ユーザーインタビューの環境準備と同席者への案内をしよう

2021年3月18日(木)
羽山 祥樹 (はやま よしき)

はじめに

前回は、インタビューの質問をシートにまとめ、インタビュー対象者に事前に送る「事前アンケートシート」のテクニックを紹介しました。

今回と次回は、事前準備の最終段階です。ユーザーインタビューの環境準備とインタビューに同席するチームメンバーへの案内について説明します。また、そのほかの細かい準備についても触れていきます。

ユーザーインタビューはできるだけ多くの
プロジェクトメンバーに傍聴してもらう

ユーザーインタビューは、メインモデレーター1名と必要に応じて同席者1~2名で行います。

質問をしたり、受けごたえをしたりするのは、基本的にメインモデレーターの役割です。同席者はメインモデレーターから「質問はありますか?」と振られたときだけ発言します。インタビューは限られた時間の中でインタビュー対象者との会話をうまく組み立てていかなければならないため、各々が好きに話せば筋道が立たなくなってしまいます。

また、インタビュー対象者が1名で、こちらが4、5名とずらずら同席すると圧迫感を与えてしまい、言いたいことも言いづらくなってしまうことがあります。

しかし、ユーザーインタビューでユーザーの生の声を聞くという体験は、プロダクト開発において大変インパクトがあるものです。特にエンジニアにとって一生懸命につくったプロダクトがユーザーに理解されていないシーンに直面することは、凝り固まった開発者の視点をときほぐすきっかけになります。

そこで、会場内の同席者は2~3名に留めておき、会場のようすや音声をパソコンでつないで別室に中継します。プロジェクトメンバーは別室にてインタビューを傍聴するようにします。

前述したとおり、ユーザーの生の声を聞くことは大きな資産になります。また、インタビュー後の結果レポートを読むだけでは感じ取れない「ユーザーの空気感」も知ることができまます。できるだけ多くのメンバーに同席してもらうと良いでしょう。

できるだけ多くのプロジェクトメンバーに傍聴してもらおう

リモートインタビューでは
メインモデレーターと同席者のみカメラを映す

リモートインタビューのときは、メインモデレーターと同席者のみカメラを映しておき、傍聴者はカメラ・音声ともに切っておくようにします。

差し支えなければ、インタビュー対象者にもカメラをオンにしてもらうように促しましょう。やはり表情が見えたほうが情報量が豊かになるためです。ただし、インタビュー対象者に断わられた場合は無理強いせず、意思を尊重します。

リモートインタビューで傍聴者があまりに多くなったときは、ちょっと悩ましいです。テレビ会議ツールは通常、カメラ・音声を切っていても出席している人数がインタビュー対象者にも見えてしまうため、出席者が9名や10名もいると、やはり緊張されてしまうことがあります。

傍聴者が多くなったときの代案としては、リモートインタビューでも傍聴者はどこかの会議室などに集まってもらい、参加するのは1アカウントだけにして、みんなで同じ画面を見るという方法があります。あるいは、インタビューのようすを録画しておき、あとでそれぞれが観るようにします(ただし筆者の経験上、動画を共有しても長時間のインタビュー録画をわざわざ観てくれる人はそれほど多くありません…)。

リモートインタビューではメインモデレーターと同席者のみカメラを映す

ユーザーインタビューの会話を録音しておく

第10回で解説したとおり、インタビューの目的は「次の『定性分析』ステップ」にできるだけ多くの情報をわたすこと」です。具体的には「インタビュー中の会話を記録したもの」が次の定性分析ステップの材料になるため、できるだけ多くの会話を漏らさずに記録しておくことが重要です。

しかし、インタビューをしながら、すべての会話のメモをとるのは大変です。後から会話を書き起こすことができるように、ICレコーダーなどで録音しておきましょう。もちろんモデレーターの手元でもメモをとりますが、これはモデレーターがインタビューの途中で質問忘れがないかを振り返ることが主な目的です。

インタビューの場所は、会議室のように静かでノイズの少ないところが好ましいです。インタビュー対象者が会話に集中できます。また、あとで会話のテープ起こしをするとき、雑音が多いと何を話しているのか聴き取れないことがあるためです。

また、リモートインタビューのときはインタビューのようすを録画しておきましょう。録音や録画にあたり、個人情報保護の観点からインタビュー対象者には冒頭に「あとで分析のために会話を書き起こしたいので、録音したいのですが、よろしいでしょうか」と伝え、了解をもらうようにします。

ちなみに、筆者はいつもICレコーダーを2台用意してインタビューを録音しています。インタビューの会話データこそが次の定性分析ステップの材料になるので、万が一ICレコーダーが故障して録音できていなかったら泣くに泣けません。1台はバックアップ用で録音するようにしています。インタビュー取材を仕事にしているプロのライターの方がそうしているのを見て、筆者も真似しました。

ユーザーインタビューの会話を録音しておく

傍聴者への案内チラシを配布する

傍聴者の多くは、ユーザーインタビューの傍聴や同席は始めての経験になると思われるため、インタビューの意図や組み立てを知らずに戸惑うシーンがあるかもしれません。そこで、傍聴者には「最低限知っておいてほしい」という要点をまとめたA4で1枚もののチラシを会場で配布するようにします。次のようなものです。

傍聴者への案内チラシ

チラシには、以下の内容を記載しています。

「インタビューの流れ」と「質問しても良いタイミング」を伝える

全体のタイムスケジュール感と「傍聴者からの質問は、インタビューの最後にモデレーターが促す(ので安心して聴いていてください)」ことを傍聴者に伝えます。特にインタビューを傍聴していると「あれもこれも訊いてみたい」という考えがよぎるので、質問できる時間があることを知らされていないと、やきもきしたり、インタビューに割って入ろうとしたりしてしまいます。

現在のようにオンライン会議ツールが普及していなかった頃は、モデレーターはインタビューの最後に「傍聴している者に何か質問がないか確認してきますね」と言って、わざわざ傍聴者たちのいる部屋まで行き、質問をメモして帰ってくる、ということをしていました。

最近は、傍聴者の部屋へもオンライン会議ツールで中継してしまうことが多いので、質問はオンライン会議ツールのチャットなどで送ってもらうと双方が手軽になります。

傍聴者の質問はモデレーターが促したときにする

「ユーザーの『意見』より『行動』に着目する」ことを促す

インタビューに同席した経験が少ない人ほど、インタビュー対象者の発言の一つ一つに一喜一憂したり、言葉の端に引っかかって、もっと重要なところを聞き落としたりします。特に頭の良い人ほどすぐ結論を欲しがり、このようなつまづきをしがちです。

筆者はクレジットカードの利用についてユーザーインタビューしたことがあるのですが、そのときは下記のような会話でした。

筆者(モデレーター):クレジットカードを使いますか?
インタビュー対象者A:いいえ。

ある同席者は、この時点で「『いいえ』と言った! やっぱり使わないんだ!」と結論づけてしまっていました。筆者はインタビューを続けました。

筆者:なぜですか?
インタビュー対象者A:クレジットカードを使うと、上手にお金を管理できなくなりそうに思うからです。

次のインタビューで、筆者は別のインタビュー対象者Bにも同じ質問をしてみました。

筆者(モデレーター):クレジットカードを使いますか?
インタビュー対象者B:はい。
筆者(モデレーター):なぜですか?
インタビュー対象者:クレジットカードに支払いをまとめれば、お金を上手く管理できそうに思うからです。

おわかりでしょう。インタビュー対象者Aは「いいえ」、対象者Bは「はい」と回答しました。表面的な答えは正反対ですが、その背景にあるニーズは「お金を上手に管理したい」という同じ心理から派生したものだったのです。

実はユーザーの発言のうち「はい」や「いいえ」といった表面的な肯定や否定の言葉には、あまり意味がありません。言ってしまえば「はい」と「いいえ」はどちらでも良いのです。重要なのは、それに続いて「なぜですか?」と質問をして、背景にある心理を深掘りすることです。

しかし、インタビューの経験が少ない人ほど「はい」や「いいえ」という言葉を、まるで「正解」であるかのように受け取ってしまいます。特に頭の良い人ほど、すぐ結論に飛びついてしまう傾向にあります。

傍聴者向けのチラシには「ユーザーの発言に飛びつかないように」という旨を記載しておき、「ユーザーの『意見』より『行動』に着目する」ことを促すようにします。

「はい」や「いいえ」といった表面的な肯定や否定の言葉にはあまり意味がない

「できるだけ先入観を持たずに観察する」ことを促す

もうひとつ、インタビュー経験が少ない人ほど陥りやすい失敗は「自分の考えを肯定するところに意識をとられてしまう」というパターンです。頭が良く、プライドの高い人ほどその傾向が強いように思います。特に中高年で相応の役職にある男性ほど「自分が間違っている」という事実を無意識に避けるようです。

インタビュー終了後に、傍聴者へ「どうでしたか?」と投げかけて「私の仮説はおおむね正しかったと分かりました」という反応が返ってきたときは要注意です。

ユーザーインタビューの経験を重ねると分かりますが、優秀なつくり手や、その分野のエキスパートでも、推測できるユーザー心理は全体の6割くらいです。さらに、それぞれの心理と心理がどのような関係性にあるかは、優秀な人でもほぼ分かっていないのです。

したがって、1回くらいインタビューを傍聴したくらいで「私の仮説はおおむね正しかった」と判断を下せるはずがないのです。むしろ、フラットに情報を受け止めていれば、自分に見えていなかった範囲が4割もあった事実に打ちのめされているはずです。「私の仮説はおおむね正しかった」という傍聴者は、おそらく全体を正しく見渡せていない状態に陥っています。

これをできるだけ回避するためにも、チラシで「先入観をできるだけ持たずに観察する」ことを促するようにします。

先入観をできるだけ持たずに観察する

なお、若干の余談ですが、それでも先入観に捉われた傍聴者がいたとき、その呪縛から解放するにはどうすれば良いでしょうか。一番ははインタビュー後の「定性分析」ステップを一緒にやってもらうことです。

「ユーザーに自然な状態で操作してもらうように教示する」ことを伝える

インタビュー経験が少ない人が同席したとき、とても面食らうモデレーターの受けごたえがあります。次のような会話です。

モデレーター:ちょっとこのスマホアプリ(自社製品)を使って、感想を教えていただけますか。できるだけ自然なシーンに近い感じで使っていただきたいので、私はいないものと思って、操作してください。

インタビュー対象者:分かりました。(しばらく使ってみて、ある画面で手が止まる)…このボタンを押したら、どうなりますか? 使い方が分からないのですが。

モデレーター:思うように操作してみてください。

インタビュー対象者:うーん、よく分からない…。(誤った操作をして、ますます迷ってしまう)どうすれば良いですか?

モデレーター:思うように操作してみてください。

インタビュー経験が少ない人、特にプロダクト開発をしているエンジニアや、ふだんユーザーサポートをしているカスタマーサクセス担当者がこの受けごたえを見ると、「ユーザーがうまく使えていないのに、なんで手伝わないんだ!」と怒ってしまうことがあります。

しかし、想像してみてください。アプリにしてもWebサイトにしても、システムにしても「いつも横に使い方を熟知した人が待機していて、訊けばていねいに教えてくれる」という状況がどれだけあるでしょうか。多くのIT製品は「セルフサービス製品である」と言われます。アプリを使う瞬間はひとりきりで、誰かが助けてくれたりはしないのです。

ユーザーの自然な状態を観察するためには、アドバイスをしてはいけません。そのため、モデレーターはインタビュー対象者がいくら困っても、いくら操作を間違っても、機能を誤解していても、訂正せずにそのままインタビューを続けます。

この受けごたえは、傍聴者に上記の前提知識がないと「なんて不親切なモデレーターだ!」という印象になり、インタビューの真意が伝わらなくなってしまいます。

これも、チラシで「ユーザーに自然な状態で操作してもらうように教示する」ことを伝えておくようにしましょう。

ユーザーに自然な状態で操作してもらうように教示する

ちなみに、インタビュー対象者にアプリを操作してもらったものの操作に詰まってしまい、どうにも先に進めなくなってしまったまま時間だけがどんどん過ぎていく…という状況になることもあります。その場合はモデレーターとして「これ以上、時間を使っても、このインタビュー対象者の操作から新しい情報が得られない」と判断して操作を中断してもらい、次のインタビュー項目に移ります。

おわりに

今回は、ユーザーインタビューの環境準備と、インタビューに同席するチームメンバーへの案内について解説しました。

次回も、今回に引き続き、インタビューの事前準備について解説します。ユーザーインタビューの会場に用意しておくべき諸々の物品とともに、なぜそれらの物品が必要なのかの理由を解説していきます。

著者
羽山 祥樹 (はやま よしき)

日本ウェブデザイン株式会社 代表取締役CEO。HCD-Net認定 人間中心設計専門家。使いやすいプロダクトを作る専門家。担当したウェブサイトが、雑誌のユーザビリティランキングで国内トップクラスの評価を受ける。2016年よりAIシステムのUXデザインを担当。専門はユーザーエクスペリエンス、情報アーキテクチャ、アクセシビリティ。ライター。NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)理事。またIBMの社外アンバサダーであるIBM Championの認定を受ける。

翻訳書に『メンタルモデル──ユーザーへの共感から生まれるUX デザイン戦略』『モバイルフロンティア──よりよいモバイルUXを生み出すためのデザインガイド』(いずれも丸善出版)、著書に『現場で使える! Watson開発入門──Watson API、Watson StudioによるAI開発手法』(翔泳社)がある。

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