連載 :
  インタビュー

LPI-Japan 鈴木理事長に聞くーITの仕組みをやさしく学べる「ITベーシック学習教材」その制作の目的と無償提供の狙いとは

2022年10月27日(木)
吉田 行男

社会に出たとき、どのようなことを身に付けていくと良いのでしょうか

ITはどんどん進化していくので、「IT技術者」という意味なら、より実践的で本質的なオープンな技術を学んでいくことを心がけて、常に自分の知識や技術をアップデートすると良いでしょう。それには、常に業務の質を上げることを意識すれば、おのずと実践できると思います。いずれにしても業務をこなすことに流されず、自分に合った学びのサイクルを持つことが大事です。技術に明るくなることで、他の技術者とのコミュニケーションもより上手にとれるようになり、自分自身を生かせるようになるのではないでしょうか。

例えば、最近話題の「脆弱性」についての考え方や対処法なども扱っているのですか

開発当初から議論になりましたが、セキュリティを入れると全体像が分かりにくくなってしまうので、今回はあえて入れませんでした。セキュリティを1つの章にして語ると「セキュリティとは?」といった話になってしまいます。一方、仕組みの話になると、とても高度な知識が必要になりますし、親しみやすく身近なセキュリティという切り口にすると倫理的な話になってしまい、技術の話ではなくなる懸念もあります。

とは言えセキュリティは重要なテーマなので、現状の教材を使っていただきながら先生や技術者と意見交換をしながら、次のステップに向けて議論することにしました。

ITベーシックで基本的な仕組みを知ってもらいたいということですね

そうですね。ITを実現している技術の概念や仕組みを知り、興味を持ってほしいです。「今のITで何ができるか」「10年後に何ができるようになるか」。そういうことが想像できる、考えられるような人になってほしいです。

今後、どのように広めていくのか、また続編のようなものをどのように作成していくのか教えてください

多くの方に様々な形で使っていただいたフィードバックを、みんなで議論しながら広めていければと思っています。我々が想定している主体的な学びや意見交換を通した技術の深堀り、社会との関係性や可能性について考えていくような学びの場を作って欲しいので、まずは学校や会社の教育部門を中心に丁寧に説明し、みんなで議論しながら良い学びを作り込んでいく活動に参加いただいています。

セキュリティの話もみんなで議論していますし、実際に使ってもらっているので、フィードバックをいただければと思っています。また「認定試験を作ってほしい」という声もあるので、その検討を始めています。

ITベーシックの認定試験と従来のLinuCとの関係性について教えてください

ITベーシックは実践的なコンピュータアーキテクチャを理解するLinuCのベースになるもので、コンピュータの概念を理解するコンピュータサイエンス領域の教材になります。技術者だけでなく広く一般の人にも学んでほしいので、それを学んだという証明のような位置付けです。認定があることでしっかりした学びが促進されるのであれば、認定があった方が良いと考えて作ることにしました。

認定は、今作成しているITベーシック学習教材の範囲+αにする予定です。「問題と演習課題で深掘りする」ところに重点を置いている教材なので、それをしっかり実践して勉強した人でなければ合格できないぐらいのレベルを考えています。

書いてあることを覚えるだけではダメだということですね

はい、しっかりと自分で手を動かながら調べ、考え、学んでいないと難しいという感じです。

ITベーシックは、コミュニティのような形で教材を作っていくと考えれば良いのでしょうか

はい、みなさんの議論の場としてSlackでコミュニティを立ち上げています。もともとは学習教材を開発する際に協力いただいた方々との情報共有や議論の場でしたが、利用者にも入っていただくことにしました。学校の先生、企業の担当者、技術者などが様々な利用課題やアイデアをシェアしたり、フラットに議論したりして教材の開発も行っていければと思っています。実際に現場で使う方々のフィードバックは貴重なので、コミュニティを通して議論した上で教材の改善にも反映させていきたいと考えています。

また、この教材自体は改変可能なライセンスにしてあるので、より良いものにしていくために現場の先生にも工夫して活用してもらえれば良いと思っています。皆さんが必要となる共通的なベースをみんなで作り、自分なりの教材を自由に作成できるようにしています。

将来的に「どのように改変してきたのか」をみんなで情報共有できると良いということですね

そうです。コミュニティに入り、改変したものを公開して欲しいのです。この教材はクリエイティブコモンズのライセンスで提供しているので自由に改変して利用できますが、同一ライセンスでの公開が求められます。ただ、内部で使うだけではなかなか公開してくれないので、改変したら情報提供をお願いする形になります。

みんながそれぞれ違うものを作る必要はないと思うので、共通的なものが1つあって、それをカスタマイズできれば便利だし、自分の思いが反映されていれば愛着も湧くだろうし、公開すれば横のつながりも増えていく。そういったエコシステムを教育の世界にも取り入れていきたいのです。

世の中もどんどん新しいものに変わっていくのだから、現場の声を反映したものを作っていく。自分が言ったことに責任を持って参加する、という社会にしていくことで、サステナブルな良いものができる気がしています。

そのような「変化に強い仕組み」とは、やはりオープンコミュニティでないかと考えています。これは私がオープンソースに長く関わってきて、オープンソースに教えてもらったことでもあります。

最後に、言い残したことがあります。新しい教育コースを作ることにはものすごく高いハードルがいくつもあり、多くの先生方から「教材を作るのも大変だ」という意見があったので、今回の教材ではパワーポイント版も作っています。こちらも、実際の現場で先生方が必要に応じて様々なカスタマイズや工夫をして、課題を含めてその成果を公開してくれることを願っています。

鈴木理事長、ありがとうございました!

* * * * *

今回いろいろとお話を伺って、「自分はどうやってITの学習をしてきたのか」ということを思い返してみました。まだまだITに関する情報が少ない時代だったので、随分と遠回りをしてきた部分もあったように思います。当時は現在のようにITが身近にあるような時代ではありませんでしたが、このITベーシックのような教材があれば、もっと効率良く理解できていたのかもしれません。

ITは次々と新しい技術が出てくるので、それをフォローするのも大変ですが、変わらないものと変わっていくものを上手に混ぜながら、IT初心者にとって、より良い教材を作り続けていって欲しいと思います。

2000年頃からメーカー系SIerにて、Linux/OSSのビジネス推進、技術検証を実施、OSS全般の活用を目指したビジネスの立ち上げに従事。また、社内のみならず、講演執筆活動を社外でも積極的にOSSの普及活動を実施してきた。2019年より独立し、オープンソースの活用支援やコンプライアンス管理の社内フローの構築支援を実施している。

連載バックナンバー

AI・人工知能インタビュー

【犬山市長 原欣伸氏×Givin' Back 田中悠介氏 対談】全国の自治体に先駆けて生成AIの活用に着手、本年4月からは文書業務への正式導入がスタート

2024/5/15
愛知県犬山市では全国の自治体に先駆けてDXを推進、その一環として生成AIにも着目。2023年5月には市の業務効率化を目的に生成AIの試験導入し、約1年間にわたる取り組みの成果を踏まえて2024年4月から正式導入を開始した。同市の生成AIに関する考え方や、試験導入までの経緯と成果、これからの展望について話を聞いた。
クラウドインタビュー

企業のクラウドネイティブ化を実現するジールが考える「SRE支援サービス」の必要性

2024/4/25
本記事では、 エンタープライズ企業におけるクラウドネイティブ化の課題を解決する、ジールの先進的なSRE支援サービスに迫ります。
AI・人工知能インタビュー

Red HatがAIに関するブリーフィングを実施。オープンソースのAIが優れている理由とは

2024/4/19
来日したRed HatのAI部門の責任者らにインタビューを実施。オープンソースのAIが優れている理由などを訊いた。

Think ITメルマガ会員登録受付中

Think ITでは、技術情報が詰まったメールマガジン「Think IT Weekly」の配信サービスを提供しています。メルマガ会員登録を済ませれば、メルマガだけでなく、さまざまな限定特典を入手できるようになります。

Think ITメルマガ会員のサービス内容を見る

他にもこの記事が読まれています