Red Hat Summit 2024開催。キーノートから見えてきた生成AIへの熱い期待
オープンソースをリードするRed Hatが、年次カンファレンスRed Hat Summit 2024を2024年5月6日から9日までコロラド州デンバーで開催した。ここでは7日の朝に行われたキーノートの内容を紹介する。
今回の大きなトピックはAIだ。生成型AIがベンチャー企業だけではなくRed Hatのような大企業にも大きな影響を与えていることを強く感じる内容となっている。Red Hatは、Linuxを始めとするオープンソースのインフラストラクチャーレイヤーのソフトウェアに対するサポートを提供することがビジネスモデルとして唯一成り立っている稀有な企業だ。
多くのスタートアップが機能強化版(エンタープライズバージョン)を有償提供したり、ライセンスを変更してパブリッククラウドのフリーライドを防ぐことでマネタイズする方法を模索したりする中、Red Hatはコミュニティが開発するUpstreamとRed Hatがサポートを保証するEnterpriseのどちらもオープンソースとして提供してきた。またJBossを買収することでミドルウェアレイヤーにも進出してきたが、IBMによる買収以降はプロダクトのポートフォリオを整理し、ここ数年はKubernetesのエンタープライズ向けプロダクトであるOpenShiftを中心としてビジネスを拡大してきた。
今回のRed Hat SummitではOpenShift、AnsibleそしてRed Hat Enterprise LinuxにそれぞれAI機能を追加することで差別化を行っている。そしてなによりそれらの自社製品ではなく「AIそのものがRed Hatの差別化だ」と言わんばかりなのが今回のキーノートのサマリーと言えるだろう。
Red Hat Summitのキーノートの動画は、以下のページから参照できる(要Red Hatアカウント)。
●動画:Red Hat Summit 2024: Unleashing the Power of Hybrid Cloud and AI
最初に登壇したのはRed HatのCEO、Matt Hicks氏だ。
2018年のRed Hat Summitでも登壇していたHicks氏だが、その際はIBMとの提携関係が協調されていた。そして約1年後にIBMがRed Hatを買収したことを考えると、その時点ですでに協力体制はできあがっていたと見るのが適切だろう。
●参考:2018年のRed Hat Summit。MC役はMatt Hicks氏
Hicks氏は自社製品に触れる前にオープンソースのAIを推進しているMeta、Mistral AI、Hugging Faceについて触れ、AIが持つ価値を強調した。
しかし生成型AIにもまだ問題点があるとして挙げたのは、モデルの開発に対する不透明さだ。大量のデータをベクター化して問題解決を行う際に「どうしてそうなったのか?」をデバッグできず、ゆえに最適化することも難しい。ハルシネーション(AIが誤った情報を生成すること)の根本的な対策についてオープンソースの護持者であるRed Hatの回答は「オープン化すること」だ。
その具体的な方法として導かれたのがRed Hatの親会社であるIBMとの連携だ。IBMの研究組織であるIBM Researchとの提携によって、Granite Modelと呼ばれるIBMのAIプラットフォーム、watsonxで利用されるデータモデルが今回オープンソースとして公開され、それを使うことで透明性を確保できると考えていると思われる。
そしてその意図は次に登壇したAshesh Badani氏にも引き継がれている。
Badani氏はかつてはOpenShiftのビジネス責任者という役割だったが、今やRed Hat全体の製品統括責任者という立場である。CEOのHicks氏が大意を伝え、製品統括の責任者が具体的な施策を語るという役割分担だ。
ここで紹介されたInstructLabについては、このキーノート当日に公開されたブログ記事を参照して欲しい。ちなみにLabは研究所という意味のLABではなくLarge-scale Alignment for chatBotsの「LAB」という文字を取ったと説明されている。
●参考:InstructLab とは
興味深いのはコード生成に関するベンチマークが紹介されたことだろう。プロプライエタリーであれオープンであれ大量のデータが必要で、演算のためのプロセッサリソースも大量に必要とするのが大規模言語モデルの常識だが、ここでBadani氏は高速性だけではなく小規模なモデルでも十分な性能が出ていることを指摘した。
比較されているのはMistral AI、MetaのLlama、GoogleのGemmaなどだが、その中でMistral AIとIBMのGraniteだけがApache 2.0のライセンスで公開されていることに注目したい。
Badani氏はAIの製品戦略としてAIアプリケーションをRed Hat Lightspeed、モデルに関してはGraniteだけではなくユーザーが持つモデルも利用できること、AIのプラットフォームはRHEL AIとOpenShift AI、インフラストラクチャーとしてRHEL、OpenShiftそしてAnsibleを挙げている。
5月10日に日本語で公開されたプレスリリースでは、Red Hat Enterprise Linux AIではなくRed Hat Enterprise Linux Lightspeedと称されていることから、LightspeedをRed HatのAIのブランディングとして使おうとする意図が見える。これはGitHubがCopilotをAIのブランディングとしてMicrosoftが流用していることに通じる発想かもしれない。
そして再度、Matt Hicks氏が登壇して動画ではあるもののIntelのCEOであるPat Gelsinger氏を紹介。
Gelsinger氏はIntelのAI関連製品について解説し、開発時に利用するデスクトップ及びノートブックPCにAIを利用できるAI PC、エッジノード及びエンタープライズ向けのEdge&Enterprise AI、そしてデータセンターで利用する多数のアクセラレータを搭載したData Center AIを紹介。
またそのポートフォリオにRed Hat製品がどのように対応するのかも解説。ここではOpenShiftだけではなくPyTorchやIntelのOpenVINOなども記載されており、エコシステムに多少は気を遣っているように見える。
この後に登壇したのはテクニカルマーケティングのChris Morgan氏だ。ここからは架空の保険会社をモデルにして、開発から実装までをデモとして紹介する内容となった。
モデルとなったのはParasolという名称の保険会社で、クレーム対応業務をモデルにデベロッパーから運用担当までが4台のPCを使ってアプリケーションの開発からCI/CD、本番環境への実装までを順番に行うというものだったが、ほぼ録画されたスクリーンショットだったのは残念だった。デモとしてはPodman desktopを使ってローカルのPC上で生成型AIを実行するところを見せた。またアシスタント的な機能としてはYAMLで最低限必要な質問を与えてモデルのトレーニングを行うことなどを見せ、AIの開発にJupyter Notebookが不要になることを細かいことながら訴えた場面もあった。
その後にRed Hat Enterprise Linuxの責任者だったStefanie Chiras氏が登壇。現在はパートナーエコシステム担当のシニアVPというタイトルだ。
ここでのサプライズはNVIDIAのVPが登壇したことだろう。紹介されたのはNVIDIAのエンタープライズ製品担当のVPであるJustin Boitano氏だ。
次に紹介したのはAdobeのExperience Cloudのユースケースということで、Adobeのプラットフォームエンジニアリングの担当者と生成型AIのプロダクトマネージャーを登壇させた。プラットフォームエンジニアリンググループのVPであるShivakumar Vaithyanathan氏、生成型AIのプロダクトマネージャーはRachel Hanessian氏だ。
ここではOpenShift上で実装されているAdobe Experience Cloudについて解説を行った。主なデータ量として約40PB、ユーザーからのトランザクションとして毎日50億回を100ミリ秒以下のレスポンスで処理しているという。ここではExperience CloudでのAIアシスタントを例として紹介したが、OpenShift上でどのように実装されているのかについては特に説明はなく、Adobe Experience Cloudの宣伝色が強かったのが残念と言える。
最後にRed HatのチームマーケティングオフィサーであるLeigh Day氏が登壇し、医療業界での実装としてBoston Children's Hospitalでのユースケースを紹介した。ここでも説明のポイントはAIによる効果に限定されており、AIがコンピューティングを根底から変えるということを、Red Hatが訴えたいという意図が見えた形になった。
CEOのMatt Hicks氏がIntelを紹介し、パートナーエコシステム担当のStefanie Chiras氏が長年のパートナーシップの関係にあるとしてNVIDIAを紹介、またDELLやLenovoなどの名前も登場するなどAIを全面に出しながらも単独で独占的に行うのではなく、コミュニティとパートナーとの関係を大切にしていることを髄所に表現したキーノートとなった。
なおRed Hatのアカウントを登録すれば以下のRed Hat TVからキーノート以外の動画も参照可能だ。
●参考:Red Hat TV
連載バックナンバー
Think ITメルマガ会員登録受付中
全文検索エンジンによるおすすめ記事
- Red Hat Summit 2024、Red HatのAI戦略を読み解く
- Red Hat Summit 2024から2日目のキーノートを紹介 レガシーシステムからの移行をメインに解説
- Red Hat Summit 2019、製品のハイライトはRHEL 8とOpenShift 4
- 写真で見るRed Hat Summit 2024
- Red Hat Summit 2018、初日午後のハイライトはMSとIBMとの協業発表
- 【イベントリポート:Red Hat Summit: Connect | Japan 2022】クラウドネイティブ開発の進展を追い風に存在感を増すRed Hatの「オープンハイブリッドクラウド」とは
- CoreOSのCEOに訊くCoreOSの統合・OpenShiftとの関係
- Red Hat Summit開催。RHEL 8、OpenShift 4、新ロゴなど明るいニュース満載
- AI_dev Europe 2024からIBMとRed HatによるInstructLabのセッションを紹介
- Red Hat Summit 2018開催 ハイブリッドクラウドとVMwareからの移行をしっかり織り込んだキーノート