ますます盛り上がりを見せる島根・松江市のIT産業。なぜ島根にITエンジニアが集まるのか (前編) ー始まりは1人の担当者の閃きからー
採用にも繋がる地方の魅力
続いては、東京に本社のある株式会社パソナテック(以下、パソナテック) 島根Lab マネージャー 田窪大樹氏に、松江市に開発拠点を設立した背景と経緯と移住について、お話を伺った。
効率的にエンジニア採用ができる
パソナテックは、全国でエンジニアの派遣や育成、受託開発などを手掛けるIT分野に特化した人材サービス企業。また地方大学等との産学連携による人材育成にも取り組んでおり、その一環で2016年に島根大学や島根県らと連携した産学官連携プロジェクトで関わりがあったことで、パソナテックが島根に拠点を開設することに繋がったそうだ。
企業が松江市に拠点を設立する決め手には、2つの要素がある。1つ目は、都市部と比べ、効率的にエンジニア採用ができる点だ。都市部は人数が多い故に、学生も企業も多い。採用募集の数も桁違いで、新卒に限らず中途採用も選択肢が多すぎてしまう。採用する企業目線では、採用競合となる企業が少なくなり、応募してもらえる可能性が高まるという利点がある。
また、島根大学と県内IT人材を育成する「システム創成プロジェクトII」で連携していることで、就職活動前から学生と接点が持て、新卒エンジニアの採用にも繋がっている。採用人数も右肩上がりだ。島根Labは、2017年9月の設立以降10名以上の採用実績がある。新卒入社した島根出身のメンバーは、東京本社はじめ島根県外で一定期間経験を積み、その後島根Labに異動する等のキャリアパスもある。この夏にはUターン異動者による増員含め15名体制になる予定とのこと。
2つ目は、各種の自治体の支援と土江氏のインタビューで述べた通り、担当者の人的サポートが手厚い点だ。「設立時、2名からスタートした島根Lab。初期投資で大きい固定費である家賃を8年間、行政に半分支援してもらえるのは大きい。家賃以外でも、東京本社と行き来する際の航空券代の1/2や、雇用面での助成や補助も有り難かった」と、田窪氏は2017年9月当時を振り返った(前述の「情報サービス産業等立地促進補助金制度」)。
学生との繋がりは日々のメリハリにもなっている
ここで、島根Labの主な業務を2つ紹介する。Web系システムのニアショア開発(都市部の先端技術を扱う大型な案件をリモートで開発)と、産官学連携による、座組をベースとした人材育成・人材採用だ。特に人材育成活動では、松江高専や島根大学でエンジニアによる特別授業やハッカソンが行なわれている。
実際のビジネスで使われている言語や案件など、「生きた情報を学生に共有できるため、民間の各教育機関と連携している」と土江氏。エンジニアも「プロジェクトに携わり開発だけに打ち込むのでなく、学生に伝えることがアウトプットの場にもなっている。地域貢献性を感じ、メリハリにもなっている」とも語る。
同業他社と仲間に
島根Labのマネージャーに赴任する前、田窪氏は東京本社に勤めていた。「隣の企業はライバルでしかなく、情報を共有するなど1ミリも考えなかった。島根に赴任してから、個社単位で学生にアピールしてもあまり効果がないことを早々に痛感した。松江で拠点を構える企業と連携して、島根県のIT業界全体の魅力を伝えたほうが、結果的にパソナテックに応募してくれる学生も多くなった」と言う。
非エンジニアである田窪氏は、パソナテック主催で地域のIT企業を呼び、松江オープンソースラボにて同業他社が意見交換や交流できるイベントを開催するなど、ITエンジニアのコミュニティが広がりやすい環境づくりにも注力しているそうだ。
「公務員IT関係者が『Rubyを書けるようになりたい』とコミュ二ティに顔を出したこともあった。自分の手を動かすことでRubyの手軽さなどを体感し、経営者等と対等に話がしたい、という想いにとても感銘を受けた」と田窪氏は語った。
まずは知ってもらうこと
今、パソナテック島根Labには、将来への課題として2つあると言う。1つは、地域を意識した取り組みが、まだまだ不十分であること。田窪氏は「都市部・地方間でのヒト、モノ、カネ、情報の流れを意識して、地域の発展に関わることがとても大切だ。それに加えて、東京本社をはじめ、全国展開している企業として、全国からの委託案件などを島根で手掛けながら相乗効果を上げていきたい」と話してくれた。
2つ目は、松江市在住の学生も、まだまだRubyを知らないこと。「この地域の面白い取り組みを伝える機会を増やし、地域のIT企業への就職に繋げていきたい。今後は、島根Labで新サービスを開発し、地域発のサービスとして発信していきたい」と力強く意気込みを語り、締めくくった。
* * *
取材を通じて思ったことは、人口減少という社会課題をどのように捉えるか。松江市のオンリー1への鍵は「Ruby」と「オープンソース」。「人生で役に立たない経験はない」とよく聞くが、まさに、当時の担当者の知識や経験が功を奏したストーリーといえる。市も県と協力してきたという連携が、15年という歴史、「いま」に繋がっているのだと感じた。レトロと最先端が融合する松江市。ぜひ、一度足を運んで街を体感してほしい。
松江市の取材レポートは続く。次回以降では、松江市にU/Iターンしたパソナテック島根Lab所属の3名と、「Ruby City MATSUEプロジェクト」をきっかけに、松江に開発拠点を開設した企業2社への取材レポート、そして「Rubyといえば松江」というブランディングと、Ruby City MATSUEプロジェクトの核となるIT産業振興を成功に導く原動力となった、まつもとゆきひろ氏への独占インタビューをお送りする。
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