アクセス制御と継承
多重継承
これまでのC++のクラス例で示したように、C++では何も継承せずに、つまりスーパークラスを持たずにクラスを定義することもできます。これに対してJavaやSmalltalkでは、すべてのクラスは必ず1つのスーパークラスを持たなければなりません。あるクラスのスーパークラス、さらにそのスーパークラスとさかのぼって行くと、共通する大本のクラスに行き着きます。このようなクラスをルートクラスと呼びます。
Javaではスーパークラスを明示しないでクラスを定義した場合、ルートクラスであるObjectがスーパークラスになります。ルートクラスは、その言語におけるオブジェクトの基本的な振る舞いを規定しているものと言えます。
なお、C++自体はルートクラスを持たないゆえに、ルートクラスに相当するものを用途に合わせて設計できます。例えばWindows環境で使われるMFC(Microsoft Foundation Class)ライブラリはCObjectというルートクラスを持っています。
継承を利用して新しいクラスを定義する場合、これまでの例はスーパークラスが1つだけでした。C++では同時に2つ以上のクラスをスーパークラスとして指定することができます。この機能を多重継承と呼びます。JavaやC#、Objective-Cなどはスーパークラスを1つしか指定できない仕組みで、これを単一継承と呼びます。
図3は、図1-1のクラスDateと図1-2のクラスTimeOfDayをスーパークラスとして多重継承によってクラスPointOfTimeを定義しています。このクラスは日付と時間を持ち、スーパークラスが持つメンバ関数のどちらも使うことができます。
関数printは双方のスーパークラスに共通していたので、スコープ解決演算子「::」を使ってどちらのクラスの関数なのかを指定しています。この例の場合は、双方のprint関数を順番に呼んでいます。
C++は名前空間の概念を取り入れています。Cの関数や外部変数は、広い体育館に大勢の子供を呼び集めたようなもので、「太郎君!」と呼べば何人もの太郎君が返事をしてくれるでしょう。そうではなく、ある特定の太郎君を呼ぶために「ひまわり組の太郎君」「ひよこ組の太郎君」のように範囲を限定することができます。
「ひまわり組」のように名前の有効範囲を決めてくれるものが名前空間で、C++ではモジュールやクラスが名前空間の単位になります。多重継承の際、複数のスーパークラスに同じメンバ名があっても、「::」演算子とともにクラス名を名前空間として指定すれば、どのクラスのメンバであるかを明示することができるのです。
多重継承に伴う問題
多重継承の機能はC++にはありますが、C++の影響を受けて設計されたJava、C#にも、Smalltalk、Objective-Cにも多重継承の機能はありません。多重継承には、いくつかの問題点が指摘されているからなのです。
まず、図3のprint関数のように名前が衝突した場合にどうするかという問題があります。また、ひし形(ダイヤモンド)継承や反復継承と呼ばれる、多重継承に伴って発生するややこしい継承関係の問題があります。
多重継承では、継承関係をさかのぼるにつれてスーパークラスが増えて行く可能性があります。単一継承のアクセス制御だけでもかなり面倒なことになっていますが、スーパークラスが複数あると管理がさらに困難になってきます。また、実現に際しては複数のスーパークラスの実装を調整する必要がありますが、これはクラス間の依存関係を高めてしまうことになり、そもそもオブジェクト指向が目指した独立性の高いクラスの構築とは違う方向に進む結果となりがちです。
多重継承は、概念自体は簡単なのですが、実現する場合かなり面倒な問題が多く、しかも実際のプログラムで多重継承が必要になることはほとんどないと言われています。それでも多重継承のようなことがしたくなったらどうするか、というのは次回に説明することにします。
なお、本稿の執筆にあたって、以下を参考にしました。
柏原正三『C++効率的最速学習徹底入門』技術評論社(発行年:2002)
Christoph Wille『C#入門 Microsoftの次世代言語を学ぶ』アスキー(発行年:2000)