いてみたところ、そのプロジェクトには「要求仕様書が無かった」と言ってました。つまり作るべき機能の一覧は無いけれど、とにかくエンジニアを集めてアジャイルでソフトを開発するという決断を行ったということです。そういうトップダウンの決断が必要だということなんでしょうか?

そうですね。プロジェクトの作り方にも違いがあります。チームの中ではデザイナーとプログラマーというのは実際にはあまり従来とやることは変わりませんが、一番大きな点はプロダクトマネージャーを置くことでしょうね。ソフトウエアでビジネスを変えよう、インパクトを与えようとしている時にそれに責任を持てる人をチームに加えるというのは実はかなり大変なのです。でも全ての変化を同時にやる必要はありません。まずは小さなプロジェクト、2~3ヶ月くらいで終わるものをやることです。そしてその効果を機能の数やプログラムの行数ではなくて実際にユーザーがそのソフトウェアをこれまでの方法とは桁違いに良いものであると評価してくれることをゴールとしてプロジェクトのKPIに設定すべきなのです。

Pivotal Labがここで提供するものはペアプログラミングで開発された、ユーザーが本当の意味で欲しいと思うソフトウェア、ビジネスの価値ということになるんですね。

いいえ、実際には我々がクライアントに提供しているのはクライアントが欲しいソフトウェア「だけ」だけではありません。ソフトウェア「だけ」が欲しいならクライアントはプロダクトマネージャー一人を送り込めば良いのです。我々だけでそれを作ることはできますから。でもそれでは意味がないのです。なぜならソフトウェアは常に改善されなければいけません。そのソフトウェアをここで作ったとしてもその開発を常に続けなければ意味がありません。そのための「チーム」をここで作っているのです。そういう意味ではPivotal Labが提供しているのはソフトではなく「チーム」そのものと言えるでしょう。ソフトウェアはあくまでもここでの経験の結果として生まれるもので、それは単にスタートのポジションについたと言うことに過ぎません。それを社内に戻って続けること、顧客のビジネスに価値を与え続けること、それこそが我々の提供できること、と言えるんだと思います。

ソフトウェアが成果ではなくそれを作ったチームこそが成果である、と。チームの和を重視しがちな日本人には意外と納得しやすいのかもしれませんね。ところで約半年、日本に住んでみてどんな印象ですか?

実に快適ですね。私達家族は横浜に住んでいるですが、妻も3人の子どもたちもとっても楽しんでいます。日本は自由で安全なところが素晴らしいです。10歳の息子はひとりで電車に乗ってスポーツクラブに行けますし、上の娘は放課後に同級生と一緒にコーヒーショップでおしゃべりしています。こんなこと、アメリカではできませんよ。あとはクルマを持たなくても良いことがとてもありがたいです。電車などの公共の交通機関が良くできていると思いますね。日本食もとても美味しいですし、今は大好きなお店を順番に回っています。

静かな語り口で自身の経験やPivotal Labsについてを語ってくれたバークス氏だが、世界中のどこに行ってもエンタープライズが抱える問題は変わらないし、チャレンジも同じだと言う。日本は若干スローペースだが、同じことが日本でも起こるだろうという。世界中で行われているアジャイル開発、DevOpsの事例をベースに日本のビジネスをアジャイルに変革するチームを育ててくれることを見守りたいと思う。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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