「競争よりもコラボレーション」Azureチームに聞いたOSSを推し進める理由

2017年4月5日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
プロプライエタリなソフトウェアのマイクロソフトからオープンソースを肯定するマイクロソフトへ。今回はパブリッククラウドサービスであるAzureのアーキテクトなどにインタビューを行い、オープンソースに対する取り組みを掘り下げてみる。

マイクロソフトと言えばかつてはオープンソースソフトウェアを目の敵として敵対していたことは有名だ。元CEO、スティーブ・バルマーは「Linuxはガン」と発言したこともある。実際にはこのバルマー氏の発言はGPL汚染に関するものなのだが、プロプライエタリなソフトウェアのライセンスを販売して利益を得ている企業にとって、無料でサポートが保証されないソフトウェアは嫌悪すべき対象だったであろうことは容易に想像ができる。しかしそのマイクロソフトが今や「Microsoft ♡ Linux」、「SQL Server ♡ Linux」というスライドを使うようになるとはかつてのWindows/Officeセントリックなマイクロソフトを知っているIT業界人にとっては大きな驚きだろう。

この特集では日本マイクロソフト株式会社の複数のチームにインタビューを行い、「マイクロソフトにとってのオープンソースソフトウェアとは?」を掘り下げていきたい。プロプライエタリで閉鎖的、自社製品だけのエコシステムを最優先するマイクロソフトからオープンソースと共存しコミュニティに貢献するマイクロソフトへ。その実態を複数の製品担当、CTOなどへのインタビュー、座談会を通じて理解を進めたい。

まず最初は、マイクロソフトの製品群の中で最もオープンソース的なソフトウェアといっても良いパブリッククラウドであるMicrosoft Azureのチームに話を聞いた。出席頂いたのは藤田 稜氏、新井 真一郎氏、真壁 徹氏、森山 京平氏の4名だ。真壁氏、森山氏はCoud Solution Architectとしてエンタープライズやパートナー向けのAzure利用の支援を行う役割、新井氏はOSS Leadとして日本に1名のオープンソースソフトウェアの推進役、藤田氏は本社所属のAzure上でオープンソースソフトウェアを促進する役割を担っている。藤田氏は「(私の仕事では)Azure上でWindows ServerやSQLを使ってもらっても実績にならないんです(苦笑)」と語るように、Azure上でオープンソースソフトウェアだけを顧客に提案する役割であるという。自社製品のWindowsを売らなくても良いというのは、マイクロソフトの営業活動の一環にオープンソースソフトウェアが一つの重要な売り物として認識されているということである。そんなAzureにおいてオープンソースソフトウェアはどのようなものなのか、HP、IBM、Red Hatという経歴を経て集まった今回のAzureチームのシニアなエンジニアたちの声をお届けしたい。

今回の出席者の氏名と所属は以下の通り。

  • 新井 真一郎(あらい しんいちろう)
    クラウド&エンタープライズビジネス本部
    OSS戦略担当部長
  • 藤田 稜(ふじた りょう)
    クラウド&ソリューションビジネス統括本部
    グローバルブラックベルトセールス部
    OSS Japan Tech Lead
  • 真壁 徹(まかべ とおる)
    クラウド&ソリューションビジネス統括本部
    クラウドソリューションアーキテクト
  • 森山 京平(もりやま きょうへい)
    パートナービジネス推進統括本部
    クラウドプラクティス開発推進本部
    クラウドソリューションアーキテクト

ーーまずマイクロソフトの組織がどうなっているのか整理させてください。

新井 真一郎氏

新井氏:本社組織の話から始めますと、Head Quartersとしての本社と北米は明確に分かれていて北米も一つのSubsidiary、つまり支社なんです。それと同じように日本もHQ直轄のSubsidiaryです。我々は日本支社へのレポートラインと本社のカウンターパートへのレポートラインがある、という構造です。外資の会社によくある日本はAPAC(アジア・パシフィック)の配下みたいなことはなくて、本社と直接につながっている感じです。つまり管理としては日本支社と本社の両方から行われる感じになっています。

藤田 稜氏

藤田氏:私は日本に居て日本のビジネスを担当していますが、所属的にはHQのGlobal BlackBelt Sales(GBB)と言うチームの一員です。真壁や森山はCloud Solution Architectとしてエンタープライズやパートナー向けに仕事をしていますが、私はGBBの中ではOSS担当ということになっています。このチームの他のメンバーにはIoT担当やSAP担当などが居ますが、OSSという肩書を持っているのは私一人なんです。これは何を意味しているかというと「オープンソースソフトウェアに関してはインフラからミドルウェア、DevOpsまで全部やれ」ということなんです(笑)。まだそれぐらいマイクロソフトの社内では立ち上がり途中のカテゴリーということになりますね。実はGBBは以前、Incubationという名前だったというのがそれを表していると思います。

新井氏:組織とは別に採用という面ではマイクロソフトのクラウドビジネスで働くエンジニア(ここではCloud Solution Architectですが)は、オープンソースソフトウェアの経験が無いともう検討すらされないという状況になっていると思いますね。

藤田氏:元々とんがっているエンジニアはオープンソースソフトウェアを常に意識していた、それが新しいCEOになって表面化してきたということかなと。それとクラウドをプラットフォームとして使おうとした場合に、Windowsベースのものだけでは逆に無理があるというのは常識なんだと思います。

ーーそうは言ってもAzureの根幹の部分はいまだにプロプライエタリなソフトウェアなんですよね?

真壁 徹氏

真壁氏:Azureの根幹の一番下の部分にはWindowsとHyper-Vがあります。しかし運用を実現するシステム、プロビジョニングやネットワーク周りではそうとうオープンソースソフトウェアが使われています。また、Azure上で動くSaaS、例えばOffice 365の部品などでは結構、オープンソースソフトウェアが使われています。

藤田氏:良い例はOffice 365と一緒に動くDelveで、これは全部オープンソースソフトウェアで書かれています。SparkやCassandra、Kafkaなどが後ろで動いていますよ。それがAzureの上で数千台規模のサーバーで動いています。

真壁氏:個人的な印象では特にどこにオープンソースソフトウェアを使うか? という明確なルールは無いように思います。ただビッグデータ系はオープンソースソフトウェアを無視してはソリューションを構築できないと思いますね。それぐらいある意味、現実的な見方をしています。

新井氏:マイクロソフトそのものの姿勢が変わってきていて、例えばこれまでは「Compete to Win」だったものが「Collaborate to Win」、つまり「勝つために戦う(競争する)」から「勝つためにコラボレーションする」という風に変わったのが大きいと思いますね。だから社内の物を使えという強制もなくて、その時その時で最善のものを使う、ビッグデータだと今ならオープンソースを選択する、というだけのことですね。

藤田氏:逆に言うとRed Hatのほうが強制がありますね。あそこは完全にオープンソースソフトウェアなので、何かコードを書いたら必ず公開しなくてはいけないというのが明文化されています。

森山 京平氏

森山氏:最近はお客様のほうから「マイクロソフト、オープンソースやってるんだよね? ちょっと教えてよ」って言われるようになりましたね。それもかなり昔からマイクロソフトの製品を使ってもらっているエンタープライズのお客様から。

ーーそれぐらいには少しづつですが、マイクロソフトがオープンソースソフトウェアをやっているという認識が拡がってきたと。マイクロソフトとしてオープンソースソフトウェアを使う側の姿勢はわかりますが、貢献する側としての状況はどんな感じですか?

真壁氏:メジャーなオープンソースソフトウェアのコミュニティのボードメンバーとして参加していますし、Linux Foundationにも参加しました。GitHubの上で一番OSSに貢献しているのはマイクロソフトだというレポートもあります。

藤田氏:エンジニアが普通にコードを書いて普通にコニュニティに還元するというオープンソースソフトウェアの文化は、最近のマイクロソフトにはもう根付いてると思います。

真壁氏:個人的な経験として社内のリポジトリ上で開発していたソフトウェアに対して「明日からGitHubで公開するから」と責任者が宣言する、つまりオープンソースソフトウェアとして公開する、みたいな例をいくつも見ましたね(笑)。社内にはオープンソースソフトウェアとしてコードを書くためのガイドラインはありますし、入社時にオープンソースソフトウェアに対する社員教育がちゃんとあります。

森山氏:お客様向けのソリューションをパートナーさんと開発する際にも広く使って貰うためにはオープンソースソフトウェアとして公開しましょう、みたいな会話は普通にしている感覚はありますね。

真壁氏:ただ全てがオープンソースソフトウェアというわけではないですね、当然ですが。社内にオープンソースソフトウェアを推進するちゃんとした組織があって、そこには法務やオープンソースソフトウェアの専門家がいます。そういう意味では社員のボランティアがやっているというレベルではもう無いですね。社内のエンジニアが書いたコードをGitHubで公開する時に社内のIDとGitHubのIDを紐付けして、誰がどれだけ貢献しているのかをみることができるOpen Source Hubというイントラネットのサイトがあります。それをみれば社内の誰がどのプロジェクトに貢献しているのかは一目瞭然です。

新井氏:社内の開発チームの話をしますと、プロプライエタリなソフトウェアを書くエンジニアとオープンソースソフトウェアを書くエンジニアは分けられているのではなくて同じチームに所属していますね。近々、全営業部門でLinuxを売れという風になる可能性がありますね、これはまだ詳しくはお話できない段階なんですが(笑)。それとAzure Stackに関してニュースが出ていますが、実はAzure Stackには既にMySQLのテンプレートが入っていて(パブリッククラウドの)Azureよりも進んでいる部分もあったりします。インフラとしてはAzure Stackはマイクロソフトが開発するプライベートクラウドですが、既にAzureよりもオープンソースソフトウェア的には進んでいるという(笑)。インフラの部分はマイクロソフトが作っているプロプライエタリなのですが、上で動く部分はオープンソース、と言う感じになるんじゃないですかね。

藤田氏:Azureの観点ではLinuxが欲しいお客様にはLinuxを提供するという自然な姿勢ですね。お客様はLinuxというOSが欲しいのではなくその上で動くアプリケーションが欲しいんですよね。なのでAzureにとってはWindowsかLinuxか? というのはあまり意味が無い気がします。

ーーそういう意味ではマイクロソフトがオープンソースにしない部分というのはどの辺なのでしょう? ちょっと意地悪な質問かもしれませんが。

真壁氏:例えばAzureのベースとなっているWindowsとHyper-Vは今のまま開発を続けていくと思います。あとはActive DirectoryやSQL Server、それにAzure上のAPI基盤であるService Fabric、マシンラーニングなどの最先端の部分、ではないでしょうか。

新井氏:それはその製品がどういうエコシステムに存在しているのか、にもよると思います。周りのソフトウェアが主にオープンソースソフトウェアで構成されているのであれば、オープンソースソフトウェアになるでしょうね。

ーーそれは競争よりもコラボレーション、という発想が元になっているんでしょうね。

今回はマイクロソフトの中でも最もオープンソースソフトウェアに取り組んでいると思われるAzureのチームへのインタビューであったが、OpenStackやRed Hatの話、それって本当にプライベートクラウドが必要なの? という事例の話などに脱線しながらも非常に興味深い内容であった。マイクロソフトのオープンソースソフトウェアに対する姿勢の変化を感じ取って頂けただろうか。次回はミドルウェアにおけるオープンソースソフトウェアへの取り組みをお届けする。

de:code (decode) 2017

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(編注:2017年4月13日11時20分更新)記事公開当初、藤田氏のお名前の漢字が間違っておりました。お詫びして訂正致します。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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