GitHubのチーフビジネスオフィサーがGitHub自身の変革について語る
2017年6月6日にソースコードリポジトリーサービスの最大手、GitHubが都内でカンファレンスを開催。多くの参加者が集まる中、チーフビジネスオフィサーのタイトルでGitHubの法務や人事などを統括するフリオ・アバロス(Julio Avalos)氏にインタビューを行った。インタビューには日本のカントリーマネージャーである藤田純氏も同席し、GitHubにとってのゴールや日本市場でのチャレンジについて語ってもらった。
日本法人としての今年の目標について、教えて下さい。
藤田氏:GitHubは、インターネットを活用したベンチャーやネット系の企業には早い段階から使っていただいていますが、一方で大企業などにおいてはまだそれほど浸透していないと認識しています。これを改善するために、使っていただいている企業のユースケースをもっと情報として公開していくことが必要だと思います。さらに、GitHubの活用を支援していただけるパートナーも増やさなければいけないと思っています。
それを行う上で足らないもの、必要なものは何だと思われますか?
藤田氏:ネット系企業と大企業の人が交わる場のようなものを提供できればと思っています。そうすることで、GitHubの良さをわかっていただけるのではと考えています。パートナーなどからの提案という流れだけではなく、自然とGitHubの良さが伝わるのではないでしょうか。このイベントもそうですが、異なる業界や規模の違う企業の人たちが出会う機会を提供できればと思っています。
フリオさんに伺います。GitHubの日本法人に期待することは何ですか?
アバロス氏:先ほどの講演ではGitHubの日本法人は営業だけの機能を持つのではなく、全ての機能を持って欲しいと言いました。基本的に私が考えていることをお話しますと、往々にしてシリコンバレーの企業は「自分たちのスタイルが正しい、それをどの地域や国においても同じスタイルを守って欲しい」ということを押し付けがちだと思います。それは自意識が強すぎるせいかもしれません。もっと極端に言いますと、他の国のオフィスにロゴを掲げればそれで良いと考えるのはおかしいということです。日本のオフィスが本社のオフィスに学ぶことがあると同時に、我々も日本のオフィスから学ぶべきだと思います。
それを行うためには単にインテリジェントな人を雇うだけではなく、多種多様な人間に参加してもらわなければいけないと考えています。なぜなら次の偉大なソフトウェアを作るのは、アジアや南米やアフリカの人かもしれないからです。またGitHubはもともとコンシューマー向けのブランド、つまり学生やスタートアップのエンジニアが使うものとして認識されていましたが、エンタープライズのデベロッパーが空いている時間を使ってコードを書くために用いるということもよくあるケースなのです。エンタープライズのデベロッパーからは、認証やシングルサインオンなどについて多くの要望をもらっていましたが、その当時、今から3~4年前ですが、我々のエンジニアは「それは必要なのか?」というように、エンタープライズが求める機能に関して理解できていませんでした。そのように自分たちとは違う人達の求めることについて、ちゃんと向き合うということが必要なのだということを学んだのです。そういう知見を活かして、日本の市場に向き合いたいと考えています。
それを行うためにも日本語による情報発信は必要だと思いますが、日本語化に関しての計画は?
藤田氏:製品の日本語化は重要※だと考えていますが、具体的にお話できる内容はまだ決まっていません。
アバロス氏:ドキュメントの日本語化は、エンタープライズ企業に対して最低限の要件として必要です。プログラミングそのものは、英語や日本語などの言語に依存しないエンジニアにとっての共通言語だと思いますが、サービスとして使ってもらうためには日本語化は非常に重要だと考えています。
※(編注追記:2017年7月14日15時50分更新)GitHub Enterpriseの顧客にはすでに日本語によるサポートが提供されている。
GitHubにおけるソフトウェア開発のスタイルはどんなものですか?
アバロス氏:GitHub自身のソフトウェア開発は、非常にアジャイルな方法論に基づいています。かつてのGitHubは非常にフラットな組織で、誰にもタイトルもついていなければレポートラインも確立していないという状態だったのです。当初我々は、オープンソースソフトウェアを開発するコミュニティに向けてツールを作っていると思い込んでいたために、我々自身の組織もコミュニティと同じでなければならないと考えていました。そしてその状態は、社員数名で始めた当初から数百名になるまで続いていたわけです。ですが、それでは会社としてスケールできないということが分かったので、オープンソース的なアナーキストのカルチャーとスケールを可能にする組織を上手く組み合わせていくことにチャレンジしていると言って良いでしょう。
GitHubは、これからの働き方の大きな実験場というようにみても良いかもしれません。なぜなら我々はプログラマーでも会計担当でも法務担当でも、全員がGitHubというツールを使って仕事をしているからです。他の会社であれば、会計担当や法務担当にはそのための仕事があって、それに会社のロゴが付いていると言う感じだと思いますが、GitHubでは全ての人がまずGitHubを使うユーザーであり、そのワークフローやコラボレーション、コミュニケーションを行うことで共通のビジョンやゴールを持てると思うのです。それを進める中で、新しい組織や仕事のあり方が見えてくるのだと思います。
また日本ではない大企業のコメントですが、GitHubがリクルーティングのためのツールとして使われ始めているということも重要かもしれません。例えば、大学でコンピュータサイエンスを学んだ人がある会社を調べた時に、自分が普段使っているGitHubが社内でも使われているということがわかれば、その人にとってその企業はより関係が深い、つまり自分のスタイルに近いということを理解するかもしれません。また会社がエンジニアのGitHubでの行動を評価することによって、人材の流出が防げるかもしれません。そういう部分も含めて、GitHubは働き方を実験していると言えます。
GitHubにとってのマントラはなんですか?
アバロス氏:それは非常に簡単で「ソフトウェアを書くことを簡単に、そして誰もがアクセスできるように」ということに尽きます。これからソフトウェアによって様々な仕事が変革を強いられていきます。これまでの仕事のうち多くのものが、ソフトウェアによって置き換えられていくでしょう。しかしソフトウェアそのものも、それだけでは使い物にはならないのです。それによって起こされる体験、ソフトウェアによって変わった生活そのものが大事なのであって、スマートフォンとアプリケーションがあれば良いというものではありません。AIや機械学習などによって実装される機能が何かを自動化するためだけに開発されるのではなく、もっと楽しくてクリエイティブでインスピレーションを起こすようなものに使われることを祈っています。
ひとつ例を挙げましょう。GitHubは最近、社員との間で交わすアグリーメント(契約書)をオープンソースにしました。それがBalanced Employee IP Agreementというものです。これまでの契約書は、デベロッパーが開発したコードに対して、企業側は多くの制限を設けて企業側に有利になるように書かれていました。しかしGitHubはこれを間違っていると考え、それを書き直し、オープンソースとして公開しました。これをそのまま使っても良いですし、このコードに対してPull Requestを送って直しても良いわけです。このように、我々は自身でGitHubを使って働き方を変革したい、そして他の人にも体験を変えるツールとして使っていただきたいと思います。
参考:Work/life balance in employee intellectual property agreements
オープンソースソフトウェアを作る時にGitHubを無料で使うということとEnterpriseバージョンとして課金を行うというのはGitHubの思想に反しないんでしょうか?
アバロス氏:それは全く反しないと思います。我々はもともとオープンソースソフトウェアの開発用のリポジトリーとして始まりましたので、基本的にはソフトウェアは公開されるべきだと考えています。ですから、それを非公開にするということは、それを行う企業に対してペナルティ(罰金)を払ってもらうというように捉えてくれたら良いと思います。また大企業においては、オープンソースソフトウェアでも使われているGitHubを使うことで、プログラマーに別のシステムの使い方を教育するコストが不要になるわけです。つまり大企業においても、GitHubを使うことでコストが削減されるということになります。
少し細かい話ですが、GitHub Enterpriseの課金方法が変わりました。これまでのリポジトリーの数から利用者の数に変更になったのですが、これはどうしてですか?
アバロス氏:それは非常に明確で、プログラマーにとって何か新しいことを始めるたびに課金されるというのは自然ではない、クリエイティブではないと思ったからです。それにエンタープライズにおいては、次のプロジェクトでいくつ新しいリポジトリーが必要になるのかは想定が難しいからです。一方ユーザーの数であれば、予め計画することは可能です。そのほうがずっと自然でわかりやすいからです。実際にそうしたことで、どれだけビジネスにインパクトがあるのかはまだお話する段階ではありませんが、とにかくそうすることが正しいということに気が付いて変更した、ということです。
GitHubは創立当初のアナーキーな無秩序の状態からエンタープライズ向けにソリューションを提供できるような組織に自身を変革したという。また課金モデルについても「儲かるからではなくて、それがユーザーにとって自然だから」変更したという辺りにビジネス以前にソフトウェアに関わる人達の目線で活動を行っているのがよく分かるインタビューだった。特にオープンソースソフトウェアによるイノベーションを信じてそれに貢献することと、企業が非公開でソフトウェアを開発することを支援することは思想に反しないという力強いコメントが印象的だった。
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