AIは実社会でどのように活用されているのか⑨ー画像認識(7)(Image Recognition)

2022年8月30日(火)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)

はじめに

前回はインフラ、前々回は医療におけるAI異常検知の取り組み状況を紹介しました。今回は対象を工場内に移して、製品の外観検査にAIを使う取り組み状況を見ていきます。生産の最終工程における品質検査という市場は非常に大きく、さまざまな企業が参入しています。しかし、現時点では医療やインフラ同様、もしくはそれ以上に実用化に苦労している分野でもあります。

外観検査(Visual Inspection)

製品の異常検知(Anomaly Detection)といってもいろいろありますが、今回紹介する外観検査とは、工場などで生産される製品や部品の異常をカメラの画像を使って非接触で見つける検査です。私の会社でも長年取り組んでいる分野なので、今回は少し掘り下げて解説します。

外観検査で検出する異常(不良・欠陥)

検査で発見する異常の種類は構造違い、寸法違い、変色、包装不良、異物混入、キズ、シワなど製品や部品によって異なります。主な異常の種類を表1、これを業界別に分類したものを表2に示します。

表1:外観検査で見つける異常の種類

項目 不良・欠陥
構造、取り付け 構造違い、位置ずれ、取り付けミス(漏れ、二重、裏表)、傾き・倒れ、カシメ、フォーミング、パレタイジング、アライメントなど
形状、寸法 変形、欠損、反り、サイズ規格外、コプラナリティなど
変色、色違い、色ムラ、ツヤなど
印刷・包装 ラベル剥がれ、貼り位置、印刷・印字違い、マークの有無、包装不良など
異物 異物混入、異物付着など
キズ、汚れ キズ、擦れ、穴、汚れ、チリ付着など
仕上がり 塗布漏れ、メッキ加工抜け、研磨不足、シワ、へこみ、バリ、毛羽立ち、欠け、打痕、治具跡、巣穴など

表2:業界別の異常

業界 不良・欠陥
金属 割れ、欠け、バリ、寸法ズレ、変形、サビ、巣、気泡、打痕など
樹種 シルバーストリーク、キズ、汚れ、スジ、変色、気泡など
食品 破れ、汚れ、焼け、凹み、キズ、異物、印刷ミス、異品種混入など
医療 液面高さ、封緘シール、内容量、ラベルずれ・破れ、印字ミスなど
電子デバイス 汚れや異物の付着、ショート、断線、はんだ不足など
日用品 印字の有無・かすれ・ミス、ラベル破れ、ラベルずれ
成形・シート ピンホール、フィッシュ愛、ゲル、気泡、割れ、クラックなど

3つの外観検査方法

外観検査の方法は、主に3つあります(図1)。

3つの外観検査方法

図1:3つの外観検査方法

①目視検査

外観検査は昔から目視で行われてきました。製品や部品製造の最終工程で人間が表1のような異常がないかを目視で確認し、不良品が市場に出ていかないように品質チェックする作業です。最後のクオリティゲートとして重要なので、今でも非常に多くの工場で行われています。これをインラインで全量行う場合もあれば、オフラインの抜き取り(サンプル)検査で済ましているケースもあります。

②外観検査装置(ルールベース)

ファクトリーオートメーション(FA)の進化により、生産工程だけでなく検査工程でも自動化が進みました。今ではセンサーを使った外観検査装置(表3)が次々と作られ、さまざまな異常を自動検査できるようになっています。人の目視検査だと疲れて見過ごすヒューマンエラーが増えますが、機械が検査するため検査品質が安定するとともに全量検査も可能となります。現在、多くの工場でこうした外観検査装置が使われています。

表3:外観検査で使われる主なセンサー

センサの種類 測定方法
光電センサ 検査対象に光(LED)やレーザーを当てて、その反射光や透過光を受光する非接触型センサ
ファイバーセンサ 光電センサに光ファイバを接続し、ファイバを曲げて設置しにくい場所にも光を当てられるセンサ
変位センサ レーザーなどを対象物に当てた反射光をもとにして、対象物までの距離を測定するセンサ
測長センサ 帯状のレーザー光を対象物に当て、対象物が遮断する範囲を検知して大きさを測るセンサ
近接センサ センサから磁界を発生させて対象物の渦電流を検知する誘導型や、センサと対象物の間の静電容量を検知する静電容量型がある
画像センサ カメラで撮影した画像を判別するセンサ(カメラと照明が一体のタイプが多い)

基本的にあるしきい値を超える値が検出された場合に異常と判定するのですが、人間の判断に比べると単調で精度が劣る場合があります。しきい値を上げれば不良品を見過ごす率が高まり、下げると正常品を不要と判定する誤りが増えます。そのため、検査装置に加えて人の目視検査が残っているケースも多くあります。

③外観検査装置(AI)

AI(ディープラーニング)は、人間っぽい処理・判断を置き換えできるため注目されています。人の顔を見分ける、将棋や囲碁を打つ、英語を日本語に翻訳する、などはどれもルールベース(ロジック処理)では難しいとされていたものですが、ディープラーニングの登場により飛躍的に精度が高くなり実用化されています。

この特性を外観検査にも取り入れる試みがなされています。人でないと正常異常を判定できなかった微妙な不具合を、人の代わりにディープラーニングで判定しようというわけです。これが成功すれば、世界中の工場で行われている目視検査を削減して人を単調な作業から開放できるのです。

3つの外観検査の組み合わせ

どの検査が一番良いとは一概に言えません。検査装置で十分品質を担保できる製品もあれば、目視でなければ求める品質を保証できないこともあります。そのため、図2のように複数の検査を組み合わせて品質チェックしているケースも多いです。

3つの外観検査の組み合わせ

図2:3つの外観検査の組み合わせ

医療分野におけるAI活用と同じく、現時点ではAI外観検査のみで十分という段階に至っていません。多くの現場で目視検査と併用したり、検査装置と併用したりすることを目指している段階です。検査装置と同じくAI外観検査でもしきい値を調整できますが、しきい値を下げすぎるのも問題です。正常品を不良と判定するミスが多すぎると現場の作業効率が下がるので、やっぱり従来通りが良いと不満が出て装置を外されてしまいます。

AI外観検査への取り組み状況

AI外観検査の実用化はどこまで進んでいるでしょうか。医療やインフラと同じくニュースリリースから事例を拾おうとしたのですが、実用化したという発表が見当たらず、ベンダー各社がソリューションやプラットフォーム提供をアピールしているものばかりでした。また、情報の更新が途絶えて実質撤退しているっぽい企業も多いので、ここでは比較的最近まで情報が更新されていたページを表4にまとめました。この中から2つ紹介しましょう。

LeapMindのEfficiera異常検知モデル

LeapMind株式会社はエッジAIを活用した外観検査システム「Efficiera異常検知モデル」を開発したことを2022年5月にニュースリリースしています。正常データのみで学習できるモデルを搭載し、学習と推論をともにエッジデバイス(FPGA)で行え、現場でAIの再学習を行えるなどをポイントとしています。

システムインテグレータのAISIA-AD

私の会社の取り組み状況も紹介します(結構、いいところまで来ています)。株式会社システムインテグレータは、2018年10月にディープラーニングを使った異常検知システム「AISIA Anomaly Detection」を発表し、4年にわたって外観検査に特化して異常検知に取り組んでいます。これまでに100を超える引き合い案件の中でこれはイケそうと判断したものをPoC(概念実証)で深堀りし、PoCで成果が上がって実際の製造現場に取り付けて本番運用しているケースもあります。

異常検知対象となる製品はさまざまです。自動車や飛行機の部品、小さなコネクタ部品、高速で流れるフィルム、ペットボトルのキャップ、肉などの加工製品など、本当にいろいろな製品の異常検知が対象になります。その中で実用化しやすいものと難易度の高いものがありますが、その目利きもだいぶできてきました。

表4:AI外観検査の取り組み事例

企業 内容 参考サイト
LeapMind Efficiera異常検知モデルを開発 2022/5/25
システムインテグレータ AIを利用した外観検査システム「AISIA-AD」 ホームページ
2018/10/3
バルキー・インフォテック 小型AI機器による製品検査ソリューション ホームページ
スカイディスク AI外観検査機 導入事例紹介
富士通 COLMINA画像認識・異常検知AI ホームページ
SAS AIによる異常検知「Viya」 ホームページ
ALBERT AI開発向けプラットフォーム「タクミノメ」 ホームページ
SOINN 異常検知・予知保全AI「A-1」 ホームページ
MatrixFlow AI活用プラットフォーム ホームページ
NTTアドバンステクノロジ AI異常予兆検知ソリューション「@DeAnos」 ホームページ
<<Note>>エッジコンピューティングとは

AIによる異常検知システムは、事前に機械学習により異常を判定する能力を持たせたAI(推論エンジン)を作りあげ、それを本番で利用して不良品を見つけます。この推論エンジンをクラウド上に設置するのではなく、図3右のようにIoT端末(この場合はカメラ)の近くのローカルサーバー上に設置するのがエッジコンピューティングです。

これは、カメラから発信され続ける膨大な画像情報をクラウドまで送信して判定するクラウドコンピューティング(図3左)だと、①膨大な通信量がインターネットに流れる、②処理速度が遅くなる、③インターネットが不安定になると異常検知が止まる、などの問題があるためです。

異常検知のような処理速度が重要なAI活用では、基本的にエッジが採用されます。そして画像解析速度を上げるためにエッジサーバーにはGPUやFPGAチップが使われます。

3つの外観検査の組み合わせ

図3:エッジコンピューティング

AI外観検査における課題

非常に多くの企業が取り組んでいる割に、実用化に成功した(工場の生産ラインで本稼働中の)事例が少ないのはなぜでしょうか。どのような問題が障壁となっているかを4つほど紹介しましょう。

①微細な異常を判定できない

実は人の目は非常に優れています(動物の中でもピカイチです)。熟練の検査員が異常と判定した画像を見ると、よくもまあこんな微細な異常を見つけられるものだと感心することも多いです。そのような難易度の高いケースだと期待通りの精度が挙げられない場合があります。

②マルチの角度で見るのが大変

製品によっては、透かしたり、斜めにしたりして検査員が異常を見つけている現場があります。カメラ1台で一方向からだけ見るようなシンプルなラインで済めば良いのですが、前後左右や上下などマルチにカメラを付けたり、場合によってはロボットアームでくるくる回転させて全方位から異常を検知する必要があり大掛かりになってしまいます。POCや研究ならともかく、本番で実用化するにはコスパが見合っていないとなりません。

③カメラと照明の限界

画像認識による異常検知でやっかいなのが光の反射です。安定した画像であればAIはかなりの精度で異常検知できるのですが、製品が金属だったりすると光が反射して、それを異常と判定してしまうなどの誤検知が生じます。

④画像(照明)が安定しない

PoCで十分な性能が得られたのに、本番運用で期待通りの性能が出ないことがあります。原因は、本番の映像が学習時と大きく違っていることです。では、画像を撮り直して再学習すれば良いのではと思いますが、日によって工場の現場の明るさが違ったりすることも多く、輝度の差分を調整するなどの前処理を行う必要が生じます。

予知保全

製品ではなく設備異常を検知する仕組みもあります。こちらは予知保全や予兆保全(Predictive Maintenance)と呼ばれる技術です。装置に取り付けたIoTセンサーのデータをもとに、設備の劣化や異常を早期発見し、故障が発生する前にメンテナンスを行います。予兆のあるものだけメンテナンスするので、定期メンテナンス(予防保全)に比べて作業負荷軽減できるメリットもあります。

予知保全の対象設備によって計測する特徴量は異なります。振動や加速度、温度、圧力、速度、抵抗値、電圧、電流、AE(音波)などのセンサーが使われます。機械学習ではセンサーから送られてくる時系列データを使い、「こうなったら、故障の予兆かな」という判断を教えておくことになります。

モデルとしては、教師なし学習と教師あり学習がありますが、設備の異常データはなかなか取ることができないので、教師なし学習を採用するケースが多いです。教師なし学習は、通常の稼働状態のデータを正常とし、それとは違う状態になった場合に異常と判断する方法です。実際に異常になったデータを学習するわけではなく“正常とは違うとはどういう状態か”という仮説を立てて判断するのですが、仮説のモデルの検証と運用に時間がかかります。

表5に予知保全の取り組み事例をいくつか挙げました。判断理由がブラックボックスのディープラーニングではなく統計手法によるロジック方式が多いためか、製品の異常検知に比べて実用化されている度合いが多いようです。

表5:AI予知保全の取り組み事例

企業 内容 参考サイト
ブレインズテクノロジー 予知保全プラットフォーム「Impulse」 導入事例紹介
NEC サントリービールにAI活用設備の異常予兆検知システムを提供 2022/2/18
大阪ガスと宇部情報システム 異常予兆検知システムを開発 2022/3/8
東京エレクトロンデバイス 予知保全の組込AIソフトウェア「CX-W」 ホームページ
MACNICA 異常検知・故障&劣化予測 ホームページ
クロスコンパス 時系列データを用いた装置の異常検知 ホームページ

おわりに

全15回にわたって解説してきた本連載も、今回で最終回となります。本連載では、4年前に連載した内容をまとめた書籍「エンジニアなら知っておきたい AIのキホン」からの進展をテーマにしました。前半は、どのように新しいAI技術が生まれ育ったかをハイプ・サイクルをもとに解説し、後半は、AIがどこまで実用化されているかを技術や分野ごとにまとめて紹介しています。

4年前の“過度な期待”と比べると歩みは遅い感はありますが、着実に花開こうとしている技術や分野があることもお伝えできたと思います。同時に、巷でなんでも「AI搭載」と謳っている風潮がある中、実際はまだまだAIの実用化は限定的であることをエンジニアならではの冷静な目で見ていただけたと思います。また、数年後にAIの実用化があちこちで花開いた姿をお届けできればと祈っています。長い間、ご愛読いただきありがとうございました。

著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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