世界で注目されるイノベーションの地、シリコンバレーと深圳。その要はコミュニティにあり?

2019年10月17日(木)
望月 香里(もちづき・かおり)

8月8日(木)、東京大学大学院 情報学環・福武ホールにて、シリコンバレー×深圳 グローバルイノベーションの最前線とコミュニティ~シリコンバレーD-Lab x ニコ技深圳コミュニティコラボワークショップ~が開催された。

開催に先立ち、主催の東京大学准教授 伊藤亜聖氏が挨拶。「IT産業の生誕の地であり成長の地でもあるシリコンバレーと、今や下請け加工・ハードウェアのイノベーションの場となっている深圳、世界でも注目を集めるイノベーション最先端の2カ国で、何が起こっているのか、地域や仲間とのコミュニティに触れた、具体的な議論をしていきたい」と趣旨を説明した。

東京大学准教授 伊藤亜聖氏

シリコンバレーでは社会問題の解決からMaaSが生まれた

はじめの登壇者は「日本から新しい事業の可能性を創っていきたい」と有志4人で経産省と共に「シリコンバレーD-Lab」活動を立ち上げたPanasonicの森 俊彦氏だ。森氏は、シリコンバレーから見えてきたモビリティ動向を中心に講演した。

Panasonic 森 俊彦氏

MaaS(Mobility as a Service)の本質は、移動におけるユーザーの課題(ペインポイント)を解決し、新たな価値を生むサービスの提供だ。MaaSの実証実験が日本でもさまざまな地域で行われるようになってきたが、「どのような社会課題の解決に取り組むのかが大切なポイント」と語る。シリコンバレーで言えばサンフランシスコの大渋滞・クルマの維持費高騰などのユーザーの課題を解決するためにUberLyftというライドシェアサービスが成長してきた。そもそも課題解決の結果としてMaaSとなったという流れがあるという。

そしてMaaSを考察するにおいては「どういうモビリティを提供するか」という要素だけでなく、「いつ」「だれが」「何を」「どうしたいのか」というデマンド側も重要であり、「どうやってデマンドを獲得するか」という機能が大切になってくる。

さらに、森氏は北米MaaSの業界トレンドとしてライドシェアプラットフォーム、ITジャイアント、カーメーカー、そして新興3rd Party MaaSベンダーの4つの具体的な事例を説明した後、日本の製造業のチャンスとして、MaaS事業のスケールの困難さの例を挙げた。具体的には、Netflixなどのコンテンツビジネスでは、事業をスケールするに当たっての動画コンテンツのコピーは容易だが、モビリティサービスを事業スケールさせる場合、モビリティの製造・メンテナンス・ドライバーの拡大は非常に困難である。もしここに日本の自動車メーカーが、製造・保有・保守力を武器にアプローチできれば、デマンド収集に強みを持つUberのような企業の移動手段提供者とWin-Winの状況を形成できる。そこでさらに重要なのは単に車両だけを提供するのではなく、車両提供者自らが運行管理・保守を行い、オペレーションコストをトータルで低く抑えるサービスとして提供することだ、と語った。

また、過去に日本の携帯電話は海外展開が出遅れた結果AppleやGoogleに完敗した経験を踏まえて、「日本発でのMaaSコンセプトを積極的に海外展開を見据えて世界に発信していくことが重要である」と提言した。

深圳とシリコンバレーの共通点はスピード

森氏は、シリコンバレーと深圳との比較から個人として感じることは「両者は似て非なるものだが、共通して言えるのは『スピード』」と指摘する。例えば、 深圳は中心部から1時間以内のエリアに部品調達・設計・開発・組み立て・品質・出荷のすべてがあり、数個から即商品を出荷・販売できる製造のスピードがある。一方シリコンバレーは、サウスベイからサンフランシスコの小さなエリアにスタートアップ・大学・投資家・大企業が密集し、アイデア・起業・資金調達からグローバルに事業化までがスピード感をもって実現できている。「これら圧倒的な2つのスピードの中で、日本は彼らとどういう立ち位置でビジネスを実現していくかの戦略をしっかりと考えなくてはならない」と語った。

いまこそ原点回帰の時

これまでの反省を踏まえて、「仮に10年前に戻ったとき、電機産業で何ができたのかを考えることは大切なこと」という森氏。当時GoogleやFacebookに対して「自社のビジネスとは関係ない」と思考停止するのではなく、産業がボーダーレス化する中で、彼らを注視し本質や狙いを理解していれば、我々のような日本の製造業でももっと早い段階から様々な挑戦が出来たはずだ、と顧みる。

つまり、自分の関わる産業だけでなく、他のIT産業で起こっていることに対し何ができるかを自分ごととして捉え、本質を理解して実際に行動を起こすべきだ。行動するには今回のテーマでもある「コミュニティ」活用も大切である。日本の既存産業は最適化された組織という箱に人をアサインしていく形だったが、答えなき新規事業探索に立ち向かっていくには、会社・国籍などに関わらず、個人と個人が有機的につながってコミュニティとなり、新たな事業を構築していくのもひとつのアプローチ。日本でも組織に所属しながらも外の人同士がつながり、どんどん新しい形にできる今の時代は非常に面白い。悲観的ではなく今こそチャンスであり、もう一度日本がモノづくりの在り方を再考し、世界への挑戦にむけた原点回帰するときなのではないか、と森氏は講演を締めくくった。

話題のニコ技深圳コミュニティ

続いては、ニコ技深圳コミュニティの高須正和氏だ(高須氏のスライドはこちら。当日の講演の様子はこちら)。本業はスイッチサイエンス社のグローバル事業開発者として深圳ほか世界各地のパートナーを開拓し、先進的な開発ツールの輸出入・共同開発・投資などを行なっている。世界中のメイカーフェアにも足を運ぶ高須氏は、深圳の様子と自身の活動について講演した。

「ニコ技深圳コミュニティ」とは、深圳に興味を持つ多様な個人が集まるコミュニティだ。深圳の企業や団体と連携し、投資・研究開発・イベント運営などを行なっている。メンバーには頻繁に深圳を訪れる日本からの移住者が多いという。

深圳はワンダーランド

高須氏が初めて深圳を訪れたのは、2014年のMaker Faire深圳だった。当時のMaker Faire深圳には海外からのゲスト招聘が多かったが、自分からMaker Faireを目当てで出展・来場する人はまだ少なかった。高須氏は、深圳の小企業で変わったハードウェアの設計や開発もしている光景を見て、「ここは製造したい人のワンダーランドではないか!」と心を奪われたという。そんな高須氏は2015年当時に深圳の企業Seeedが中心になって運営するMaker Faire深圳に運営協力し、また深圳のメイカーたちとの合同イベントを日本や日本ほかでも開催するなど、勢力的に活動していた。

深圳のメイカーに「ものづくり日本から人が来てくれた!」と一方的に賞賛・感謝される日々を過ごす中、2015年に中国でメイカーバブルが巻き起こった。深圳のメイカーたちがもつ、新しいモノづくりのスタイルをきちんと説明すると数時間かかるようになっていた高須氏は、仲間達と共に2016年3月、著書『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)を出版。日本でも、2017年頃から様々なメディアで深圳が取り上げられるようになった。

書籍を出版した後は「中国経済について知りたい」という人たちが集まってくるようになった。様々な有識者が深圳や中国のことを書くと、たちまち日本でも深圳ブームが巻き起こった。起業家や専門家方が深圳に意見してくれることは、自分自身にも大きな学びになっているという。

実際に見ることで視野が広がる

他の日本企業団体とは異なるニコ技深圳コミュニティらしさは「手を動かす」「興味本位で動く」「オープンイノベーション」など、深圳人のように動いていること。基本趣味と仕事の中間から始まるケースが多く、 コミュニティ内で情報が行き来することで相互関係の視野が広まる良さがある。また、自分の会社と連携しながら小さい仕事が一緒にできることも面白さの1つだという。

実際、MITメディアラボは研究で使われているセンサーやモーターがどのように製造されているのか、 誰がどのくらい手を動かし、 どこで機械化されているのかを見ずして新しいものは生み出せないという考えの基、2013年より深圳の工場と協働するプロジェクトを行い、近年は高須氏も協力しているそうだ。

そこで見た洋服などのチャック製造工程では、チャックの持ち手部分の一箇所に出っ張りがあるものとないものがあり、コストの差額は10円。出っ張りがあるのは機械のためで、出っ張りのないものは手作業でチャックの持ち手を付けるため、コストが高くなる。一見すると値段の高い方が良品だと捉えられがちだが、これは製造工程のためであることは一目瞭然だ。製造者以外が実際に物の製造工程を見ることや、そこで見聞きしたことをまた伝えて行くことは大切だ、と高須氏は締めくくった。

今後のシリコンバレーと深圳

森氏と高須氏の発表後、翻訳家の山形浩生氏よりコメントがあった。

翻訳家 山形浩生氏

深圳は中小企業の集まる地域に位置しており、大学などと連携している一方で、企業同士のコミュニティもある。人やモノが集まる場所には留まらせる力が必要。シリコンバレーも昔はそうだったが、今はどうか。

シリコンバレーにはチップやハードウェア、ソフトウェアなど「モノ」を作るためのノウハウがあったが、その「モノ」がサービスやアプリの方向に動いている。「シリコンバレーの求心力は何が元になっているのか」という問題があり、その答えは人材だろうと鑑みるが、絶対にシリコンバレーでなくてはならないのか。

深圳の場合は「ものづくり」なので、実際に目で見ないと分からないから面白い。ものづくりがなくなり、家賃も高くなり人も集まりにくくなったら、果たして10年後の深圳はどうなっているのかという問題も考えられる。

日本の強みは「変わらない」こと

続いて、経済産業省通商政策局通商戦略室長 宮下正己氏よりコメントがあった。

経済産業省通商政策局通商戦略室長 宮下正己氏

シリコンバレーと深圳の両地域の共通点は、移民都市であること。深圳人はもともと3万人ほどだが、言語も食文化も多様性があり、素から何かを生み出す力があるという。シリコンバレーは「人中心」のビジネスを考えている一方で、深圳は「好きこそものの上手なれ」と面白いことを究極に求める部分にイノベーションの原動力を感じる。「シリコンバレーはビジネスドリーム、深圳はホビードリーム」と言う人もいるが、ホビードリームであるが故にビジネスになりにくいこともある。

日本は「人中心」のイノベーションが起きにくい傾向があるが、それはある意味強みであると捉えることもできるのではないか。「変えようとするのではなく、今のままどのように伸ばしていけるかを考えてみては」と宮下氏は語った。

パネルディスカッション
― シリコンバレーと深圳を肌で感じて

セミナーの最後には、伊藤氏をモデレーターにパネルディスカッションが開催された。ここでは、印象的だった議論について紹介する。

Q:シリコンバレーや深圳に住んでみて、実際どのように感じているか

  • いまだにシリコンバレーがシリコンバレーであるひとつの理由は、シンプルに気候が良く避暑地が近くにあり住みやすいこと。物価は上がっているが、今後もアメリカのイノベーションの軸であることは変わらないだろう。シリコンバレーには、お金・やりたい事業・人が集まる。「シリコンバレーから世界へ発信」という空気を感じている。
  • 高須:深圳は思ったよりもマクロで、マニュアル作りよりもまず「製品を出したい」という雰囲気を感じる。工場を持たない会社等からも商品販売が行なわれているため、工場の有無は、日本に商品を輸入する側からすると1つの線引きになっている。向こう3年は深圳の面白さは継続すると思う。

Q:イノベーションには滞留させるメカニズムが求められるが、いまのシリコンバレーや深圳には、それはあるのか。あるとしたらそれは何か

  • イノベーターが動いている時が大切で、シリコンバレーは今第3次ブームの時(AI、IoT)。日本では流行りやブームのときだけを切り取って「シリコンバレーやMaaSには何もなかった」と言うが、それは線で見ていない。今回のようなセミナーに参加し、その後現地で継続して自分の目で見ていくことが大事。さらにコミュニティも「どう継続し行動して行くか」がポイントだ。
  • 宮下7、8年前のシリコンバレーでは、日本は震災直後でもあり「日本は終わった」と言われていたが、まだ日本の強さはある。シリコンバレーはインターネット2.0でITに火がつき、いまはAIと変化している。シリコンバレーの強さは、時代のキーワードでイノベーションの方向性を決めている点だ。ここ10年を見ても、目まぐるしく移り変わっているのはシリコンバレーの一面でもあるだろう。そんな中、日本はあまり大きな変化はないが、これは強みと捉えた方が良いのではないか。

「好き同士が集まると熱意が伝播する。面白さを持続するには、まず仲間を集めること。次に褒められること。一番はメーカーフェアに出展し、アドバイスや良いフィードバックを得るのが良い」と語る高須氏に、「メーカーフェアはレベルの高さを見るのも1つだが、レベルの低さを見て『これなら自分でもできる! 勝てる!!』と感じることも醍醐味の1つ」と山形氏が呼応したところで、本セミナーは幕を閉じた。

* * *

真面目な中にも、終始笑い声の絶えないセミナーとなった。「深圳への訪日者が増えるのは良いが、若干物見遊山になっている。受け入れ側の方はビジネスにとても真剣。『彼らにどれだけの付加価値が与えられるか』ということも踏まえながら足を運んでいただきたい」と指摘した宮下氏のお話が印象的だった。日本も同様に、そこにはその土地の人々の暮らしがある。お話を伺いながら、自分もMaker Fair深圳に足を運んでみたくなった。一過性の視点でなく、持続的にこの時代の変化を楽しみ、そして発信していけたらと思う。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

連載バックナンバー

Think ITメルマガ会員登録受付中

Think ITでは、技術情報が詰まったメールマガジン「Think IT Weekly」の配信サービスを提供しています。メルマガ会員登録を済ませれば、メルマガだけでなく、さまざまな限定特典を入手できるようになります。

Think ITメルマガ会員のサービス内容を見る

他にもこの記事が読まれています