OpenStackの本格普及を見据えた認定試験「OPCEL」、企業内クラウドを構築運用するエンジニア教育のスタンダードを目指す
今回のインタビューでは、OpenStackの技術者認定試験をテーマに、企業におけるOSSへの取り組みやエンジニアの育成方法などについて幅広くディスカッションを実施した。事業会社として日本電信電話株式会社NTTソフトウェアイノベーションセンタ第三推進プロジェクト 主幹研究員の水野伸太郎氏(以降、NTT水野氏)、インテグレーターとして日本電気株式会社クラウドプラットフォーム事業部OSS推進センター 主席技術主幹の高橋千恵子氏(以降、NEC高橋氏)、またOPCEL認定試験を実施する特定非営利活動法人エルピーアイジャパン理事長の成井弦氏(以降、LPI成井氏)に話を聞いた。
普及期を迎えたOpenStack、今後は一般企業へも
--OpenStackの日本での状況について、事業会社としての立ち位置からNTTの取り組み状況を教えてください
NTT水野氏:2015年の終わりぐらいから、一般の企業にもOpenStackの導入が進んできたという実感があります。これまではオープンソースのエンジニアをたくさん抱えている企業やインターネット関連企業での導入が多かったのですが、そういう企業以外の一般企業にも普及し始めている感覚です。後はOpenStackそのものだけではなく、関連するソリューションやAWSなどのパブリッククラウドとのハイブリッド化も含めて充実してきています。さらに言えばこれまでコアなビジネスの領域では導入があまり進んでいなかったテレコム系事業者においてもNFV※1という形でOpenStackを採用し始めています、具体的にはAT&Tといった企業になります。ですので、今年はもっと多くの事例が出てくるのではないでしょうか。
※1: NFV(Network Functions Virtualization):仮想化技術を活用することでネットワーク機能を汎用的なサーバーで実現する取り組み
--システムインテグレータとしての立場ではどうでしょうか?
NEC高橋氏:OpenStackは半年に1回という非常に早いリリースサイクルを採用していることもあり、なかなかソリューションを提供する側としては難しい側面があります。ある程度リリースを固定してしっかり動くものを検証し、その上でお客様の要求する個別のニーズを満足させるためにはやはりカスタマイズが必要になります。そういった対応は事業部のエンジニアの仕事になります。NECの中でOpenStackのコミュニティで活躍するエンジニアは多くなってきているのですが、現場でお客様の案件を対応しているエンジニアとなかなか連携できていないという状況も見え始めています。やはりコミュニティで活躍してOpenStackそのものに貢献していても、会社としては顧客向けのシステムにそのノウハウを活かして欲しいですね、ですので私が所属しているOSS推進センターはその両方のエンジニアを繋ぐ役割も担っています。
OpenStackはLinuxと異なりOSより少し上のレイヤーも扱うため社内で関わる人間もエリアが広くなります。クラウドの基盤ソフトとして色々な人が関わってくるので、その分、ビジネスとしてもエンジニアの養成という意味でも影響が大きいのです。
オープンソースへの取り組みを事業に結びつける
--コミュニティ活動で得た知見を現場のエンジニアに伝えてそれを案件に役立てる、NECが取り組もうとしているノウハウは今後役に立つのかもしれません
NTT水野氏:NTTとしてもこの辺りの領域にビジネスの可能性があるので、そこにエンジニアを投入して知見を得ようというのは当たり前ですがやっています。OpenStackの各プロジェクトに参加する際の選び方も当然そういう判断が入っています。もう一つは草の根的に社内のエンジニアが情報交換する文化があり、OpenStackについてもチャットやメーリングリストを使ってコミュニケーションしています。ですのでトップダウンとボトムアップの両方ですね。
NEC高橋氏:NECは自社開発のソフトウェア製品をいろいろ持っています。実はこれまで自社開発の製品とオープンソースソフトウェアを担当していた部門が違っていて、お互いがあまり連携していませんでした。でも最近、そうではなくて自社製品もオープンソースソフトウェアの製品も同じ部門で扱うようになってきたのです。これはきっとOpenStackが出てきたことがきっかけなのだと思います。
例えば、ミドルウェアをとっても自社製品だけではなくてOpenStackを始めとしたオープンソースソフトウェアをちゃんと評価した上でお客様に提案する、そういう非常に良い傾向になってきています。これはNECだけではなくて他のシステムインテグレータさんも同じではないかなと思います。それも全てOpenStackが出てきたことが大いに影響していると感じています。
LPI成井氏:かつてはIT企業の多くが自社で多くのエンジニアを抱えてソフトウェアを開発し、そのソースコードは公表しない方法で優位性を築いていたのですが、現在はオープンソースソフトウェアの開発活動に参加して、自社以外のエンジニアの力も利用してソフトウェア開発を行うことで差別化や優位性を築く時代になったと言えます。また、自社が開発したソフトウェアがコミュニティの審査を通過して採用されれば、そのソフトウェアが関係する分野においては自社が優位になる可能性が大きくなります。OpenStackの世界におけるビジネスモデルも同様だと思います。このような新たなビジネスモデルで優位性を築くことができる力をIT企業の経営者も技術者もつける必要があると思います。
OpenStack専門の認定試験の登場
--これまで自社製品だけをやっていたエンジニアにとってもオープンソースやOpenStackは知らないといけないですね。ではエンジニアにとっての技術獲得手段である認定試験について教えてください
LPI成井氏:LPI-Japanが実施するOpenStackの技術者認定試験「OPCEL認定試験」は、2015年10月のOpenStack Summit Tokyoに合わせてリリースしこれまで実施してきました。OpenStackのコアサービスの構築やOpenStack環境の運用管理を行うエンジニアに必要な技術力を認定するための試験になり、LPI-Japanが定めた学習環境基準をクリアした「OPCELアカデミック認定校」による試験に対応した教育コースも用意しています。OPCELは世界7ヶ国のOpenStackのエキスパート、それにLPI-Japanの理事企業であるNEC、富士通、日立製作所のOpenStackに精通したエキスパートにも協力頂いて開発したものになります。
高橋さんがおっしゃられたように半年に1回リリースされるOpenStackですが、共通の部分を中心に幅広く問題を設定してあります。また、ベンダー固有のディストリビューションに特化していないニュートラルな試験内容になっています。
OPCELの特長とそのメリットとは
--OpenStack Foundationも公式の認定試験をはじめましたが、差別化はどうしているのでしょうか?
LPI成井氏:我々はLinuxの認定試験であるLPICをはじめ、PostgreSQLやHTML5、 CloudStack等の試験を提供してきた実績があります。これらの試験はOPCEL認定試験と同様にLPI-Japanの理事企業であるNEC、富士通、日立製作所の協力を得て開発し、日本の企業の要望に応える試験内容になっています。また、単に知識を問うだけではなく、構築から運用管理までを含めた実践的な内容を網羅しているため、実務現場で活かせるものになっています。
他組織のOpenStack試験の場合、日本語化されていない試験や自宅でも受験可能な試験もあり、受験中の参考書の参照や身代わり受験を防げるのかという不安があります。ある特定のディストリビューションに依存する試験もあります。その点、OPCEL認定試験は、日本語で受験でき、特定のディストリビューションに依存しない試験です。試験はピアソンVUEが提供する全国150ヶ所近くのテストセンターでの受験になりますので、試験の信頼性が担保されています。更に、OPCEL認定試験の受験対策研修コースがNECマネージメントパートナーを始めとする「OPCELアカデミック認定校」で提供されており、受験対策教材も市販されていることから学習環境が整備されています。このような点がOPCEL認定試験の特長です。
エンジニアにとっての認定試験の意義
--認定試験というのはエンジニアの持つ技術を判定する基準になると思いますが、それを推進するために必要なものはなんなのでしょうか?
NTT水野氏:ひとつは会社の中の社員教育の一環として取り入れるというのがあると思います。エンジニアを教育する時にメニューとして既に組み込まれているという状態です。また、資格取得によるメリットという意味では、海外では転職時に有利になるケースがありますが、日本の場合は資格手当のような社内制度があると効果的かもしれません。
NEC高橋氏:最近はお客様からOpenStackの勉強会をしてください、というようなリクエストを頂くことが増えてきました。それも普通の製造業のようなお客様からそういった声が聞こえてきましたので、我々もエンジニアのノウハウを高めていかないといけないと感じています。OpenStackのようなオープンソースソフトウェアの場合はお客様の側でインストールを試せるので、その辺りのノウハウだけではビジネスになりません。もっと高いレベルの技術力が必要になります。そういう意味でも認定試験は役に立つと思います。
NTT水野氏:OpenStackの場合は実は一番難しいのは全体を見据えたアーキテクチャーを構築する部分です。ひとつひとつのコンポーネントに詳しくても、お客様が要求するニーズに応えるためには何をどのように組み合わせて全体としてどういうことができるようにするのか?を理解することが重要なのです。その部分のノウハウはなかなか蓄積できないので、NTTの場合も研究所のエンジニアと案件を担当しているエンジニアがいつも情報交換しながらノウハウを蓄積するようにしています。
OpenStackは特にビッグテント※2という発想でいくつもプロジェクトが立ち上がっていく状況ですので、何が今話題なのか、プロジェクトがどういう方向に行こうとしているのか、を常に見ていないと見間違えてしまいかねないので難しいところです。ですので、認定試験も今後はOpenStack全体のアーキテクチャーに関する教育や、ネットワーキングやストレージなど実際に利用している機能単位で試験科目を選択できると良いと思います。
※2: コアになるコンポーネント技術の周りにいくつも派生的なプロジェクトが存在し自由に組み込むことができる、OpenStackの新しい開発方針
まとめ
OpenStackの企業導入を推進するためにトレーニングコースと認定試験に多くのエンジニアが参加することは、OpenStackに関わるエンジニアの裾野を拡げ、客観的にエンジニアの技能を判断する上で大いに役立つと言える。コンポーネントが多岐に渡り選択肢が多過ぎて全体像が掴みづらいと言われるOpenStackだからこそ、基礎をちゃんと理解するための認定試験は、これからエンジニア教育の一環として組み込むべき施策となるはずだ。
https://opcel.org
- 対象者:
- プライベートクラウドの構築・運用を行うSI事業者
- データセンター事業者
- クラウドサービスを展開する事業者
- 自社サービスのインフラの開発・運用担当者、社内SEの育成
- 社内IT基盤のクラウドへの移行を検討しているエンジニア
- クラウドインフラエンジニアとして1歩進んだキャリアを目指す方
- 前提条件:なし(LPIC-1取得または同等以上のスキルを推奨)
- 試験会場:全国のピアソンVUEテストセンター
- 試験方式:CBT(コンピュータベーストテスト)
- 出題数:60問
- 試験時間:90分(NDAサインとアンケートの時間を含む)
- 対応バージョン:Kilo(本試験は対応バージョンとの特有な依存関係を最小限にしながら認定試験としての有効性を維持できるように開発されているためOpenStackの新バージョンがリリースされても本認定資格の有効性は維持される)
- 受験料:30,000円(税抜)
- 合格基準:合格するためには、およそ6割程度の正答率が必要
- 合格を目指すにあたり望ましいスキルレベル:
- 出題範囲はすべて確認し理解していること
- LPICレベル1ないし2程度のスキルがあること
- OpenStackの経験があること
- 公式サイト:https://opcel.org
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