AI最前線の現場から【サイバーエージェント】アドテクスタジオ「AI Lab」の取り組み
はじめに
株式会社サイバーエージェントは2013年10月、アドテクノロジー分野における各サービスを開発するエンジニアの横断組織「アドテクスタジオ」を設立しました。現在では7つの子会社を含み200名以上のエンジニアによってRTB(Real-Time Bidding:リアルタイム入札)広告やDSP(Demand-Side Platform)、DMP(Data Management Platform)など20以上のサービスを提供しています。そして2016年1月、アドテクノロジー事業の更なる拡大と、より最適な広告配信技術の研究・開発を目的に、人工知能・機械学習を研究する「AI Lab(エーアイ ラボ)」を設立しました。
本連載では、「インターネット広告を支えるアドテクノロジーとは」「その中でAIが果たす期待・役割」について、AI Labを設立した背景を交えて3回に分けて紹介します。第1回の今回はAI研究やアドテク業界の概要とAI Labを設立した目的、第2回は具体的なAI活用の取り組み、第3回は産学連携への取り組みや今後の展望について紹介します。
AI研究とは?
人工知能学会のWebページでは、AIについて次のように述べられています。
『人工知能(AI)とは知能のある機械のことです。しかし、実際のAIの研究ではこのような機械を作る研究は行われていません。AIは、本当に知能のある機械である強いAIと、知能があるようにも見える機械、つまり、人間の知的な活動の一部と同じようなことをする弱いAIとがあります。AI研究のほとんどはこの弱いAIです』
AIを研究している専門家と一般人との間には、この部分の認識に大きなギャップがあると思います。
最近、世界のトップ棋士の1人に勝利したことで話題になったGoogleの囲碁AI「Alpha Go」も、本当に知能を持っているわけではありません。「知能があるように見える機械」です。ただ、強いAIか弱いAIかという区別は現実問題では大して重要な話ではありません。重要なのは「どちらにせよAIは人間の知的な活動の“一部“と同じようなことができ、かつ一部では人間以上の成果を出すことができる」という現実です。そして、この「一部」が今後どんどんと拡大していくというのは間違いありません。
Alpha Goが話題になったのは、AI研究の進化の速さが世間で目の当たりにされたからです。すでにチェスや将棋では機械が人間のプロを上回っていますが、囲碁だけは手数が多く「まだまだ人間が優位」と言われていました。チェスはおよそ10の120乗、将棋はおよそ10の220乗、囲碁はなんと10の360乗以上の手数があり、人間はこのゲームの戦略を何百年にも渡って世代を継承しながら進化させてきました。機械がその膨大で複雑な計算を処理できるのは10年先だと思われていたのです。
ちなみに日本で「最大の単位」とされている無量大数は10の68乗、Googleの名前の由来にもなっている限りなく大きな数の単位を表す「グーゴル(googol)」は10の100乗なので、10の360乗がいかに途方もない数かが分かります。このことから、囲碁で機械が人間のプロに勝利したという事実は、組み合わせが有限なクローズドな問題設定では「大量のデータさえあればもはや人間は機械に勝てない」ことを示唆しています。
しかし、こと現実にはそのような問題だけで成り立っている社会やビジネスはほとんどありません。そもそも「目的は何か」「その目的を達成するためにどのような問題を解けば良いか」という問題設定のほうが問題を解くよりもずっと難しかったりします。絡み合った複雑な問題は知能を持った人間が整理し、機械がその整理された問題を人間以上のパフォーマンスで解く。そうすることで全体として最大のアウトプットを出す、という構図がAIの応用研究としてしばらく続くと思います。
本当に知能を持つ機械ができるのか、できるとしたらいつなのか。研究者の間でも統一的な見解はありませんが、「いつできるのか」というタイムスケールが異なるだけで、「いつかはできる」というのが共通認識のようです。
AI Labの設立
日々成長を続けるインターネット広告市場。その中でも近年は「アドテクノロジー(アドテク)」が注目されています。これは「アドバーティスメント(広告)」の「テクノロジー(技術)」を指し、「人手では実現不可能なレベルの広告配信を実現する技術」にあたります。技術を活用して広告主とメディア(広告掲載媒体)、そして消費者をwin-win-winに導くために発展してきました。広告主には今までよりも高い広告効果をもたらし、メディアには収益の最大化や広告配信の効率化を実現します。また、消費者はより自分の好み・ニーズにあった情報(広告)を手に入れることができます(図1)。この三者間で誰かが不利益を被るような形ではインターネット広告市場は発展していきません。
アドテク事業を3つに大別すると、広告主に関するアドテク、メディアに関するアドテク、ターゲット分析に関するアドテクがあります。それぞれのアドテクの中でまたいくつかに細分化されますが、サイバーエージェントではほぼすべてのアドテク事業を網羅する形でプロダクトを提供していることが特徴です(図2)。
これまでのアドテクはどちらかと言うと自動化・連携による広告配信の効率化がメインで、広告主やメディアのためのものが多かったという印象です。様々な自動化・連携により広告効率が改善されて単価が下がり、少ない予算でも広告の配信が可能になったことで広告主は出稿の敷居が下がり、広告を増やしやすくなりました。また広告枠を売りたいメディアは在庫をあまり気にする必要がなくなり、収益を増やすために枠を増やしやすくなりました。このように両者の需給バランスが高いところで噛み合い、世の中に出回る広告の量(インプレッション数)はどんどん増えていきました。
その結果、三者間のバランスはどうなったのでしょうか。消費者にとって「ネット広告は邪魔なもの」と捉えられる傾向が強くなってきたように思います。残念なことに、ネット広告に対してネガティブな印象を持つ消費者を中心に、広告を表示させないようにする「アドブロッカー」のニーズが生まれてきました。そこで我々がすべきことは、アドブロッカーの否定や排除ではなく、「消費者にとって価値のある情報をどうやったら届けられるか」を考えることです。
広告の配信売上(広告主から見ると配信コスト)は、広告枠の平均単価(質)×広告配信数(量)に分解できます。広告の売上は広告主の予算が上限となるため、質と量はトレードオフの関係にあります。広告主とメディア、消費者がwin-win-winの関係を築くにはどうあるべきでしょうか。筆者は本質的に三者共が質を向上し、それに伴って量を減らすことが望ましい形だと思っています。そのためにもAI Labでは”企業とユーザーをOne to Oneで結び、最適なタイミングで最適な情報を最適な形で届ける広告配信技術を実現する”ことをミッションとしています。
ネット広告をより良い体験へ
では、どうすれば広告として価値のある情報を消費者に届けられるのでしょうか? 残念ながら今のAIが価値のある情報をゼロから作るにはまだまだハードルが高く、人間が主体となって創造し、AIがそれをアシストする。そして「誰にいつ、どういう形でその情報を届けるか(広告配信の最適化)」はAIが主体となって人間がアシストする、という形が当面のAI活用になると思います。
筆者がインターネット広告業界に飛び込んだのはおよそ2年前です。その頃はすでにアドテクブームで、これまで手動で行われていたものがどんどん自動化されていきました。その最たるものがRTB(Real Time Bidding:リアルタイム入札)と呼ばれるリアルタイムに広告枠を売買できる仕組みです(図3)。
この仕組みのおかげで、広告主は「誰にいつどのような広告を届けるか」をコントロールできるようになりました。
しかし、人間がこのコントロールを最適化することは非常に困難です。組み合わせが多い上に次々と新しい情報が生まれるため、まったく同じ組み合わせが出現する頻度も少なくなるからです。そのような場合、人間がコントロールするためには、人間が処理可能な量までデータを丸めたり捨てたりするしかありません。その結果、実際は最適化よりも平均化に近くになり、ほとんどの消費者にとって広告は自分が興味あるものとは少しずれたものとなってしまいます。AIはまさにこのような最適化が得意であり、できる限りのデータを活用して個々に最適化した解を出すことが可能です。
筆者はAIとアドテクは非常に相性が良いと思っていますし、AIと結びついたインターネット広告に無限の可能性を感じています。それはアドテクの進化によりインターネット広告において「誰にいつどのような広告を届けるか」をコントロールすることが可能になり、AIによりそのコントロールを最適化できれば、世の中の様々な商品やサービスを対象に消費者へレコメンデーションできる巨大なプラットフォームになるからです。
Amazonの「この商品を買った人は他にこんな商品を買っています」でおなじみのレコメンデーション技術は、有益な情報をもたらすものとしてすっかり市民権を得て、今やほとんどのサービスで取り入れられているのではないでしょうか。レコメンデーションが評価される点としては「セレンディピティ」が挙げられます、セレンディピティとは「何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力」です。
能動的に探していては気付かなかった別の価値があるものを見つけたとき、人はとても得した気分になると思います。インターネット広告を通して消費者にそういった体験を多く届けることができればインターネット広告の印象は劇的に好転するはずで、インターネット広告にはそういったポテンシャルがあり、AI Labではそのために様々な研究開発に取り組んでいます。そして、その先には広告配信の最適化にとどまらず、デジタルマーケティング全体をより良いものに変えていきたいと思っています。
「現代マーケティングの父」と呼ばれるフィリップ・コトラーは、マーケティングを最も短い言葉で定義すると「ニーズに応えて利益を上げること」と言っています。我々はAIによって消費者の様々な行動データを分析し、個々のニーズに最適な対応を行い、消費者にとって良い経験をもたらすような世界を探求していきます。
連載バックナンバー
Think ITメルマガ会員登録受付中
全文検索エンジンによるおすすめ記事
- AI最前線の現場から【サイバーエージェント】アドテク分野におけるAI技術の活用事例
- 社内のエンジニアの知見を共有する新しい試みをサイバーエージェントに聞く
- CAのProFit-Xに見るリアクティブシステム事例
- OpenStack事例で知る現実解と多様な応用例
- OpenStackのセミナーでコントリビューターたちが語ったOpenStackの未来
- OpenStackのエコシステムを拡げるUpstream Trainingとは? CAのインフラエンジニアに訊いた
- OpenStackDays Tokyo 2017、コンテナへの応用が目立つOpenStackの現状
- サイバーエージェント人事に聞いた!優れたプロダクトを出し続けられる背景とは
- サイバーエージェント、「AmebaFRESH!」を事業譲渡
- 「5G/ネットインフラ」「AI/データサイエンス」「働き方」など、今が旬の5テーマで11のセッションを開催―「GMO Developers Day 2020」レポート(後編)