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Web系企業で進む「一芸採用」は、エンジニア主体で企業を選ぶ時代の先駆けになるか?

2012年8月3日(金)
『エンジニアtype』編集部

最近、Web系企業のエンジニア採用にある「トレンド」が見られる。そのトレンドとは、エンジニアの「コード」や「成果物」を見て採用を決める「一芸採用」だ。今すぐ就職や転職を考えていない読者も、または自分で会社を経営している読者も、「これからも開発を仕事にしたい」という方はぜひ押さえておいてほしい。

書類・面接なしCAが導入する「コード採用」

まずは日本でこのトレンドをけん引する企業の事例を紹介しよう。スマートフォン向けBtoCサービスの開発体制を、急ピッチで増強しているサイバーエージェントだ。今年11月末までに計38個のスマホ向けオリジナルサービスを提供すると発表している同社は、5月に2014年度新卒採用エンジニア職において「コード採用」を開始する

サイバーエージェントが導入する「コード採用」とは、与えられた課題に対してプログラムを組み、ソースコードを提出するだけで、面接なしで内定を決定する採用方法のこと。試験で使う言語は、同社が最も多くのプロジェクトに使用しているプログラミング言語Javaに絞られている。新卒者に対してこの施策を実施するあたりに、優秀なエンジニアの囲い込みに対するアグレッシブさを感じる。

同社でエンジニア採用を統括する人事本部技術人事室・シニアマネージャーの大八木晋平氏は、その狙いをこう話す。

サイバーエージェント社人事本部 技術人事室 シニアマネージャーの大八木 晋平氏

「スペシャリストとしてのスキルを見るのなら、まずはその実績(コード)を重視すべきだ」と話す大八木氏

「非常に変化が激しく、また、誰も成功するフレームワークを確立できていないスマートフォンサービス市場においては、われわれは数多くのチャレンジをしていかなくてはいけないと考えています。

そのために、面接過程でやりとりされる表面上の知識だけではなく、本質的に優秀な能力を持つ技術者を採用したいと思っています」

同社がエンジニア採用を強化している狙いは、Ameba関連サービスで得意としていたPC向けBtoCサービスからスマートフォンへの急速なシフトにあった。その背景には、スマートフォンの普及率が前年の3倍ペースで進む(Google社調べ)マーケットの動きに対応したい考えがある。

この流れの中で「コード採用」を実施する狙いは、「これまでと同じような採用施策では、これまでと同じような結果になる」(大八木氏)からだ。同社はこれまで、営業会社としてのイメージが先行し、エンジニアにとっては技術力を磨ける会社としての印象は薄く感じられていた。

しかし、現場のエンジニアで同社の中の人とかかわりがある人は、口々に「サイバーの開発者は優秀」と話す。コード採用のようなエッジーな施策によって、腕を鳴らしているエンジニアのアテンションを集めたいというのが本音だ。

大学在学中、米国デザイン会社で働くことになった日本人エンジニア

同社が実施するような「一芸採用トレンド」は、アメリカではすでに盛んだ。都内の大学在学中に、アメリカのデザイン会社で働くことになったエンジニア 松田祐輔さん(仮名)のケースを紹介したい。

2010年、松田さんは環境ビジネスを扱いながら、デザインやUIに定評があるWebマガジンのサイト制作に携わっていた。当時身に付けていたスキルは、HTML・CSS・PHP。そんな松田さんには、あこがれの会社があった。アメリカはシカゴにオフィスを構えるデザイン会社だ。同社は、ナイキやファストカンパニーなどのWebサイトや、空間デザインを手掛けている。

ある日、同社のボスがジョブボードでインターンを募集しているという情報をTwitterで知った。その時は何となくRTしただけだったが、この機会に自分もチャレンジしてみたいと思ったそうだ。インターンはいつから始まるのか?などリプライを繰り返すうちに、「普段作っているモノをみたい」と言われ、Webマガジン制作をポートフォリオとして提出。次の日には「うん、来てよ」となった。

当時松田さんは、22歳。人脈も経験もまだまだ少ない大学生だ。

松田さんが制作したロゴやアイコンのライブラリー

松田さんが制作したロゴやアイコンのライブラリー

そのデザイン会社で松田さんは、ナイキやファストカンパニー、アメリカ政府系の組織、ロゴやアイコンのライブラリーなどのサイト制作に携わった。インターン期間中には世界中の優秀な広告会社と仕事をする機会もあったそうだ。

現在はその実績を活かして、米国の某スタートアップ企業にエンジニアとして転職。実力を表すポートフォリオであこがれの企業で働く機会を得た典型的な例だ。

冒頭で登場したサイバーエージェントの大八木氏も、「海外では同様の採用方法はすでに行われていること。これまでも、中途採用では一部、コードをかいてもらって選考していたが、優秀な技術者を採用するためには新たな採用方法を導入する必要があると思い、新卒向けも開始した」と語っている。同社の後には、グリーも新卒・中途向けのコード採用を開始し続いた

コードと実績をPRするビジネスマッチングサイト、続々登場

また、一芸採用を支援する周辺サービスも台頭し始めている。その一例が、アイ・アム&インターワークスが提供するビジネスマッチングサイト『スキルプル』だ。

スキルプル』の仕組みは、エンジニアがサイト上に公開するスキルと過去実績を、企業の採用担当が見て、自社のニーズに合致すればエンジニア個人に対してオファーを出すというもの。

上記のようなWebサービスでは、従来の転職サイトでは見ることができなかったエンジニア個人の「一芸」を、つぶさにチェックできる

上記のようなWebサービスでは、従来の転職サイトでは見ることができなかったエンジニア個人の「一芸」を、つぶさにチェックできる

従来のビジネスマッチングサイトとは異なり、本質的な実力で評価されることになるため、エンジニアが希望する適正な就労条件を得られる可能性は高まる。すでに数百名のエンジニア、数十企業が参加している。

ほかにも、「スキルを軸としたエンジニアの学びと出会いを応援するサイト」を標榜する『forkwell』では、自身のスキルを公開したり第三者から評価してもらったりしながら可視化することで、自分にあった仕事選びができるような仕組みがある。自分のスキルレベルを確認しながら求人を探すことができるため、マッチング率を高めることができるだろう。

エンジニア採用を行う上で『GitHub』のアカウント提示を求める場合も、Web系企業の間では徐々に浸透しつつある。企業とエンジニアのビジネスマッチングのあり様は、刻々とアップデートされている。

採用可否を待つのではなく、エンジニアが企業を選ぶ時代へ

これまで紹介したような学歴や経験値ではなく、成果物やコードのみで採用するスタイルは、開発力という観点から見て優秀なエンジニアを採用することに向いている。しかし、従来の履歴書型採用で重視していた、志望動機や対人力が軽視されることにつながるのでは、という懸念がある。

これに対して大八木氏は、「対話の場も大切にしている」と言う。同社では、コーディングテストによる選考を通過し内定を出したエンジニアと、直接会話する機会を設ける予定だそうだ。「入社に際して、応募者のエンジニアの方も働く場として弊社がどうなのか、判断したいはず。対話の場でお互いのことを理解し、配属などに関してもそこで適性を見て決める予定」だと大八木氏。優秀なエンジニアを十分に活かせる現場の環境を作れるかどうかを見極め、チューニングしていくことは一方でとても重要だ。

エンジニアを中心とした幅広い業種・職種の転職希望者のサポートを行う『typeの人材紹介』のキャリアアドバイザー・後藤和弥氏は、「大局的に見れば、上記のような採用トレンドはまだ少数派だ」とした上でこう話す。

「一芸採用トレンドが加速するとすれば、それはエンジニアが他の職種よりも、個人の感性や業務力、チーム力ではなく独自で完結できるコーディングスキルで結果を出してしまうような行動特性が重視されるようになるでしょう」(後藤氏)

先日、イラストコミュニケーションサイト『Pixiv』を運営するピクシブが、ソーシャルリクルーティングサービス『Wantedly』を活用して15歳の高校生を採用したというニュースがあった。学歴や過去の職歴ではなく、実力があれば採用したい企業の機運が高まってきている。エンジニアにとっては、前向きな意味でチャレンジングな追い風ではないだろうか。

取材・文/岡 徳之(tadashiku,inc. ) 撮影/小禄卓也(エンジニアtype編集部)

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