連載 :
  インタビュー

シスコのDevNet担当者に訊いたコミュニティの育て方とは

2018年8月14日(火)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
自社製品に付随するソフトウェアに関するコミュニティの醸成を目指すシスコシステムズのエンジニアに、「コミュニティ」の意味を訊いてみた。

オープンソースソフトウェアと切っても切り離せないのがコミュニティだ。開発を行うデベロッパー、ドキュメントを書くテクニカルライター、バグに対してパッチを書くコントリビューター、プロジェクトを維持するメンテナーなどそれぞれ呼び名や定義はあるが、ソフトウェアを良くするために多くのエンジニアが企業という枠に縛られずに日夜活動を行っているという点は共通している。

では企業が開発したハードウェアに付随するソフトウェアに対して、はたしてコミュニティは成立するのだろうか? この命題に対してシスコシステムズ合同会社に意見を訊いた。シスコは「Cisco DevNet」というシスコ製品に関連するエコシステムを拡大するために、今後「コミュニティの強化」に力を入れるという。これは2018年7月18日に都内にて開かれた記者向け説明会で何度も語られた言葉だ。

「企業の作るプロプライエタリな製品に対して、オープンソース的なコミュニティは発生するのか? 維持できるのか?」という疑問を持った著者にとって、より深い話を聞くチャンスが来たということでインタビューを行った次第だ。

今回、インタビューに応えてくれたのは、システムズエンジニアリング、ディベロッパーサポートマネージャーの高田和夫氏、同じくシステムズエンジニアリング SDN応用技術室 テクニカルソリューションズアーキテクトの生田和正氏の2名だ。

シスコのコミュニティ戦略を語る高田氏(左)と生田氏(右)

シスコのコミュニティ戦略を語る高田氏(左)と生田氏(右)

先日の説明会でコミュニティを強化するという言葉が何度も登場しましたが、「コミュニティを強化」するというのは具体的に何をするのですか? MSDNのように開発者向けの技術情報を出すということでしょうか?

高田:基本的には情報を出すというのは常にやっていますし、それは続けるつもりです。昨今、ビジネス側からは「こうやりたい」という意図をもってシステムに向かおうという動きがあります。その際に、製品主体の情報発信ではなくて「こういう風にしたい」「こんなことがしたい」というビジネス側の考えを理解して、必要なサードパーティ製品の紹介やサンプルコードなどを提供する。そのための場所としてDevNetが発展し、そのために努力することが「コミュニティを強化する」ことに繋がるのだと考えています。

現状では製品カテゴリーごとにシスコのエンジニアが書いたものを情報発信していますが、コミュニケーションを行うという意味では、すでにフォーラムの中で質問と回答のやり取りも行えるようになっています。

シスコが考えるコミュニティの理想形というかこうなりたいという姿はどんなものなのですか?

高田:ひとつにはお客様同士が「横で繋がれる形」ということですね。つまりシスコが一方的に情報を流すだけではなく、パートナーやお客様同士が情報を交換する、そういう形を目指しています。お客様がデータセンターとかネットワークというカテゴリーの中で必要な情報を見つけられる、そしてパートナーもそこに情報を提供できる、さらにお客様もそこでコミュニケーションできるというようになるわけです。

ユーザーの真の望みは「こういうことができるシステムが欲しい」のような、シスコの製品とは直接つながらないことかもしれません。このような要望にはどう応えるのですか?

高田:その場合はフリーフォーマットで検索を行えるようになっています。例えば「インフラの自動化」であれば、Ansibleなどのシスコ以外の製品についても見つけられます。現状では、まだ英語で入力を行う形です。

ほとんどの情報が英語で、シスコのエンジニアが内容を書いているということであれば、オープンソースソフトウェアのようないわゆる「コミュニティ」は醸成されないと思うのですが。単なるユーザーグループと言うべきでは?

高田:現実的には全ての英語のコンテンツを日本語化することはできませんので、それは優先順位をつけて行うということになります。コミュニティについては、メーカーであるシスコとエコシステムを構成するパートナーがマッチングできる場所になると良いと思っています。今は、まだその途中ということになります。

生田:現段階は、ネットワークインテグレーターやパートナーが次の段階に行けるように、シスコから技術情報やトレーニングマテリアルを提供する場所、そしてパートナーにとっても情報交換を行う場所という位置付けが妥当なような気がしますね。

本当の意味でオープンソースのコミュニティに近いものがあるとすれば、NETCONF/YANG(Yet Another Next Generation)ですね。あのコミュニティは今でもとても活発ですし、そこでは深い議論がなされています。

DevNetでもサンプルコードなどはGitHubで公開されますし、エコシステムの中のパートナー製品についても実際にシスコ側である程度の検証を行うものもありますので、必要とするソリューションをそこで探すということはできるようになっています。

実はIP電話などのアプリケーションに近いものは、日本でも検証を行っています。その傾向がもう少しインフラストラクチャー側にも拡がっていくというイメージです。

そうなると、パートナー側にとっては自社が開発したソリューションをこのポータルに登録しても、競合も同じようなものを登録するといったことも起こってしまうわけですよね?

高田:それについては、シスコとしては特に規制しようとは思っていません。複数の同じようなソリューションが存在していたとしても、それはユーザーサイドで選択できるようにしたほうが良いと思っています。

例えばKubernetesのコミュニティは非常にガバナンスがしっかりしているように思えますし、コミュニティに参加するエンジニアは誰が何をやっているのか、分かるようになっていますよね。そういうガバナンスを社外に向けて公開する予定はありますか?

高田:DevNetはやはりシスコが提供する場所ですので、管理はシスコが行うということになると思います。ただ参加するためのハードルは実は非常に低くて、自分が興味のある領域を選択するだけです。またフォーラムのディスカッションについては、新しくなったプラットフォームのお蔭で誰が何をやっているのか? については可視化しやすいフォーマットになりました。

インタビュー全体を通じて「コミュニティとはなにか?」を考えさせられる時間となった。オープンソースプロジェクトに参加しているエンジニアであれば、GitHubをベースに誰もが参加でき、ガバナンスも可視化されているという最近のオープンソースプロジェクトと比較して、メーカー主導、メーカーの製品に沿った分類、本社と日本支社の圧倒的なリソースの差から日本語化が追いつかない、などの特徴を考えれば違って当然というのは理解できるだろう。

しかし日本からもパートナーやユーザー企業のエンジニアが参加することで、新たな成果が現れる可能性がないとは言い切れない。むしろいつか日本語化されるかも? という夢を追い続けるのは止めて、積極的に英語圏のコミュニケーションに飛び込んだほうが良いのではないだろうか。

また情報の質に関しての課題もある。2018年8月の時点でDevNetのエコシステムエクスチェンジ(Cisco Ecosystem Exchange)では多くのパートナーソリューションが検索できるようになっている。しかしTintriやApprendaなど、すでに操業を停止したパートナーのソリューションがそのままリストに残っているようだ。シスコ製品のラインナップに沿った分類も、情報の更新をシスコ自身が管理するという方法論も、DevNetの本来の目的にマッチしているのかどうか疑問が残った。

なぜGitHubがあれほど支持されるのか? この点をCisco DevNetのエンジニアにはよく考えてもらいたいと思った次第である。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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