リーダーシップなくして生産はなされない
なぜ、今「ドラッカー」なのか
ピーター・フェルディナンド・ドラッカーをご存じだろうか。一般的には「経営学の父」「マネジメントを発明した人」として知られている。ベニントン大学、ニューヨーク大学教授を経て、2003年までカリフォルニア州クレアモント大学院教授を歴任した。2005年に95歳で亡くなるまで、大学教授だけでなく、コンサルタント、著述家としても幅広く活動し、世界中の経営者や組織リーダーに影響を与えた。
米国ではGEやP&Gといった一流企業に加え、最近ではGoogle社の組織デザインにおいても多大な影響を与えていると言う。日本でも、セブン&アイ・ホールディングスの伊藤雅俊名誉会長、松下電器産業の中村邦夫会長、富士ゼロックス相談役最高顧問の小林陽太郎氏、さらに起業家として成功をおさめたファーストリテイリングの柳井正会長兼CEO、リクルート創業者の江副浩正氏なども、ドラッカーの考え方に学び、実践した代表的な経営者たちである(役職はすべて2008年9月現在)。
ドラッカーの説くマネジメント論は、深く広い洞察から導き出されたものであるために、本質的かつシンプルである。また、ドラッカー自身が「理論よりも実践」を重視していたために、すぐに業務で使えるものばかりだ。
今や「マネジメント」の知識は、組織トップ層だけではなく、日々現場を動かすプロジェクトマネジャーにとっても必須だ。ただ、残念ながらこの「マネジメント」という言葉の本質的な意味は正確に理解されていない。
プロジェクトの最前線で葛藤(かっとう)し、奮闘しておられるリーダー層の皆さんにこそ、もっとドラッカーとそのマネジメント理論を知っていただきたいと思い、全5回の連載でなるべくわかりやすく、実践しやすくその要点を紹介する。
20世紀の大半を生き、多くの国家や組織の成功に貢献してきた思想家の知恵には、業務だけでなく、個々人のキャリアや生き方にも役立つ視点が数多く含まれている。
「マネジメントの父」ドラッカー
ドラッカーの守備範囲は極めて広い。社会、政治、文化、行政、経済、統計、経営、国際関係、アメリカ、ヨーロッパ、日本、宗教、歴史、哲学、倫理、文学、技術、美術、教育、自己実現など多くの分野に精通していた。
95歳で亡くなるまで2、3年を一区切りに、1つのテーマを徹底して学び抜くという習慣を持っていた彼の思想の根底にあったのは、社会、人間に関する知見を広く学び、そこから得られる普遍的な知恵が正しいマネジメントを行う上で必要という考え方であった。
2005年の没後も、ドラッカーに関する書籍は売れ続け組織や人間の力を引き出し、価値ある成果を生み出すこと、つまり「マネジメント」が必要な、あらゆる事業や組織のリーダーから支持されている。
ドラッカーが最も好んで自らを表現する言葉に「社会生態学者」がある。その名のとおり、社会で起きる変化や現象を自らの目で見、確かめる人である。なぜ「社会生態学者」がマネジメントなのか。そこにこそ、ドラッカーの経営学の特徴がある。
ドラッカーの関心は、若いころから一貫して、社会的な存在としての人間の幸福にあった。社会が正しく機能し、かつそこに生活する個々の人間がそれぞれかけがえのない役割を持ち、いきいきと充実した人生を生きるためには何が必要か、という探求こそが彼のライフワークであった。
そして、その社会と人間を結ぶ触媒として、「組織」とそのマネジメントに注目した。だからこそ、ドラッカーの著書は、「社会や時代の変化」に関するものから、「組織マネジメント」、さらには個々人の「自己実現やセルフ・マネジメント」といったテーマまで包括的な範囲をカバーしているのだ(図1)。
「組織」「会社」は、人間が人生の大半を過ごすものであり、社会的な影響力も極めて大きい。1社の経営破たんは、規模の大小にもよるが多くの社員とその家族、顧客、取引先に計り知れない影響を与える。逆もしかりである。
しかしながら、当時「経営」「マネジメント」については、その全体を体系としてまとめた考え方はなく、いずれも、「会計」「人事制度」「情報システム」「組織」といった個々のテーマが分断して語られているだけであった。
ドラッカーは経営(マネジメント)そのものの目的、全体像、役割、といったものを初めて体系としてまとめた。だからこそ彼の経営理論には説得力と実効性があり、多くの経営リーダーに支持されたのである。
では、その経営理論に入る前に、マネジメントそのものが求められる理由を考えてみよう。