KubeCon North America 2024から、オープンソースのビジネスモデルを検証するセッションを紹介

KubeCon+CloudNativeCon North America 2024に併催されたCloud Native StartupFestから、オープンソースのライセンスとビジネスモデルに関するセッションを紹介する。このミニカンファレンスはスタートアップとオープンソースに関連した内容のカンファレンスで、キーノートに元GoogleのKelsey Hightower氏が登壇していることが現地では話題となっていた。今回の記事で紹介するセッションは元Chefの共同創業者でCTOだったAdam Jacob氏によるものだ。Jacob氏は、現在System Initiativeというスタートアップの共同創業者兼CEOである。
セッションの動画は以下から参照して欲しい。途中何度もスクリーンがブラックアウトしてしまうトラブルも発生しているが、参加者も巻き込んで活気のあるセッションとなった。
●動画:Reimagining OSS Licensing and Commercialization with Fair Source
タイトルは「Reimagining OSS Licensing and Commercialization with Fair Source」というもので、オープンソースのライセンスに関連して持続可能なビジネスモデルを、例を挙げて解説するという内容だ。
このセッションの発端となったのはX(旧Twitter)での対話であることを紹介。ここではChad Whitacre氏がAdam Jacob氏の投稿に反応したことから始まる。Whitacre氏はSentryのHead of Open Sourceという肩書の人物で、SentryがソフトウェアのライセンスをFair Source、フェアソース(より正確に書けばFair Core License)というライセンスに変更したことをブログで公開している。
Jacob氏の投稿は「I think the way forward here is to make what I suspect is a loose confederation of folks using non-compete licenses to actually get together and draft their own set of values. To then brand that. And stand behind it proudly.」というもので日本語にすれば、「ここで進むべき道は競業を禁止するライセンスを使用する人々の緩やかな連合体を作り、実際に集まって自分たちの価値観を起草することだ。そしてそれをブランド化する。そして、誇りを持ってそれを支持することだ」というものだ。オープンソースがパブリッククラウドのタダ乗りを禁止するためにライセンス変更を余儀なくされている企業やコミュニティが新しい価値を作り上げ、それを支持することが必要だと言う投稿である。これに対してSentryが、実際にライセンスを変更したことを回答としている。そしてその時に採用したのがフェアソースというライセンスである。Sentryのブログは以下のリンクから参照して欲しい。
●参考:Now's The Time For Delayed Open Source
Jacob氏のスライドはTL;DR(Too Long; Didn't Read)というタイトルが示すように、結論としては長過ぎて読んでもらえないという自虐的なものだが、内容としてはオープンソースの違い(フリーソフトウェア、オープンソース、フェアソース)、ユーザーから見たオープンソースソフトウェアの価値、スタートアップにおけるアプローチの仕方などをまとめている。
このスライドをさらに凝縮したのが次のスライドと言えるだろう。ここではスタートアップに限らずソフトウェアをビジネスとする際の基本的な発想が簡潔に記されている。ポイントは市場が求めている最良のソフトウェアを作ること、そしてそれを無償で提供しないことだ。
ここで出てくるSAM(Serviceable Available Market)やSOM(Serviceable Obtainable Market)については後半のスライドから解説が始まるが、市場の規模とそこから実際に獲得できる顧客の規模を表している。TAM(Total Addressable Market)は考えうる市場全体の規模、SAMはその全体の市場規模から実際に顧客にアクセスできる市場規模、SOMはアクセスできる市場のうち、自社の製品が獲得できる、つまり他社との競争に勝ち抜いて売上を挙げられる市場規模を表している。その中でJacob氏が強調したのは、その市場規模に対して平均売価を乗算して売上を想定することだ。ここで平均売価が出てくるのは、オープンソースソフトウェアの場合、往々にしてその売価がゼロであることに関係している。
ここでソフトウェアが他の製品と極端に異なるのは、ソフトウェアがどれだけコピーされても元の価値が減ることはないことであると説明。この「宇宙の中でも特異である」というのは良いキャッチコピーだろう。
ここからはFree Software Foundationの例を示して、フリーソフトウェアはライセンス以前に多分に政治的な哲学であると説明。そしてオープンソースソフトウェアはOpen Source Initiativeの定義によれば哲学というよりもオープンなソフトウェア開発モデルであり、高い品質と信頼性、低いコストそしてベンダーによるロックインを防ぐことが可能な方法であるとして、建前としてはソフトウェアが無償であることを前提としながらもソフトウェア開発にフォーカスした定義になっていると説明。
そしてフェアソースに関しても説明を行った。
フェアソースはSentryのChad Whitacre氏が提唱している新しいライセンスモデルであり、元となったのはOSIのリサーチであるという。以下のOSIによるリサーチのリンクを参照して欲しい。このリサーチ自体がSentryのスポンサードによって行われていることを考えればSentryは真剣にフェアソースについて取り組んでいたことが分かる。
●参考:Delayed Open Source Publication
フェアソースのポイントはソースコードが開示されていること、利用、変更、再配布は可能だがライセンサーのビジネスを阻害しない最小の制限が存在すること、Delayed Open Source Publication(DOSP)を行うことが挙げられている。ここでDOSPを簡単に説明すると、ソフトウェアがリリースされた後、2年間は非公開、プロプライエタリーのライセンスであるものの、2年間を経過したら自動的にOSIの認めるオープンソースソフトウェアのライセンスへ移行する仕組みを指している。DOSPがどのタイミングで行われるのかはプロジェクト次第ということだが、一般的にはメジャーバージョンのリリースから2年後ということだろう。Whitacre氏によればDOSPの利点はマネタイズの猶予期間として機能するだけではなく、もしもリリースの1年後にライセンサーである企業が廃業や倒産した場合などライセンスの主体となる組織がなくなった状況でも、自動的にオープンソースに移行することで法的な処理を簡素化可能であることを挙げている。
Jacob氏のスライドでフェアソースの利点について主に2年間の猶予の間にマネタイズが可能になる点だけを強調しているのは、この後に続く市場規模の解説と製品単価の関係からMicrosoft、Red Hat、Canonical、HashiCorp、Kubernetes、Redpanda、Sentry、Docker、Linkerdなどの例を挙げて解説しているからだろう。冒頭の「ソフトウェアを無償で提供しないこと」の正しさに関して例を挙げて解説して、スタートアップ企業に正しい選択をして欲しいという思いが伝わってくる。
そしてオープンソースとフェアソースはビジネスモデルではなく戦略を実行するための戦術の一部であるとして、その議論からは離れて持続するための戦術を考えるべきだと訴えた。
ここで冒頭に出てきたTAM/SAM/SOMについて解説が始まった。どれも市場規模に関する経営学的な用語だが、市場規模とAverage Selling Price(平均的な売価)との乗算が売上の総額となっている。
このスライドでは価格の付け方とそれをどうやってパッケージ化するのか? に関して解説を行っている。ここではJacob氏が創業したSystem Initiativeの例を挙げている。価格自体は利用ベースで対象となるリソースの利用時間で課金するが、実際にはサービスや付加価値の機能については別途課金が行われることを説明。つまり製品単価とサービスなどを付随した価格は異なるはずであることを示している。
このスライドではソースコードに関するライセンスとディストリビューションに関するライセンスが別途存在することを解説。これは実際の例で確認できる。
ここからは実際にJacob氏が調べたITベンダーの例を挙げて解説を行った。最初の例はMicrosoft 365だ。Microsoft 365は当然ながらプロプライエタリーであり、サブスクリプションとして提供されている。興味深いのは比較としてGoogle Workspaceが挙げられていることだろう。Microsoft 365はオフィスソフトウェアとしては33%しかシェアを持っていないにも関わらず年間550億ドルを売り上げるのに対し、Google Workspaceは44%のシェアで年間160億ドルの売上しかないと説明。
ここからはLinuxのビジネスに関してRed HatとCanonical(Ubuntu)を比較している。RHELは全世界のLinuxサーバー市場で1%以下というシェアにもかかわらず、年間30億ドルという売上を挙げていると説明。ここでは無償のRHELは存在せずに800ドル以上の価格が付けられていることを強調。
一方このスライドではCanonicalがUbuntuに対してProという製品を提供していることを説明しているが、何よりもUbuntuは無償であるという認識が成り立ってしまっているために、顧客がその対価を支払わないことを説明した。どんなにシェアが高くても、平均売価がゼロなら売上はゼロになるという悪い例だ。
そしてHashiCorpの例を挙げて、オープンソース化によって平均売価がゼロに固定されてしまう弊害を解説。Kubernetesも例に挙げて解説し、ここでもRed HatがOpenShiftを高い平均売価で販売していることを強調した。この例ではRed HatのOpenShiftが1.14%という低いマーケットシェアなのに高い売上を挙げていることを指摘。ここでも平均売価を高く設定することの重要性を説明した。
Dockerについても言及し、コンテナブームを作り出した主役であったはずが市場はKubernetesに奪い去られたことから、CEOとなったScott Johnston氏によってDocker Desktopのサブスクリプションビジネスに移行したことで年間1100万ドルの売上が2年間で1憶3500万ドルに成長したことを説明した。
さらにLinkerdについても言及し、オープンソースによって企業として廃業の危機にあったLinkerdの開発元であるBuoyantが、無償ユーザーをエンタープライズ契約に移行させることに苦労していた状態からビルドの配布方法を有償化することで有償ユーザーを増やし、企業として存続できるようになったことを説明。
最後に競争についても解説し、どのようなビジネスでも競争があることが健全であり、競争によってより良いソフトウェアを実現できると説明。フェアソースはその競争を一定の期間だけ猶予するための方策であると説明。オープンソースについては市場においてそのソフトウェアがデファクトスタンダードになるためには最適の方法であるとしながらも、持続するためには同じソフトウェアを提供する他社に比べて高い平均売価を設定する必要があることを改めて強調した。つまりCanonicalではなくRed Hatになることを目指せということである。
ここまで例を挙げて説明してきた「高い平均単価を設定し、シェアが少なくても売上を獲得すること」はベストな方法だが、マーケットや提供するソフトウェアの種類によっても異なると説明した。フェアソースは一つの選択肢だが、それを選択したとしても2年間という猶予の中で高い平均売価を設定できるかどうかが勝負の分かれ目だと説明。
最後に最初のTL;DRのスライドを再度表示させて、このセッションで理解してもらいたい内容を強調。Jacob氏のマシンガントークがさく裂したセッションでありながらも、実例を挙げながら安易にオープンソースを選択する危険性を訴求した内容となった。
SentryのChad Whitacre氏が2024年6月20日に公開したブログも示唆に富んでいるので、ぜひ、参照して欲しい。ここではNetscape Communicatorの例からベンダーがコントロールするオープンソースの不備を解消するためにフェアソースが生まれた経緯を明らかにしている。