連載 [第7回] :
月刊Linux Foundationウォッチキーワードは「人材育成」「OSSの翻訳」「セキュリティ」ー Linux Foundation Japan代表の福安徳晃氏に聞く、LFのこれまでとこれから
2021年4月30日(金)
こんにちは、吉田です。今回は「月刊Linux Foundationウォッチ」の特別編として、2010年にLinux Foundation Japan代表に就任した福安徳晃氏に、これまでの約10年で推進してきたことや今後推進していきたいことについてお聞きしました。
Linux Foundation(以下、LF)として、昨年(2020年)に一番注力したことは何ですか。
- 福安:コロナ禍で一番影響を受けたのは、リアルイベントを開催できなかったことですが、これによりメリットも出てきました。一番大きなメリットは、余力を人材育成に回せたことです。米国ではリモートワークが進んでおり、技術者が新しいことを学ぶ時間が増えました。LFでは、トレーニングコンテンツを増やすことで、これらのニーズに答えることができました。
日本ではなかなか盛り上がりませんが、「メンターシッププログラム」も立ち上げました。コミュニティ側も新しい人に参加してほしいのですが、なかなか実現できていません。このプログラムでは、メンテナーが若手を育成する仕掛けがあり、企業がそのための資金的なバックアップをしてくれます。育成された技術者がバックアップしてくれた企業に就職することで、お互いにメリットが生まれます。日本では新卒一括採用なので、実現は難しい面もありますが、最近ではDX人材の中途採用も増えてきているので、積極的にプロモーションをして、日本でも広めていきたいと思っています。
トレーニングについて、もう少し詳しくお話しいただけますか。
- 福安:まず、Kubernetesのトレーニングについては、昨年から日本でも力を入れており、積極的に日本語化を進めています。この領域は一番ホットな領域なので、デマンドが多く好評です。残念ながら、日本のマーケットでは、グローバルと比べるてまだ「クラウドネイティブ」の認知度が低いですが、ベンダーの資格と違いベースとなる技術をしっかり身に付けられるので、さらにプロモーションに注力して認知度向上に努めたいと思っています。
次に、Hyperledger Fabricのトレーニングについて、この領域に関しては、どちらかと言えば収益の問題ではなく「テクノロジーを広めるため」という意識で活動しています。LFの使命はブロックチェーンの技術に精通したエンジニアを増やすことにあると思っていて、そのためにトレーニングが必要という考え方で進めていますが、最低限日本語で学べる機会を提供しなければなりません。まだまだ日本語のコンテンツが少ないという課題があるので、今後増やしていきたいと思っています。また、LFとしてはOSSに精通したエンジニアを増やし、そのエンジニアが企業でOSSを使ってビジネスを大きくし、最終的にそのOSSがコミュニティに還元されていくというサイクルを創っていきたいです。
3つ目は、Linuxシステム管理です。日本語の認定試験は既に存在していましたが、準備をするための日本語のトレーニングコースがありませんでした。今回は、その日本語のトレーニングコースを提供しました。自社でコンテンツを開発し、リリースの頻度に合わせてメンテナンスをしていくのは大変なので、ぜひ、これらを活用してもらえればと思っています。
これらのトレーニングのコンテンツは、翻訳したあとレビューが必要なのですが、トレーニングマテリアルで使用している用語のチェックを日本のユーザコミュニティにお願いしています。日本語のコンテンツがないと日本では広まらないということを実感しています。
昨年は人材育成に注力してきました。今後もこのような活動は継続して続けていくことが必要だと思っています。
- 吉田:「どのようにして若い人をこのような活動に巻き込むか」というところが課題になりそうですね。
- 福安:Kubernetesのような新しい分野では、若い人たちの協力も得ることができています。しかしながら、すべての分野で協力を得られているわけではないので、メンターシッププログラムを活用することで、多くの若い人に入ってもらいたいと思っています。
昨年12月にISO化された「OpenChain」について(Think ITでも紹介)、今のところあまり盛り上がっていないように感じられますが、どのように見られていますか。
【参照記事】オープンソースライセンスコンプライアンスのためのプロセスマネジメント標準「OpenChain」が国際規格として承認
https://thinkit.co.jp/article/18061
【参照リリース】OpenChain 2.1 is ISO/IEC 5230:2020, the International Standard for open source compliance. (英語)
https://www.openchainproject.org/featured/2020/12/15/openchain-2-1-is-iso5230
- 福安:「コンプライス」という表現だとピンポイントで分かりやすいですが、「OpenChain」という表現になると漠然としてしまいます。伝え方に問題があるのかも知れないですね。
活動としては日本のコミュニティが一番積極的で、その力が大変大きいです。多くの日本企業や日本人が活動しているので、そのあたりをアピールしても良いかもしれません。今後、5GやIoTで端末が増えていき、開発にOSSが活用される場面が増え、OSSに関りを持つ企業も増えていくことになると思います。そのときに、OSSのサプライチェーンマネージメントができていない企業は生き残れないかもしれません。また、そのような企業は取引ができなくなってビジネスチャンスを逃すことになるかもしれません。そうならないためには、社内にサプライチェーンマネージメントの仕掛けを構築する必要があり、それを支援するのがLFの使命だと思っています。
- 吉田:知財の面が強調され過ぎているようにも感じられますね。
- 福安:確かに、現状はその傾向が強いと思いますが、開発プロセスの中にOpenChainのマインドを組み込む必要があるので、今後はエンジニアも意識してほしいですね。とは言え、以前と比べて知財の方々が興味を持つようになったことも大きな前進だと思っています。下流のエンジニアが困らないように、上流の企業から業界全体の意識を上げて行ってもらえるように啓発していきたいです。
日本独自で進めているプロジェクト等について、教えてください。
- 福安:翻訳に注力しています。NICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が開発したAI自動翻訳技術「みんなの自動翻訳」を活用してOSS向けの自動翻訳システムをLFのサーバに構築し、OSSの翻訳に最適化するなど、OSSコミュニティに提供したいと考えています。どうしても、OSSに関する情報は海外からの発信が多く、英語が得意でない技術者にとっては厳しいものがあります。いずれ翻訳されるにしても、翻訳にかかる時間だけ情報の入手が遅れることになります。最新情報を発信とほぼ同時に提供できれば、OSSコミュニティにとってメリットが大きいのではないかと思います。もちろん、英語を勉強してもらえれば良いのかもしれませんが、現実的に一番のハードルになっているところなので、そのハードルを取り除くことに協力したいですね。また、NICTでは翻訳されたものの著作権について明確に定義されているので、安心して使えます。
そのほかに、セキュリティにもフォーカスしています。現在、ホワイトペーパーを翻訳中なので、近々ご紹介できると思います。「Heartbleed」は十分にメンテナンスをできる開発者がいなかったという問題でした。OSSのプロジェクトが「セキュリティの観点」でメンテナンスされているかが大きな問題です。コントリビュータの現状を調査したものなので、ぜひ、皆さんに読んでもらいたいです。開発者がセキュリティマインドを持っていないといけないし、メンテナンスされる状態でなければいけない、ベストプラクティスも定義しなければいけない。それをLFとして対応していきたいと考えています。
今後、Linux Foundationとして、どのような方向で進んで行こうと考えていますか。
- 福安:OSSを取り巻く環境は、これまでも大きく変わってきています。今後も大きく変わることが予想されるので、その変化に対応できるように、組織としても対応できるようにしていかなければいけないと考えています。
LFでは、LFXというツール群を提供しています。プロジェクトの状況がデジタルに把握できたり、人材育成の情報を提供したり、LinkedInのようなツールもあります。プロジェクトや関係者が増えてきたことで、人力では対応できなくなってきているので、このようなツールを使ってOSSに関する情報発信や管理を推進していきたいと思っていますので、ぜひ、このツール群を有効活用していただきたいです。
また、LF Japanの立場では、日本の開発者を今後も増やしていきたいと考えていますので、ぜひ、トレーニングも受講していただければと思います!
ありがとうございました。
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