加速しつつあるシリコンバレーのエコシステム
前回までに、シリコンバレーには投資家・起業家にまたがる共通認識があり、それに従ってエコシステムが動いているということを紹介しました。実はこの認識さえ、かなり速いスピードで変化しつつあります。そのことを非常にわかりやすく説明している記事を、あるVCのブログで見つけたので、それをベースにお話していきます。
少ない資金でより早くビジネスをスケールさせる
起業家にとって一番重要なのは、問題を解決するためのプロダクトを作ることです。そのために、起業家と資金調達は昔から切っても切れない関係にあります。シリコンバレーのスタートアップにとって、プロダクトがある程度形になってきたあとは、ビジネスをスケールするためにVCから資金調達をして一気に事業拡大するのが一般的です。その資金調達にもフェーズがあり、事業段階に合わせてシリーズA、Bと呼ばれる投資ラウンドを行うことになります。そしてそのフェーズに関する認識こそが、最近劇的に変化しているポイントなのです。
具体的な変化の内容は、より早い投資フェーズで事業の進捗が求められてきているということです。これは取りも直さず、プロダクトの早いリリースや素早い市場適応(Product-Market-Fit)が求められるということで、エンジニアを中心とした、良いプロダクトを作れるチームへの需要がますます強くなっている、という証拠でもあります。
そこで、まずはLaunchというTechCrunchとも関連が深いアクセラレータのファウンダーである、Jason Calacanisが書いたこの記事「The Official Definitions of Seed, Series A, and Series B Rounds」(英語)を読んでみてください。短い記事ですが、非常に中身が濃く、専門用語を多く含んでいますので、この記事で順を追って解説してみます。
Launch
The Official Definitions of Seed, Series A, and Series B Rounds
https://medium.com/@jason/the-official-definitions-of-seed-series-a-and-series-b-rounds-51a7fe2e97fd
スタートアップの資金調達で出てくる「シリーズ○」って?
まず前提として、何度も出てくる「シリーズA」「シリーズB」といった、スタートアップの資金調達に名づけられているラベルの説明をします。資金調達のニュースで「シリーズCで$20M(million/百万)調達」などのような見出しを見ることがあると思います。この「シリーズC」などを資金調達のラウンド名といいますが、一番簡単な定義は、VCから調達した何番目のラウンドか、ということです。つまりAであれば初回、Bであれば2回目ですね。
ただし最近は、シード資金調達にもVCが資金を出したり、ブリッジラウンドと言われるものがあったりするため、VCからの資金調達の回数とラウンド名が必ずしも一致しない場合も増えています。
では、どのようにラウンド名を決めるかというと、その時点でのスタートアップ環境全体で、大体シリーズAならこのレベルの事業進捗、シリーズBならこのくらい、というような共通認識によって、おおよそ決められていきます。このラベル付けがスタートアップにとって重要な理由は、VC側も「自分たちはシリーズA~B(アーリー〜ミドルステージと言われます)で投資するファンドである」というような認識をしているからです。あまりにもラウンドが外れている場合は、そのVCから投資が受けにくいということがあり、ひとつの重要な目安になっています。このような各プレーヤー(起業家・投資家)にまたがる共通認識というのは、シリコンバレーで投資を受けビジネスを進める上での、大事な要素になります。
また、一般的にラウンド名と資金調達額のレンジは大体一致するという認識もあります。例えばシードラウンドでは$1M以下、シリーズAだと$数M、シリーズBだと$数十M前半、シリーズC以降はそれ以上、というイメージです(もちろん例外も多数あります)。
10年間で起きた資金調達ラウンドの大きな変化
このブログ記事ではラウンド定義、すなわちスタートアップがどの程度まで進んでいる時にその投資を受けられるのかについて、2004年時点と10年後の2014年ではどう変わってきているのか、という解説があります。
資金調達以前 | アイデアを話しビジネスプランを描く |
---|---|
シードラウンド | プロダクトのプロトタイプを作る |
Aラウンド | プロダクトをリリースするために必要な資金 |
Bラウンド | プロダクトのトラクションを得るための資金 |
Cラウンド | プロダクトをスケールするための資金 |
(日本語訳は筆者・以下同様)
これが、2014年では以下のように変わっています。
資金調達以前 | プロダクトのプロトタイプを作る |
---|---|
シードラウンド | プロダクトをリリースするために必要な資金 |
Aラウンド | プロダクトのトラクションを得るための資金 |
Bラウンド | プロダクトをスケールするための資金 |
トラクションとは、「ユーザや売り上げの伸びなど、サービスを伸ばしていく勢い」のことで、スタートアップ用語としてよく使われています。
10年前は、プロトタイプを作るためにシード資金を得ることができたのが、2014年では外部の資金なしでプロトタイプまで作る必要があるということです。つまり、ファウンダー自身が少なくともプロトタイプまでは作ることができないと、シード資金が得られないわけですから、最低でも一人はプロダクトを開発できるエンジニアが必要ということになります。それによりシード投資家は、そのチームが自力でプロダクトを作ることができるどうかを見るわけです。
シード資金を得て、実際の製品をリリースし、その後の資金調達で数字を伸ばしビジネスを成長させる、というのは同じです。
変化は加速中
そしてそれが、2015年ではさらにこのようになりそうということです。
資金調達以前 | アイデアを話しビジネスプランを描き、プロダクトのプロトタイプを作りさらにMVPをリリースする |
---|---|
シードラウンド | プロダクトのトラクションを得るための資金 |
A ラウンド | プロダクトをスケールするための資金 |
B ラウンド | ファウンダー株に流動性を与え、カッコいいオフィスを作り、競合をギブアップさせる(もしくは最初から始めさせない) |
MVP(Minimum Viable Product)というのはリーン・スタートアップ用語で、「フィードバックを受けられる最小限の(そのスタートアップが取り組んでいる問題を解決する)プロダクト」のことで、最初にリリースするプロダクトになります。つまり、シード資金を受ける前にリリースまでこぎつける必要があるということです。そうしないと、シード資金を得ることも難しいであろうということですね。
これは、システムのクラウド化などによる開発・本番環境の低価格化、ソーシャルなどのディストリビューションプラットフォームの利用、課金やオンラインマーケティングなどが低価格で簡単にできるSaaSの整備などで、潤沢な資金やたくさんの従業員がなくとも、プロダクトをリリースし、伸ばしていけるようになったという環境の変化が背景にあります。しかし、何にせよプロダクトはファウンダーが開発し、さらにリリースして投資家を納得させるレベルの品質がないといけないわけです。
ちなみに最後のBラウンドの記述は、直接プロダクト開発とは関係なく、少し皮肉が入ってますね。日本のうまく行っているスタートアップでは、Exit前にファウンダー株の流動性なんて全く考えないですが、シリコンバレーではままあると聞いています。日米比較という意味では、面白い点ではありますが。あと、このブログの筆者がシード中心に活動しているというのも理由の一部であるようです。
スタートアップの製品開発力(≒エンジニア力)はより重要に
最近の500startupsに採用されたスタートアップを見ていても、シードラウンドでかなりのトラクションが出た状態でアクセラレータに入っている気がします。間違いなく、以前より成果を出したあとの会社が多いです。これはやはり、スタートアップシーン全体がそのような流れにあり、以前のようにプロトタイプ段階でシード資金を得ることは難しくなっているようです。また、初の大型VCラウンドになるシリーズAについても、「シリーズAクランチ(収縮)」とよく言われるように、年々条件が厳しくなっているようです。これも、ともかく小さなチームで大きな成果を上げることが可能になったためでしょう。シリコンバレーのスタートアップ界隈にも、新しい波が押し寄せています。
よい製品を作るための、より優秀なエンジニア、デザイナー、またはグロースハッカーのような新しい時代のマーケティング人材の需要は、どんどん高まっています。そのような人たちにとっては、ここシリコンバレーがさらに挑戦しがいのある環境になっているのは間違いなさそうです。
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