連載 :
  インタビュー

試験開発を通じて技術者育成に貢献するLPI-Japanの取り組み

2019年5月29日(水)
宮原 徹(みやはら とおる)

はじめに

LPI-Japanは「LinuC」をはじめ、OSS-DBやHTML5などオープンな技術に特化し、技術者認定を行っています。今回は、LPI-Japan理事を務める、NECソリューションイノベータの鈴木 敦夫さん、富士通の福地 正夫さんのお二人に、試験開発を通じた技術者育成におけるLPI-Japanでの取り組みについてお話を伺いました。

LPI-Japanの活動内容

宮原:本日は、LPI-Japanが行っている試験の開発に携わっている理事のお二人に、試験開発の実際についてお聞きしたいと思います。まずは、自己紹介をお願いします。

  • 鈴木:LPI-Japanの副理事長を務めている、NECソリューションイノベータの鈴木 敦夫です。LPI-Japanでは試験開発ワーキンググループ(WG)に所属しています。
    LPI-Japanの設立当時(2000年7月)、LinuxやOSSには世間に認められた技術者認定制度がありませんでした。「LinuxやOSSを学習した技術者が社会で評価されてほしい、増えていってほしい」という思いがあり、LPI-Japanの設立1年後に弊社がプラチナスポンサーとして参加してから、理事として活動に協力しています。
    LPI-Japanが設立されて5~6年経った頃、試験開発、SP/PR、アカデミック認定校の3つのワーキンググループを作って理事が役割分担をする今の形になり、事務局の方々と様々な活動を行ってきました。
  • 福地:富士通の福地 正夫です。私がLPI-Japanの理事になったのは2010年から。今の理事の中では最後に就任したことになります。LPI-Japanに入ってみて、予想より活動が活発だと感じました。外からは認定試験を提供しているだけにしか見えませんでしたが、実際には「技術者を育成するためにはどうすれば良いのか?」という議論や活動もしている団体だとわかりました。

LPI-Japan 副理事長 NECソリューションイノベータ株式会社 鈴木 敦夫さん

宮原:現在のLinuxやOSS技術者の状況をどのように感じていますか?

  • 鈴木:現在の市場は、様々なソリューションのベースにLinuxがあることが当たり前に近い状況になっていると感じます。Linux/OSSの認定技術者も増えて、裾野を広げることができました。一方で、様々なOSSプロジェクトがICT技術の発展を支え、ICT技術が社会を変える時代にあって、それを担える技術者の育成が必要と感じています。また、OSSのプロジェクトに係わって世界で活躍できている日本の技術者はまだまだ少なく、その育成も課題と捉えています。
    例えば、OpenStackのようなクラウド基盤を支える技術を理解し、扱える技術者を育成し、その広がりをキャッチアップしなくて良いのかという議論があって「OPCEL」を開発しました。今また、試験開発WGでは「どのような技術者が必要なのか」を考えており、今後も試験の対象範囲を拡げていく予定です。

LPI-Japan 理事 富士通株式会社 福地 正夫さん

技術者をリードし、信頼される認定を目指す試験開発

宮原:試験開発WGでは実際にどのような活動をしていますか?

  • 鈴木:既存の試験に対しては、新しい技術に追随して試験や資格の有効性を保つ「鮮度の維持」、厳密な試験問題レビュー、試験問題漏えい対策、品質状況監視、定期的な問題入替など、認定の価値を担保する「品質の維持」を行っています。この2つの取り組みはかなり以前から行っていますが、LinuCでは試験問題の漏えいが起こりにくい構造を採用して、受験結果データや受験者のコメントから大変高い信頼性と品質の認定を実現できたと感じています。
    新たな試験開発に対しては、求められる技術者像について調査、ヒアリング、議論を繰り返して実施しますが、実際に技術者が活躍する現場の声を重視しています。
  • 福地:新たな試験について議論する際には、「今Linux/OSSに何が求められているか」「どんな技術者が必要か」「その技術者を育成するにはどんな試験が必要か」などを試験開発WGのメンバーでも持ち寄るようにしています。
  • 鈴木:インターネット環境を活かしたアプリケーション開発においては、サーバサイド技術だけでなくWebアプリケーション開発特有の技術が必須ですが、そのことで技術者の技術不足が問題になったり、使い勝手の悪いアプリケーションが生まれたりする要因となっていました。また、Webアプリケーションのデザインや使い勝手を担うデザイナーも、従来のアプリケーションのUIとは異なり、ある程度のWeb技術がないと十分なパフォーマンスが発揮できないという現状がありました。これらに対応するものとして検討した結果、「HTML5プロフェッショナル認定試験」を開発しました。
    HTML5はOSSではありませんが、オープンスタンダードな技術で、自社技術として推進する企業や団体がないという、かつてのLinuxやOSSと同じ課題があると思い、「我々がWeb技術者のための認定試験を作って支援できるのではないか」と考えました。
  • 福地:社内で「新試験を開発するけど要望はあるか?」と声をかけると、HTML5は予想を超えて使用されていることが判明しました。そこでどのような用途で使っているのか、何が求められているかを詳細に聞いて、試験開発の場で議論しながら試験を開発しました。
  • 鈴木:「マルチデバイス対応のアプリやサービスを当たり前にきちんと作れる技術者を育成するための認定試験を作りたい」という思いがありました。OSSではないですが根本は同じです。「技術者を育成したい」という思いは、ACCEL認定試験やOPCEL認定試験などのクラウドの試験もそうですし、その次も考えています。
  • 宮原:Linuxは基盤としてのOSですし、バックエンドのDB、フロントエンドのWebアプリやHTML5と、ソリューションのスタックが揃ってきたように感じます。標準的な技術を修得した技術者を育成して市場を作っていくためにも、「こういう技術が大事」という情報発信が必要だと思います。

株式会社びぎねっと/日本仮想化技術株式会社 代表取締役社長 宮原 徹さん。OSS関連のコミュニティの設立などにも携わる

宮原:試験開発時のヒアリングについて、もう少し詳細に教えてください。

  • 鈴木:既存試験と新試験開発ではヒアリング方法に違いがあります。既存試験の場合、現在の試験範囲から除いた方が良い項目や追加した方が良い項目を具体的にヒアリングします。既存試験はバージョンアップのサイクルに合わせてヒアリングを行います。
    新試験開発の場合には市場や現場の話を聞きます。SIをやっている人に今どうなっているのかを聞きますし、社内だけでなく社外、海外の人にも聞いたりします。その知見からさらに深堀する時は具体的な質問に落としてもう1回聞くこともあります。「市場はどうなっているか、どうあるべきか」「今の技術者をどこに持っていくべきか」などを考えて試験のイメージをまとめていきます。

「氷山の下」の本質的なことがわかる技術者を育成したい

  • 鈴木:我々が以前からOSSにこだわってきたのは、本質的な技術を学ぶのにOSSがとても良い題材だからです。「コードを見ればわかる」というのがOSSのとても大事なところなので、みんなにOSSを学んでほしい。技術者は、人の言うことに惑わされず、しっかりと中を見て自分で判断する癖をつけてほしいです。
    氷山に例えると、見えない氷山の下を知っている技術者が増えることでグローバルに活躍できる素養が高まるし、逆にそこを外すと優位性を作れない。問題が起こっても気が付かないし、どうすれば解決できるかもまったくわからないことになります。
  • 宮原:氷山の下に何があるかということを企業や学校の関係者がLPI-Japanという枠組みに集まって議論し、最終的なアウトプットが試験ということですね。色々なことを取捨選択して高い品質で提供できるのは、NPOとして中立的な立場で活動しているLPI-Japanの存在価値かもしれません。
  • 鈴木:OPCEL認定試験は「ちょっと早いかな?」と思いながらも、欧米諸国より遅れている日本のクラウド化を加速したいという意味もこめられています。市場を拡げていくには技術者認定試験が必要だと強く感じています。
  • 宮原:OpenStackの構築や運用のニーズは確実にあります。それに対応できる技術者の定義が育成には必要ですから、OPCEL認定試験のような試験が要求されると思います。これからはゼロベースから市場の状況、動向、さらに先行きを見越したうえで試験開発していくことも大事ですね。

エンジニアコミュニティとしてのLPI-Japan

  • 福地:私はもともとLinuxやOpenStackの技術者でしたが、試験開発のヒアリングを通じて日頃の業務では接点がない技術者から市場ニーズや今後の見通しなどの話を聞くのが面白いと感じています。私自身、新しい技術にも対応できないといけないので、大変勉強になっています。既存のものを守りつつ新しいものにも取り組んでいかなくてはいけない。社内にはOSSに取り組んでいるWGがあるので、そこともっと連携したいと考えています。
  • 鈴木:今は特に技術の変化が激しいので、ある時点で時間を止めて技術者を認定するのが難しいのは確かです。それでも、きちんと判断し対処できる人は育てなくてはいけない。変化に影響されない本質的な部分をどう切り出して試験にしていくのかが大きな課題です。もう1つの課題は、「学ぶこと」の重要性を理解して、「学び方」がわかる人たちを育てること。認定試験を作りつつ、教育コースの開発を支援したり関連する情報を提供したり、多角的にやる必要があると思っています。
  • 宮原:そのあたりはアカデミック認定校やビジネスパートナーと密に連携して解決していく必要がありそうです。LPI-Japanは責任重大ですね。試験を取り巻く環境がひとつの大きなエンジニアコミュニティになってきているので、LPI-Japanが率先して情報を提供したり、技術者を認定したりしていく役割が求められますね。

試験の品質を高く維持する

宮原:試験の品質についてお聞かせください。簡単すぎても価値が下がりますし、本質を理解して現場で使える技術を修得していることを認定しないと試験や資格の価値が失われてしまうでしょう。

  • 鈴木:難しい課題ですが、我々は誰でも手に届く試験を作ろうとは思っていません。「手に届くように支援をする」と考えています。技術者認定を商売としているわけではないので、きちんとした技術者を育てることが最重要です。誰しも資格は早く簡単に取りたいと思いますが、しっかり学び、認定を受けた後もさらに上を目指して勉強を続けていくという姿勢であってほしいと考えています。健全なサイクルが実現するように支援したいです。
  • 福地:本質的なトラブルがあった場合に、コンピュータの仕組みを把握してない人が多いと感じます。例えば、明確なバグではなく性能劣化のようなトラブルに対処できない人が多いですね。私の部署では業務で性能についてのコンサルティングもしていますが、やはりベースとなる技術を知らないと答えられません。試験という形で問うのは難しい面もありますが、学んでもらうことはできると思っています。
  • 宮原:確かに、コンピュータの気持ちになって考えられる人が減っている気がします。クラウドが普及してシステムのインフラを詳しく知らなくても大丈夫になりつつありますが、それでもトラブルなどが発生した時は本質的に理解できているかが問われます。きちんと本質を学び、そのような技術者を認定するような認定試験が重要ですね。
  • 鈴木:我々もそのような技術者を育てるためには何なにをすれば良いかを議論しているところです。
  • 宮原:どうしても、個々の技術や製品知識を問う試験の話になってしまうと、手っ取り早く学ぶには、という方向に行ってしまいがちです。もう少し「技術者としてのあり方」や「技術者としての身の処し方」など、どのようにお客様やソリューションと向き合っていくか、その哲学がそれぞれあるというのも大切だと思います。
  • 鈴木:哲学を語れる人が本当の技術者ですよね。社会的な価値観を持った技術者を輩出していくことが、日本の技術者が本当の意味で活躍できるようになるということでしょう。
    そのために必要なのは啓蒙活動だと考えています。認定のための試験を提供していくこととはちょっと違う意味での、LPI-Japanの使命になるかもしれません。

* * *

今回、お二人からお話を伺って、LPI-Japanの活動は理事の方々を中心に、アカデミック認定校やビジネスパートナー、エンジニアの皆さんまで含めた大きなコミュニティを形成していると感じました。試験開発にあたっては、非常に時間をかけてヒアリングなどを行い、市場動向を見据えて方向性を定めていることがわかりました。技術者認定試験以外にも技術者を育成するための様々な取り組みを行っているので、ぜひ、皆さんも活動の輪に加わってみてはいかがでしょうか。

著者
宮原 徹(みやはら とおる)
日本仮想化技術株式会社 代表取締役社長兼CEO

日本オラクルでLinux版Oracleのマーケティングに従事後、2001年に(株)びぎねっとを設立し、Linuxをはじめとするオープンソースの普及活動を積極的に行い、IPA「2008年度 OSS貢献者賞」を受賞。2006年に日本仮想化技術(株)を設立し、仮想化技術に関する情報発信とコンサルティングを行う。現在は主にエンタープライズ分野におけるプライベートクラウド構築や自動化、CI/CDなどの活用について調査・研究を行っている。

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