[特別対談:西田宗千佳×尾形慎哉] 技術屋のための「マルチデバイス時代に勝つUI・UX」講座
IT・家電ジャーナリスト
西田 宗千佳氏
「電気かデジタルが流れるもの全般」を守備範囲に執筆活動を続ける気鋭のフリージャーナリスト。主要日刊紙や経済誌、MONO系雑誌にあまねく寄稿し、書籍の執筆も多数。最近は電子書籍関連の著書が多い。近著は『形なきモノを売る時代-タブレット・スマートフォンが変える勝ち組、負け組』(ビジネスファミ通刊/税込1500円)など
株式会社グラグリッド 代表取締役/要求アナリスト・サービスプロデューサー
尾形慎哉氏
UI・UXの専門家。2000年に東北工業大学工学部工業意匠学科を卒業後、U'eyes Designにて、ユーザビリティ開発支援業務に従事。組込みシステムや産業機器など多様な製品のユーザビリティ評価、ユーザーインターフェース仕様設計業務に携わる。2011年に起業して現職へ。HCD-Net認定人間中心設計専門家でもある
―― 最近、Webサービス開発やアプリケーション開発の世界でユーザーインタフェース(以下、UI)やユーザーエクスペリエンス(以下、UX)に対する注目度が上がっています。お2方はこの状況をどう見ていらっしゃいますか?
西田 確かに、最近はプロダクト開発以外のシーンでも、「良いUI」、「良いUX」という言葉をよく耳にするようになりました。ただ、話す人の立場によって、UI・UXの定義がさまざまなのが気になります。
一般にUIとUXは混同されがちだが、「そもそもUXはUIよりも上位の概念だ」と話す尾形氏
尾形 確かにそうですね。
西田 以前わたしの連載記事でも触れたのですが、この分野はわりと主観や感性の話になりがちですよね。そこで専門家の尾形さんから、はじめに「良いUI」、「良いUX」の定義付けをしていただければと思います。
尾形 はい。まずUIというのは、ユーザー、デバイス、コンテンツのそれぞれの要素が大きく影響してきます。すごく基本的なユーザビリティを含むものなんです。例えば、操作性の良いシステムは、一定のルールに基づいていますよね。それをデザインするのがUI。
西田 では、UXとは?
尾形 「ユーザー体験そのもの」を指す言葉なので、より上位の概念ということになります。良いUI、良いUXとは、各企業がそれぞれをどう考えるかによるものと考えています。
西田 今尾形さんがおっしゃったことを、仮に経路検索アプリに当てはめてみると、ユーザーがアプリを操作して、ある部分をクリックしたりフリックしたりする仕組みがUIで、目的地に到達するまでの間にユーザーが体験することがUX、ということですね。
尾形 概ねそうなります。
西田 であれば、UXをデザインするというのは、「目的地までユーザーをどのような方法でナビゲートするのが気持ち良いか」を考えながら、いわばユーザー体験を組み立ててていく作業になると思うのですが。いかがですか?
尾形 おっしゃる通りです。ITにおけるUXというと、どうしても「決められたデバイス・機能だけでやれることを考える」と思われがちですが、それは本来UXが持っている意味とは違っています。
西田 どう違うのでしょう?
尾形 例えば、「目的地にたどり着くまでに、自分が必要としている情報を適切なタイミングで入手できるようにする」といったところから設計するのがUXデザインなんです。目的地に到達するまでの間、待ち合わせをしている相手の状況が分かったり。それに基づいて、必要な機能やデバイスを決めていきます。
From nooccar
デスクトップPCに「向かう」より、タブレット端末を「いじる」方が学習効果が高いのは、体験として記憶するから
西田 今のお話を聞いて思い出したのですが、最近、教育現場のIT化について取材をした際に面白い事例を聞きました。簡単に言うと、学習する際に使用するデバイスを変えることで、生徒たちの学習効果も変わるというんです。
尾形 ほう。
西田 デスクトップPCで教材を見せるのと、iPadのようなタッチパネルデバイスを使って見せるのを比較した場合、後者の学習効果がずいぶん高いと。これは、タッチパネルデバイスを使って学習する方が、手や体を動かしながら学べるという「身体性」を持っているためだと言われています。
尾形 その事例は、まさにUXをどう設計するかにかかわる大切な要素です。つまり、作る側がその製品を「いつ」、「どこで」、「誰に」、「どんな使われ方」をしたいかによって、提示するコンテンツや機能を変えるべきものなんです。
アップル製品のUIだけマネても「良いUX」が生まれない理由
西田 とはいえ、尾形さんがおっしゃる理想的な形でITサービスやプロダクトを開発する機会は、日本ではまだまだ少ないようですね。
「理想のUIを作るには、開発の前段階からUXを練り込まないとダメでは?」と指摘する西田氏
尾形 はい。一部の先進的な企業は取り組んでいると思いますが、本格的にはこれから、という段階でしょうか。
西田 そこで伺いたいのですが、企業の皆さんは製品開発のどの段階でUI・UXについての助言を求めてくるものなんでしょう? 個人的には、ブレストの段階からかかわっていくのが理想的だと思うのですが。実際のところは......。
尾形 業界や企業によってさまざまですね。一般に、Webやアプリ開発の世界では、比較的早い段階から相談いただくケースが多いです。それに比べたら、製造業はまだまだ少ない。とは言っても、製造業の皆さんもUXをデザインすることの重要性は理解してくださるようになってきましたが。企画から設計まで一貫してマネジメントできるケースはそれほど多くありませんね。
西田 ハードウエアはソフトウエアと違って、いったん作ってしまったら後から変更しにくいわけですから、むしろ製造業がUXデザインに力を入れる方が利を得やすいように思うのですが。なぜ浸透していないのでしょう?
尾形 企業によっては、やはり伝統的に「組織の壁」が厚い場合があります。それに、ユーザビリティを真剣に検討しようとすれば当然コストがかかりますが、そのコストに見合うだけの売り上げや利益を事前に把握するのが難しいという問題もあります。そのため、UXデザインへの取り組みを躊躇されるケースが多いのではないでしょうか。
編集部が持ち込んだiPadを触りながら、UXデザインが理想的に反映されたプロダクトについて説明する尾形氏
西田 なるほど。では、尾形さんから見て、UXデザインが理想的に反映されたプロダクトには、どんなものがあると思われますか?
尾形 うーん、そうですね......。わりと自分が無意識に使っているものでしょうか。わたし自身が考える理想的なプロダクトとは、生活の中に定着しているのものです。最近だと、多くの皆さんがiPhoneやiPadのようなプロダクトを作りたいとおっしゃいますが......。
西田 表面的な部分だけマネても、アップルのようなモノづくりはできませんよね(笑)。
尾形 そうなんです。アップル製品のような優れたプロダクトを「どう作るか?」となったときの理想的なプロセスは、そのプロダクトによってどんな日常を描きたいのかをきちんと考えた上で、機能や性能を定めていくこと。表面的にマネても、効果は薄いです。
「UXは設計のコンセプト、UIはそれを具現化する表現法」
西田 ここまで尾形さんのお話を伺っていて、ふと『Suica』のことが思い浮かんだのですが、交通系プリペイドカードである『Suica』で買い物をするというのは、良いUXの一例と言えませんか?
今ではケータイのような日用品とも融合している『Suica』は、理想的なUXデザインを実現しているサービスの一つ
尾形 そうかも知れません。『Suica』によって人々の行動様式は変わりましたしね。一般の方が特に意識せず使えて、生活にも定着している。そういう意味では、まさに良いUXデザインが行われたサービスだと思います。
西田 本来のUXとは、より多くの人に毎日使ってもらえるような仕組みを設計すること。行動様式のデザインであったり、それを実現するための技術や運用システムを含む全体像を指すととらえた方が分かりやすいですね。
尾形 そうです。例えば改札で『Suica』をかざした時、どの角度で読み取るのが使いやすいのか、それと読み取り機側に表示される文字の色や大きさ、文言なども、UIデザインの範疇に入るでしょう。そのUIデザインも、十分な検討や検証を行ったと聞いています。つまり、UXは設計のコンセプトで、UIはそれを形にする上での具体的な表現ということになると思います。
西田 であれば、インターフェースだけでなく、センサー関連の技術なども、UIやUXを左右する重要な要素になりますね。そこで改めて尾形さんに伺いたいのは、一般に「プロダクトデザイン」というと、どうしても「感性」という主観的であいまいな面ばかりがフィーチャーされませんか?
尾形 現実にはそういう側面もあるかと思います。
西田 Webの世界だと、ユーザー行動履歴が簡単に取れることから、クリック率などの具体的な数字からUIデザインを見直すことも行われています。こうした数値的な裏付けに根ざしたUI設計が、製造業やほかのサービス開発の現場にも浸透していくのでしょうか?
(後編に続く)
※本記事は「エンジニアtype」2011年12月公開の記事をThink ITに再録したものです。
>>続きはエンジニアtypeへ
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