テレコムからIoTまでさまざまなユーザ事例が公開されるOpenStack

2016年8月29日(月)
相良 幸範中川 正章梅森 直人池田 真洋
昨今、OpenStackのユーザ事例は多分野、他業種に広がりを見せている。今回はその中から大規模な事例や、IoTに関する事例を取り上げて紹介する。

今回はOpenStack Summit Austinで紹介されたユーザ事例と、新しい分野として最近の注目であるIoTに関するセッションについて紹介します。

OpenStack Summitにあわせて行われたユーザサーベイ[1]を見ると、本番環境での導入が65%と上昇しており、これまでPoCを実施してきたユーザが着々と本番用のクラウドを構築していることが伺えます。それに対応して、最近のSummitで紹介されるユーザ事例は多分野、多業種にわたっており、インフラ等の社会的影響の大きいシステム基盤としての利用事例も多く目にするようになってきました。セッションの中から印象的だったユーザ事例を紹介したいと思います。

AT&T

今回のSummitで最も強くアピールしていたのは、AT&Tと言ってよいと思います。Superuser Awardも取りました。そんな彼らの発表した、先進的なOpenStack導入事例について紹介します。

まずキーノート[2]では、AT&Tの背景説明やAIC(AT&T Integrated Cloud)の紹介がビデオで行われました。AT&Tの扱うネットワークトラフィック量は、2007年から2015年の間に150,000%増加(1500倍)しており、さらに今後は現在の10倍のトラフィックを処理する基盤が必要となります。こういった背景から、同社は基盤に対して変化に機敏に対応するためのアジリティや、機能を提供するスピードを重視し、OpenStackを中心に構築したAICによってこれらの課題を解決していると説明がありました。

AT&Tが扱うネットワークトラフィック

AT&Tが扱うネットワークトラフィック

セッション[3]では、57のゾーンが本番稼動していることが紹介されました。この基盤を利用して、1400万以上の無線利用者が仮想化されたネットワーク上で接続されています。また15000台のVMを運用していることも紹介されました。Web、ビッグデータ、分析、ネットワーク機能、音声やビデオなどの処理を行っているそうです。現在は全体のネットワークリソースの5.7%をOpenStack上で扱っていますが、今後2016年末までに30%、2020年までに75%とその割合を増やしていくという説明がありました。

AIC導入の過程を紹介したセッション[4]では、これまでの構築過程が紹介されました。2015年1月から20のゾーンを構築したものの、この際の構築は自動化されていなかったため、大変な苦痛を伴ったとのことです。その後基盤構築の自動化を進め、2015年10月~12月には54のゾーンを構築。今後さらに100以上のゾーンを構築する予定と説明がありました。

またAICのアーキテクチャについても紹介がありました。同社は仮想化された環境の上にOpenStackを動作させることで、スナップショットやロールバック、アップグレードなどの基盤運用を容易にしているそうです。またKVMとESXのマルチハイパーバイザに対応し、レガシーな仮想化プラットホームからのマイグレーション方法も提供していると説明がありました。

AICの構成図。マルチハイパーバイザに対応する

AICの構成図。マルチハイパーバイザに対応する

思い起こせば2年前、2014年5月に開催されたOpenStack Summit Atlantaで、NFVのミーティングが急きょ開催され、通信事業者の要望をOpenStackコミュニティとして積極的に取り込んでいくという方向性が決定されました。その後パリ、バンクーバー、東京を経て、コミュニティ、ユーザ、ベンダが協調し技術的課題を解決することでOpenStackは着実に進化を遂げてきました。そして今回、本番環境で大規模に運用されているAT&Tのクラウド事例を目の当たりにし、大きな構想を実現し世界を変えていくコミュニティの力に感銘を受けました。

Paddy Power Betfair

次に、イギリスにあるブックメーカーPaddy Power Betfair(以下、Betfair)のOpenStack導入事例に関するセッション[5]を紹介します。ブックメーカーとは合法的な賭博運営会社のことで、Betfairはその大手です。Betfair社のOpenStack環境は、Red Hat社のOpenStackディストリビューションRHOSP7とSDN製品Nuageをインテグレートしたもので、1300台のハイパーバイザを有する大規模なものとなっています。Betfair社はこの環境でCD(Continuous Delivery:継続的デリバリ)を実現し、開発の加速に成功しました。

このセッションで最も興味引いたポイントは、BetfairがCDを実現するまでの、開発現場の変化が紹介されている点です。急成長するBetfairのビジネスに追随するために、システム開発の現場がシステムのリファクタや開発プロセスを変化させていった経緯が説明されています。Betfairではビジネスの急速な拡大に伴い、ユーザが毎月20%増加していました。しかし当時のBetfairのシステムはモノリシックな作りとなっており、ビジネスの変化に追従したシステム開発が行えない状態になっていました。この対応策として、以下を実施しました。

  • システムのマイクロサービス化
  • サービス毎に同一チームにより開発から運用まで一貫サポート
  • サービスはOpenStack上のVMで稼動
  • VMはコード化され、サービス再デプロイ時にはVMも再デプロイ

これらの実現により、細かなシステムアップデートが可能になり、現在では1週間あたり500回ものデプロイが実施されているそうです。この事例はOpenStackを用いた高速開発の成功例として多くのコミュニティメンバーの関心を集め、Superuser Award最終候補としても推薦されました。コミュニティによるインタビュー記事などのリソースも公開されています[6]。

続けて、IoTに関する話題です。

SAPのIoTに関する取り組み

SAPが、サービス提供しているIoT基盤について、キーノートで紹介されました[7]。何十億ものセンサから送られるデータを活用し、ネットワークを含むエコシステム全体を最適化し、サプライチェーンの効率化を目指す、といった内容です。ベンダロックイン回避のために、OpenStack、Cloud Foundryといったオープンソースソフトウェアを活用して基盤を構築しています。SAPのIoT基盤は3層で構成され、OpenStackはIoT基盤のもっとも基礎となる部分に活用されています。その上にSAP HANA Platform(Cloud Foundryはその一部)、さらにその上位にSiemens MindSphereがいます。データセンタにある資源をユーザが迅速に利用できるようにするためにハードウェアシステムを完全に抽象化させる必要があり、そのためにSAP Hana CloudはOpenStackを活用し、仮想マシン、仮想ネットワーク、仮想ストレージを制御することでこれを実現させる、というものでした。

OpenStack上に構築されるSAP HANA Cloud Platform

OpenStack上に構築されるSAP HANA Cloud Platform

SAPはOpenStackコミュニティでも活動しており、具体的にはIronic、Kolla、Manila、Monasca、Neutronの各プロジェクトに貢献している旨が述べられましたが、IoTのようなユースケースでは大容量かつ高トランザクションのトラフィックを処理可能な基盤が必要となるため、物理層に近いレイヤであるIronic、仮想ネットワークサービスを提供するNeutronの改善に注力しているのだと推察できます。

tcp cloudによるスマートシティプロジェクト

http://www.tcpcloud.eu/

tcp cloudが、チェコで行われたスマートシティプロジェクトについて、キーノートで発表しました[8]。道路・駐車場状況や気温・湿度など都市が生み出すデータを利用し、IoTプラットフォームで収集・管理し、特定のユースケースに捉われないさまざまなユースケースで利用していくことを目的としています。末端デバイスから送信されたデータが、ゲートウェイで1次処理され、OpenStackで構築されたデータセンタまで送信されるアーキテクチャを採用しています。収集したデータは、API経由で活用することができる設計になっています。

センサからのデータはデータセンタへ集められる

センサからのデータはデータセンタへ集められる

特徴としては、効率的にアプリケーションをデプロイ・管理するため、オーケストレーションツールであるKubernetesとDockerコンテナを利用している点と、マルチテナントを実現するためにOpenContrail SDNでOverlay networkを実装している点が挙げられていました。

最後には、会場に設置された43個のセンサーから、気温、湿度、CO2の情報を取得し、Webブラウザ上で可視化するデモが行われました。APIも提供されており、開発者がそれらの情報を利用したアプリケーションを自由に作成できるような仕組みも用意されており、ギーク心をくすぐるデモンストレーションでした。

HPEによる電動スクータを用いた事例

HPE(Hewlett Packard Enterprise)によるOpenStackと消費者向け製品を連携させる事例です[9]。折りたたみ可能な電動スクータであるU-RBEという製品にカメラやセンサなどを設置し、OpenStack上でデータを収集・処理・分析を行い、結果に応じたサービスを提供する仕組みを紹介していました。カメラなどのストリーミング配信のデータストアには、オブジェクトストレージであるSwiftなど、収集するデータに応じて、利用するコンポーネントを分けているとのことでした。ストレージ周りだけでも、Cinder、Glance、Ceph、Swift、Maniraなど、利用ケースに応じたさまざまなエコシステムが整備されているメリットを改めて感じたセッションでした。

IoTで求められるものとは?

OpenStackでIoT基盤を構築するにあたり、現状とギャップについて取り上げていたセッションを2つ紹介いたします。

Mirantis、Cisco、IBM、Juniperのエンジニアが、OpenStackに関することだけではなく、IoT全体の現状や課題についてディスカッションを行っていました[10]。現在は物理環境をデジタル環境に移行する大きな変革期であり、もし2030年から2016年を振り返ってみたら、2016年は非効率な世界で生きているように見えるだろうという話から始まりました。課題としては、セキュリティ面の議論が非常に多く、「攻撃リスクは常に存在するため、攻撃検知し、被害が出る前に防ぐ仕組みが必要」「データ収集・蓄積だけでなく、デバイスから利用されるまでのデータフロー管理が重要」「セキュリティ上の問題や機能追加を素早く行うため、末端デバイスを含めた運用性の高さが必要」「年々爆発的に増加していくデバイス数の増加に対応するため、セキュリティを確保しながら、拡張していく仕組みが必要」などが挙げられていました。議論内容は、一般的に言われているものが多い印象でした。とはいえ、セキュリティに関する議論が4割ほどを占めていたため、解決方法が確立できていない難しい課題であるということを示しているのだと感じました。

NTTデータからは、IoT基盤を構築・検証した経験から、IoT基盤構築にOpenStackを活用すると何の機能が充足されていて何が不足しているのか、といった趣旨の発表を行いました[11]。具体的にIoT基盤構築に必要でOpenStackに求められる機能としては、「ネットワークの帯域、ストレージのI/O保証」「高機能なメッセージブローカ」「末端デバイスまで含めたライフサイクル管理」「TPSなどの性能情報の収集・可視化」などを挙げています。発表後の質疑応答では、IoT基盤としての機能をどこまでOpenStackに委ねるべきかや、アーキテクチャのあるべき姿についての議論が展開されるかと想定していましたが、実際の聴衆の興味関心は主にハードウェアに対する(シビアな)性能要件や蓄積データの最低保有年数といった、システムの非機能に関する内容が多い印象を受けました。各社がIoTというキーワードで何らかの取り組みを行っている中、この発表で提示した一つの性能目標は少なからずインパクトがあったように見受けられました。

まとめ

OpenStackが実際に使われるようになり、さまざまな業種・アプリケーションでの事例が出てきています。テレコムやクラウドサービス事業者が先行していますが、エンタープライズの事例も出てきています。IoTのような新しいシステムの領域での検討も進んでいます。今後の動向に注目です。

[1] OpenStack User Servey - A snapshot of OpenStack user's attitudes and deployments

http://www.openstack.org/assets/survey/April-2016-User-Survey-Report.pdf

[2] AT&T's Cloud Journey with OpenStack

https://www.youtube.com/watch?v=tH5umlKmQUQ

[3] Open Stack at Carrier Scale

https://www.youtube.com/watch?v=vDms6nO2U-c

[4] AT&T's OpenStack Journey. Driving Enterprise Workloads Using OpenStack as the Unified Control Plane

https://www.youtube.com/watch?v=VXt4lAb1EeE

[5] Why Betfair Chose OpenStack - the Road to Their Production Private Cloud.

https://www.youtube.com/watch?v=-Tmuph-vUWU

[6] Austin Superuser Awards finalist: Betfair

http://superuser.openstack.org/articles/how-openstack-public-cloud-cloud-foundry-a-winning-platform-for-telecoms

[7]How SAP runs IoT on top of OpenStack

https://www.openstack.org/videos/video/how-sap-runs-iot-on-top-of-openstack

[8]Building a SmartCity with IoT

https://www.openstack.org/videos/video/building-a-smartcity-with-iot

[9]HPE - What's possible with Cloud: The U-RBE EXPERIENCE?

https://www.openstack.org/videos/video/hpe-whats-possible-with-cloud-the-u-rbe-experience

[10]OpenStack and the IoT: Where We Stand, Where We're Going, What We Need to Get There

https://www.openstack.org/videos/video/openstack-and-the-iot-where-we-stand-where-were-going-what-we-need-to-get-there

[11]Cloud Platform for IoT: Designing and Evaluating Large-Scale Data Collecting and Storing Platform

https://www.openstack.org/videos/video/cloud-platform-for-iot-designing-and-evaluating-large-scale-data-collecting-and-storing-platform
株式会社NTTデータ 技術開発本部

運用技術の研究開発、クラウド基盤ソフトウェアのストレージドライバ開発などを経験し、近年は通信事業社向け大規模クラウドの設計に従事。OpenStackは最初期から携わり、ソースコードレベルでの問題解析・パッチ作成・独自機能開発などを行う。インフラソフトウェアエンジニア。

株式会社NTTデータ

2011年よりOpenStackに関わる。国内向け大規模ミッションクリティカルシステムへのSwift導入、EUでの商用OpenStackの構築、共通開発基盤構築・運用など、OpenStackに関わる数多くの案件に従事。

株式会社NTTデータ

ITインフラ技術を専門とし、主にネットワークに関する技術検証や標準化活動、商用プロジェクトに従事。シリコンバレーエリアでOpenStackやSDN等を応用した技術開発を推進したのち、近年ではIoTに関わる技術開発を中心に活動している。

株式会社NTTデータ

2015年よりOpenStack Swiftへのゲートウェイソフトウェアの性能検証やDockerを用いたシステム開発に携わる。近年ではIoT基盤の開発プロジェクトに関わっている。

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