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  インタビュー

外出が困難な人たちの孤独の解消がミッション。遠隔操作型ロボット「OriHime」開発者の吉藤オリィ氏インタビュー

2020年4月17日(金)
望月 香里(もちづき・かおり)

3月10日(火)、東京・港区にある株式会社オリィ研究所の代表取締役CEO吉藤オリィ氏(以下、吉藤氏)にインタビューを行った。

2020年1月に「WIRED TOKYO 1999」にて開催された、身体が不自由などの理由で外出困難な人たちが遠隔操作型の分身ロボット「OriHime」「OriHime-D」のパイロットとなり、カフェの接客を行うという、新たなテレワークの可能性を模索する社会実験「分身ロボットカフェ DAWN」は、皆さんも記憶に新しいのではないだろうか(OriHime命名の由来は七夕の時期に完成したから。自分がオリィだから織姫を採用)。最近ではOriHimeをお掃除ロボットのルンバに乗せて家中走り回らせたり、絵本等の読み聞かをしたりするパイロットもいるという。

吉藤氏の生い立ちやOriHimeを開発するきっかけ、OriHimeにかける想い等は、様々なメディアやオリィ研究所のホームページから知ることができる。そのため、本稿では、筆者が「知りたい!」と思う内容を中心にインタビューした内容を紹介する。

株式会社オリィ研究所 代表取締役CEO 吉藤オリィ氏

― 分身ロボットOriHimeには、パイロット本人だけでなく、ご家族にも希望の光が見えたのではと思いました。実際、ご家族の反応はいかがでしたか?

【人の人生を変えるのは人でしかない】
私は基本、病は気からだけでなく「気も病いから」と思っています。身体と気力の両方が前向きになると環境が変わります。まわりの人を惹きつけるようになるので、人生観も変わっていきます。私は「人生を変えるのは人でしかない」と思っていて、デジタルやAIを活用するよりも、直接人に会いに行くことが大切だと思っています。過去を振り返ったとき、「あの瞬間にあの人がいてくれたから、今の自分がある」と、人の存在が価値に繋がることが多くあります。

― OriHimeの登場により、環境や生き方が変わった方は多いのではと思いますが、いかがでしょうか。

【負の悪循環】
実際、多いですね。私も3年半の療養中そうであったように、「人に会いたくない」と人を避けていると、自分の能力は低下していきます。そうなると「そんな自分を知られたくない」と、今度は人に会うことで劣等感を感じるようになり、さらに人と会うことが億劫になって、出来ていたことも出来なくなっていくことがあります。私はこれを「負の悪循環」と呼んでいます。どこかで失った自信を1人で回復させようとして頑張ると躁鬱になりやすいです。「自分はできる」と自分で暗示をかけるのではなく、周りから存在を認められた上で、一歩ずつ進んでいく行程が必要です。OriHimeやOriHime-D、分身ロボットカフェは、あくまでツールにすぎません。重要なことは、人とのやりとりを通して徐々に自己肯定感や自己高揚感が高まったところで「人とどう付き合っていけるか」です。

― オリィ研究所のWebサイトには、ミッションとして「コミュニケーションテクノロジーによって新たな形の社会参加を実現し、人々の孤独を解消すると共に、社会そのものの可能性を拡張していくこと」とありますが、吉藤さんの考える孤独とはどのような状態ですか?

【自分が孤独と思ったら孤独】
「自分が孤独だ」と思ってしまう状態です。孤独は周りから定量的に測れるものではなく、健常状態では思わない「自分は孤独だ、辛い」と思ってしまう状態と捉えています。私は「自分が孤独だと思ったら孤独」と考えるので、その状態が普通だと思うならば解消する必要はありません。

【やりたいことは孤独の解消】
私がやりたいことは「どうやって孤独を解消していくか」です。孤独は人との出会いによって解消されうるので、人と出会うためには外へ出て行く必要があります。その「心の車椅子」としてOriHimeが必要でした。実際に車椅子に乗車している方は、あまり話しかけてもらえない実情をご存知ですか。分身ロボットカフェの寝たきりのパイロットの中にも、普段目を一切合わせてもらえない、目が全く合わないと言っている人もいます。

力強い口調と眼差しで熱く語る吉藤氏

【数々の失敗の先に成功がある】
あと、皆失敗に慣れていないですね。私もこれまで多くの失敗をしてきましたが、その失敗の経験が積み重り、ようやく確実にできることが増えていきます。かっこつけや弱みを見せない世界はもう終わっていて、これからはむしろ弱みを見せて良くて、例えば絵が描ける人に事務仕事ができる必要も、音楽家に社会性を求める必要もなく、弱みを相補できる優秀なパートナーを見つけられるかが大切なのです。

― OriHimeを通じて自分の意思を伝え、動けることは、本人にとって一番楽しいのではないかと思います。常に介助者と一緒にいることは、本人も介助者もフラストレーションが溜まるものですよね。

その感覚はすごく大切で、普段使っている車椅子に「こんな機能があると良いな」と想像できるような、身近に感じてもらえる商品開発をしていきたいと思っています。あくまで、私がやっていることは仮説検証です。分身ロボットカフェで働くOriHimeのパイロットだけでなく、お客さんも「楽しかった」と感じていることが分かり、さらにできることを増やそうと、大きなOriHimeだけでなく、小さなOriHimeを使ってオーダーを取ったり、プレゼンテーションシステムを作ったり、OriHime同士がコミュニケーションを取ったりなど、これまで4回ほど検証してきました。

役割の異なる大きなOriHimeと小さなOriHime(分身ロボットカフェ DAWNにて撮影)

障がいの度合いは人によって様々なですが、大切なのは「何をしたいか」ということ。何がしたいか明確でなければ、例えば、働きたくない人にOriHimeを渡しても役に立ちません。

【人との出会いで自分に気づく】
もう1つ大事なのは「本人がしたいと思っていることを、周りにもちゃんと言える世の中にすること」です。何も伝えずに「周りは分かってくれるだろう」と思うのはまやかしで、自分の思いは相手にちゃんと伝えなくてはならないし、そもそも自分が何をしたいか、自分で気づいていない場合が多いです。それを気づかせてくれるのが、人との出会いだと思っています。

― なるほど。いま、コロナウイルスで、学校などに「通う」という概念が崩れてきています。子どもの教育は今度どのように変わっていくのでしょうか。

【今、選択肢の自由はある】
学校選択には基本「自由」がありませんよね。大人は住むエリアを自由に選べるのに、子どもはそういう意味の自由はない。学校が「自分に合わないな」と思えば違う学校に行くこともできる、今の時代はそこに選択肢があると思います。ただ「学校に通わない自由」は、現状で学校に通わないことでその先がないので、それは自由とは言えません。

― 「選択できる」という点では、1人担任ではなく1学年複数担任というのも良さそうです。

それはすごく良いと思います。今、子どもたちがテレビではなくYouTubeを見ること、私個人としてはとても良い事だと思っていますが、一方で、弊害として自分の好きな人からしかコンテンツが入って来ないことがあります。テレビはチャンネルを変えることで偶発的な出会いが産まれるという価値があったります。また、大人になると偶発的・運命的な出会いがなくなっている可能性もあります。私は3ヶ月から半年に1回は必ず新しいことをやり、他の世界を見て、知見を得ています。自分でやってみなければ本質が分からないですしね。

― 2020年度から始まるプログラミング教育について、どのように思われていますか?

【プログラミングには、失敗の自由がある】
子どもたちにプログラミングを教えることの良いところは「失敗することはエラーであり、失敗ではない」ということです。プログラミングには失敗の自由があり、とにかく実行できるところが良いのです。失敗こそがトライ&エラーの本質で、いきなり成功するコードが書けることはまずありえません。プログラミングは、人を巻き込まずに、自分の責任感において、いくらでも失敗できます。後は自分のモチベーションとの付き合い方だけで、めげたら寝て起きて、もう1度やってみるなど、自分と向き合うことができるという意味でもプログラミングをやる価値はあると思います。ロジカルシンキングというよりも、トライ&エラーを分かりやすく見せてくれるものだと思っています。

また、プログラミング自体を楽しめる子どもがいても良いですね。今自分のやっていることが「必ず将来に活きる」と直結して考えられる子のほうが少ないと思います。美術や音楽、英語や国語に向き不向きがあるように、プログラミングにも向き不向きがあります。「自分に向いている」「自分が好きだ」と早めに気づくのは良いことだと思います。

― 最後に、吉藤さんは未来のイメージを教えてください。

私の仮説はかなり多岐にわたっているので、「こうなったらこうだ」という直線的なイメージはありません。これまでも「未来をどうしたいか」など一切考えず、ただ人類の孤独を解消するために命をかけたいと思っています。私は17歳の時に「孤独を解消するためにこの世に生を受けた」と考え、ここまでやってきました。世界の高校生と意見交換をすると、彼らは「自分の研究に命を掛けている」「俺はこの研究を成し遂げるためにこの世に生を受けた」と本気で言います。そういう命の関わり方をしていきたいですね。

「自分は孤独だ」と思うストレスは自分と気の合う人との出会いにより解消できます。そんな出会いや社会参加をサポート、支援するツールを我々は研究していきたい。未来について確実わかっていることは、我々もいつかは老化し、日常生活に障害をもつようになるということ。しかしそんな中で、1人でも多くの人が自分は孤独だと思わず、たとえ体が動かなくなった後も生きていける、そんな老若男女平等社会を創っていきたいと思っています。

* * *

筆者が吉藤氏を知るきっかけは、たまたま観ていたテレビ番組だった。近い未来の社会インフラには、多くのAIが起用されていくと予想される。そんな現代だからこそ、今後も様々な人とリアルに出会うことで、自分の気づいていない自分に出会っていきたいと思った。

著者
望月 香里(もちづき・かおり)
元保育士。現ベビーシッターとライターのフリーランス。ものごとの始まり・きっかけを聞くのが好き。今は、当たり前のようで当たり前でない日常、暮らしに興味がある。
ブログ:https://note.com/zucchini_232

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